第17話遠い姫さま


「姫さま」

「ぴゃぁぁ!?」



私が声をかけると、姫さまは飛び上がり、可愛らしい悲鳴をあげる。



「あああああアメジスト!?いつの間に!」

「つい先ほどにございます」

「さっきっていつ!」

「ラフル老師たちが出ていったあたり…」



ほぼ最初からじゃない!、と、姫さまは顔を真っ赤にして叫ぶ。


はて、何が恥ずかしいのだろうか。



「起きていたなら出てきなさいよ!もう…」

「すみません。あはは」

「あははじゃない!」



口でそうは言っているものの、結局は許してくれる。姫さまは優しい人なのだ。



「そ、そうだわ。アルと先生が見つかったの」

「え、そうなのですか?」

「えぇ、北区にいるそうよ」



北区。スラム街がある北区だ。

王都の中で最も治安が悪いとされている。


ちなみに、私はその近くの東区出身だったりする。



「私はここであなたと待機。ね?」

「…行きたいとは思わなかったのですか?」

「へ?」

「あ」



いけない、口が勝手に



「うーん…そうだなぁ…行きたいとは思ったけど、私が行っても迷惑だし?治安悪い場所にわざわざ赴くとか、自殺願望者もいいところじゃない」

「………」



驚いた。普通なら、大事な人は自分で迎えに行きたいはずなのに。


普通?普通って何だろう。


姫さまは、王族の中でも“普通”とは言い難い環境で育ってきた。だから、周りの王族と考え方が違っても、それはありえる。


たしかに、姫さまがここでついて行ったら、迷惑だ。でも、姫さまは11歳。まだまだ感情に押し流されてもおかしくない歳だ。



「(姫さまが“テンセイシャ”だから?)」



周りよりも精神年齢が上だというの?


そうだ。記憶を取り戻したと言ってから、姫さまは大人びていた。年上の私よりも、アルよりも、王太子殿下よりも。


前は、あの小さな体で、どれ程のものを背負っているのかと思っていたが……もしかして記憶を取り戻す前のことは覚えてないの?



「(でも、それなら、私の名前だって覚えてないはず)」



名前や自分のことは多少覚えていて、それ以外はあまり覚えていない、ってのが一番有効かしらね。



「アメジスト?おーい、アメジストー」

「はい、何でしょうか、姫さま」

「あ、起きてた起きてた」

「起きてた?」



寝てたように見えたのかしら



「立ったまま気絶してるのかと思ってたー」

「……目を開けたまま?」

「うん」



記憶を取り戻してから、姫さまは明るくなった。それはとても喜ばしいことだ。


明るいというよりかは、アホ…というかもしれないけど。



「考えごと?」

「そんな感じです。」

「アメジストは偉いよね」

「?」



何が偉いの?私の、どこが偉いんだ?



「その歳で、“ハレイシアのために色々考えている”こと」

「…はっ、そ、そんなことはございません!」

「そうなの?」

「はいっ」



た、たしかに私は、姫さまのことを考えている。

姫さまのことはとても大切だし、今は国壊しの仲間としてもとても大切だ。



「どれくらいで帰ってくるかな〜」

「あと一時間ほどではないでしょうか」

「えー!?そんなに!?」

「南区から北区まで、30分はかかりますからね」



そんなに遠いのかー、と姫さまは言う。



「そこまで遠くはありませんよ」

「うーん」



私がそう言っても、納得していない姫さま。



「大丈夫。すぐ帰ってきますよ。アルとアサミ様を連れて」

「そうかな………うん、そうだよね」



少しして、笑顔になる姫さま。



「………」



今日は考えごとが多い日だな。



それに、どうしてこんなことを考えてしまうんだろう。




「姫さまが、遠い……なんてね」

「アメジスト?」

「何でもありませんよ、姫さま」



一番近くにいるのに、遠くに感じてしまう。



この感情は、寂しい、ってやつなのだろう。










キィィッ


「ただい…おや?」

「しーっ」

「ん…」

「よう寝とるがな」



ゲームに関して、少し話をした後。姫さまは寝てしまった。



私の膝を枕にして。



「そろそろ起こそうと思ってたんです。丁度良いですね」

「ん?お前がお姫さんの侍女ってやつ?」



誰だコイツ。



「あ、誰だコイツって思ってるっしょ。俺の名前はカテツの坊!ラフル師匠の二番弟子さ!」

「へー」

「え、冷たっ」



お前にやる愛想など無いわ。



「師匠ー!」

「泣きつくな!気持ち悪いッ!」

「酷っ!みんなヒドイ!」

「っさいな!カテツ!」

「「「アサミ(様)!?」」」



いつから起きてたの…!?



「うるさいな。起きちゃったじゃないの」

「お、おう。悪かったな」



……ふむ。カテツ(様)はアサミ様に弱いのか。



「そういえば、アルとアサミ様を攫ったのは誰なのですか?」

「ウィズ」

「ウィズ?」

「魔法使いの解放を謳っている、馬鹿げた集団よ」



魔法使いの解放ですか…。



「全く。本心は私たちの力を使って、何かやりたいんでしょうね」

「何かって?」

「んー、国家反逆?国壊し?」

「国壊し…。アサミ様」



私は、アサミ様に質問をしてみる。



「もし、もしもの話です。この国が壊されたら、どうなさいますか?」

「「「…………」」」

「そう、ね。この国より、アリス帝国の方が優遇が良いって聞いたから、そこに行こうかしら」

「ティアドール様も連れて、な」



ティアドール様も?



「…いや、何でもない。君たちは早く城へ帰りなさい」

「あ、わかりました。姫さま、姫さま」

「ん、んぅ?」



声をかけると、あっさりと起きる姫さま。



「帰りますよ」

「んー」



パッと起き上がり、荷物をまとめ始める姫さま。



「二人を助けていただき、ありがとうございました。ラフル老師、カテツの坊さん」

「良いってことよ」

「また来てな、王女さん」

「はい!」



こうして、姫さまの初めての城下町へのお出かけは、終わりを告げた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る