第5話 キャタピラの依頼

 オレたちはうどんの死体を焼却炉にいれた。でっかい金属製の箱みたいなものに、棺をキャスターごと突っ込むだけ。あとは、扉を閉めれば全自動。煙も出ないし、焼き上がりましたみたいなブザーが鳴ることもない。だからいつも入れた段階でオレたちは、引き上げる。

 その後、オレはキャタピラに、理科実験室に誘われた。話したいことがあるんだって。なんだろ? 委員長とハマちゃんが意味ありげな目で見たけど、そんな展開はないのでやめてほしいと切に願う。

 オレとキャタピラは、ふたりで校舎に戻った。委員長たちは帰って行った。

 完全に日が落ちたので、校舎の中は真っ暗だ。節電にもほどがある。キャタピラの懐中電灯が廊下をぼんやりと照らしていた。

「あのさ」

 キャタピラが、懐中電灯の丸い光の輪を見ながら言った。気の短いヤツだな、理科実験室に行くんじゃなかったのかよ、と思ったけど、乱暴者には逆らわないことにしているので、なにも言わない。

「頼みがあるんだけど」

 キャタピラの声が、ちょっと固くなった。オレは、はっとして横顔を見たが、暗くて見えなかった。懐中電灯を持つ手元だけが、ぼうっと浮いて見えるだけだ。いやな予感がした。

「なに? バージンで死にたくないとか、そういう話?」

 オレはわざとふざけて答えた。正直言うと、死ぬまでにしてみたい、というきわめて明解な理由でオレとセックスしにきた女子は数人いる。みんな手が紅くなってから来た。ついでに言うと、オレのとこに来る前に他のヤツのとこにも行ってた形跡ありありで情けないことこの上ない。

「早漏のクセして」

「バッ、なに言ってんだ」

「まあいい。そんな話をするために呼んだんじゃない」

 キャタピラは、数歩歩くと扉を開けた。なんだ、もう理科実験室に着いてたんだ。オレはキャタピラの後について、実験室に入った。


「なんの話だよ」

 オレが実験用の机に腰掛けると、キャタピラはオレの隣に座った。なんで隣に座るわけ? 向かいじゃねえの? 隣から甘い匂いが漂ってきて、オレはいささか動揺した。

 キャタピラは、しばらくなにも言わなかった。傍らに懐中電灯を置いて、所在なげに足をぶらぶらさせる。オレも真似をして足をぶらぶらさせてみた。つま先がぎりぎり床に届くくらいの高さ。すぐそこにキャタピラがいるんだけど、暗くてよく見えない。懐中電灯の光で、白い腿が浮かんで見える。それはなんだか、ひどくはかなくて、もしかしてオレたちってすでに幽霊なんじゃないか、などと非現実的なことを思ったりした。

「オレが死んだら、愛鷹山に埋めてくれ」

 オレの妄想を破って、キャタピラが言った。

「は? ダメだろ」

 死体を焼かないで捨てることは禁止されている。オレはキャタピラの顔を見た。暗くてよく見えないが、じっと自分のつま先に目を落としているようだ。

「やってくれよ」

 キャタピラは、だだをこねるように言った。いつもの強い口調じゃない。

「わけわからねえ」

「教えてやるから聞け」

 キャタピラの話は、こうだった。あくまでも噂らしいが、死体焼却装置だとオレたちが思っているものは、冷凍保管装置なんだそうだ。入れた死体は、そこで冷凍保管される。そして毎週やってくるメンテ業者が冷凍死体を運んでいく。死体は政府が引き取り、高額な価格で海外の研究機関に販売するのだという。未知の病原菌に犯された死体だ。いい値がつくらしい。税収が激減し、今後も人口減少で収入のメドが立たない政府が編み出した究極のニュービジネス、人身売買だ。

「噂だとは思うけど、でもほんとだったらいやじゃん」

 キャタピラはそう言うと、オレの足を軽く蹴飛ばした。なんで蹴飛ばされたのかわからねえ。

「噂だろ」

 オレも、自分のつま先でャタピラのつま先を軽く蹴った。

「かもね」

 キャタピラが、オレのつま先を蹴る。オレが無言で蹴り返す。でもってキャタピラがまた蹴る。なんだか、ほんわかする。こんなのは久しぶりだ。

 何度目かにオレが蹴ろうとすると、キャタピラはオレのつま先を両足のつま先で、はさんだ。

「つかまえた」

 キャタピラが楽しそうに笑った。オレは、なんだか胸が苦しくなってなにも言えなくなった。

 キャタピラも黙った。挟んだオレのつま先を離す。遠くでサイレンの音がした。また誰か死んだのかもしれない。

「帰ろうか」

 ややあってキャタピラがつぶやいた。

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