第2話彼氏の事情2

「…………」


 瞼を持ち上げる。


 僕はベッドに寝転んでいる自分を発見した。


 寝室には姿見が置いてあり、僕を映す。


 黒髪ショートに黒い瞳のこれといって特徴の無い日本男児。


 それが僕……土井春雉の全てだった。


「あー……疲れた……」


 あくまで精神的な物だけどね。


 それから意識でネットワークに接続する。


 わかりやすいイメージウィンドウ形式だ。


 僕の視界にだけ映る虚空に浮かぶパネル。


 ネットの海から、


「ジキルのお部屋」


 というサイトに飛んだ。


 ジキルのお部屋は僕の管理するブログだ。


 ブログといっても日々の雑記を書くようなブログではない。


 あえていうのなら春夏冬あきない


 僕の生活費を稼ぎだす場所である。


 色々と事情があって僕は生活費を捻出する必要がある。


 そしてそのためにブログを必要とした。


 とはいえアフィリエイトではない。


 あくまで春夏冬の一環である。


 僕はブレインアドミニストレータを介してイメージをブログに転写する。


 要するにブログを更新したわけだ。


 文章はこうだ。


「いつもお世話になっています。明日【呂布セット】をオークションに出そうと思います。詳細としては呂布のアバターと矛戟と兜と鎧のセットです。スタートプライスは十万から。是非ともご贔屓に」


 そしてブログのログインから抜ける。


 一般視点からブログを見る。


 ブログのコメントが瞬く間に投稿されていく。


「ジキルたんキター!」


「呂布セット!?」


「ちょ! どこで手にいれたのか詳しく!」


「いつもいつも有り得ない!」


「貯金崩すしかない!」


 そんなコメントで埋まっていく。


 つまりそういうこと。


 オーバードライブオンラインで手に入れたレアオブジェクトをオークションに出品して金銭を得るのが僕の生業である。


 オド(オーバードライブオンライの略称)はVRMMO型無双ゲーの市場をほぼ完全に独占しておりプレイヤー数は億単位だ。


 競合するゲームも無いではないが、もはや、


「VRMMO型無双ゲーとはオドのこと」


 と言い切って構わないのがゲーマーの常識である。


 VRはヴァーチャルリアリティの略称。


 つまりコンピュータをインタフェースとした仮想現実を体験すること。


 MMOはマッシブリーマルチプレイヤーオンラインの略称。


 つまりネットにおける多人数参加型のオンラインゲームのこと。


 VRMMOは仮想現実で自身のアバターを自分の意思で動かし、それで他者と協力および敵対して楽しむオンラインゲームを指す。


 そして無双ゲーとは過去の「一騎当千の爽快感」を主軸に置いた一人で無数の敵キャラを蹴散らしていくアクションゲームを指す。


 何よりオドが売りにしているのは『超過疾走オーバードライブシステム』を採用していることだろう。


 一般的にVRMMOは自身が仮想体験をするため自身の意思によって人間らしく動くことを主軸に置くのだが、オドはVR適正によってどこまでも人外の運動能力を持つことが出来るというのをセールスの一環としている。


 要するに超運動能力で敵キャラを次々に屠りさる爽快感を目指したゲームだ。


 これは瞬く間に市場を席巻し、一大VRMMOゲームとしてのブランドを立脚させるに至った。


 で、ある以上プレイヤーが億単位になるのは当然で、それ故僕のバイトが成立しているという側面を持つ。


 既に現代においてはネット貨幣が当然であるため、こういったデータのやり取りにも金銭の都合がつく。


 そしてジキルという僕のオドでのアバターはレアアイテムをオークションで安く捌く……一種の、


「謎アバター」


 と化しているのだった。


 それ故にジキルのオークション出品は注目され、その情報をリアルタイムで得ようとするがためブログ「ジキルのお部屋」は注目されているのである。


 本来なら呂布から得られるアイテムはそれ一つだけでも十万は下らないだろう。


 まして矛戟ともなればヒット判定の大きさ故に二十万の値がついてもおかしくはない。


 が、僕ことジキルはそんな高価な呂布アイテム……その仮アバターと矛戟と兜と鎧をセットにして十万で売ろうというのだ。


 どれだけ良心的かは言わずもがなである。


 もっともオークションが盛り上がれば適正価格まで跳ね上がるのは必然なんだけど。


 僕はジキルとハイドと云う二つのアバターをオドに持っている。


 ジキルは先述したようにレアアイテムを格安でオークションに捌くアバター。


 ハイドはさっきのオドプレイにおいて呂布を倒したアバターだ。


 どちらとも僕こと土井春雉の人相とは事を異にする。


 面倒なのでジキルもハイドも同一の外見をしている。


 どちらも白髪ショートに赤眼のアルビノの美少年だ。


 別にいいでしょ。


 これくらいの見栄は。


 バイト用のジキルとプレイ用のハイド。


 つまり二つのアバターを使い分けていることになる。


 というのも僕がソロプレイに徹していることが原因だ。


 はばかりながらハイドの実力が周囲に知られれば面倒なことになる。


 なので僕はMMOゲームの内にありながらぼっちプレイをしているわけだ。


 そしてハイドで得たレアアイテムをジキルに移してオークションにかける。


 その金銭が僕の生活費になる。


 何度も言うがそんな寸法である。


「さて……」


 時刻は午後の零時。


「寝よっかな」


 ブレインユビキタスネットワークを切って僕は意識を睡魔に任せた。


 明日も学校だ。


 である以上夜更かしは禁物だろう。

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