第4話 委員長の涙

「うどん、よかったね」

 キャタピラが、珍しく優しい声で棺の中のうどんに声をかけた。

 キャタピラの性別は女子だが、いわゆる女子のカテゴリには入れにくい。なぜかというと、まずスキンヘッドだ。でも髪の毛がないわけじゃない。その日の気分でカツラをかぶってくる。そして暴力的だ。委員長はキレると、暴力的になるがふだんはおとなしい。キャタピラは、常に暴力的だ。しかも強い。

 この女はとにかく感情のままに行動している。

 『青の陽』より前は静かで目立たなかったヤツなんだが、あの日を境にこういうキャラに脱皮した。もともとそうだったのを隠してただけかもしれない。


「やっぱ、こういう時は委員長だな」

 オレがそう言うと、委員長は、暗い目をオレに向けた。どきっとした。なんか悪いこと言ったかな? ほめてるよな、オレ。自分の言ったことを頭の中で反芻してみた。間違いない。ほめてる。

「手が痛い」

 委員長は、そう言うとうずくまった。そりゃ義手とはいえ、金属で相手を殴るわけだから、自分の腕も痛くなるだろう。


 委員長の手首は最初からなかったわけじゃない。親に切り落とされた。

 『赤手病』がはやりだした当初、紅い斑点さえでなければ助かる。だから手首ごと手を落とせば大丈夫、と言い出したカルトなヤツが現れた。まずいことに、それを信じるヤツが、どんどん増えた。もぐりの医者が手首を切り落とす手術を始めた。

 ある日クラスに行ったら、5人くらい(その頃、クラスには20人以上生徒がいたんだけどね)が左手首に包帯を巻いてるわけ。なんかおかしい。当たり前だよな、手がないんだから包帯しててもおかしいってわかる。しかもそのうちのひとりは両手首なくて、親が一緒に来て世話を焼いてた。


 手首を切られた生徒たちは、ずっと泣いてた。これで助かるかもしれないからと、自分をなぐさめてた。でも、1か月もしたら、ウソだってわかった。手首切ったヤツも、普通にどんどん死ぬんだ。

 両手首切られたのは、ちょっとかわいい女の子だった。でも、みるみるうちに顔が変わっていった。よーく見ると顔の形は変わっていないんだけど、なんていうか雰囲気が変わった。まあ、こんなひどい目に遭ったら変わるよな。

 ・両手首切断前 前明るくてよく笑うヤツ。ちょっと気になる女子。

 ・両手首切断後 100%無口暗黒人形。

  暗い顔で口をぎゅっと結んで、目と顎で付き添いの親に指図する。


 誰も怖くて暗黒人形に話しかけられなかった。いや実は話しかけたヤツもいたんだけど、話ができる状態じゃなかった。話しかけられただけで暗黒人形が泣いちゃう。うれしくてなのか、悲しくてなのか、理由はわからないけど大声あげて泣き出す。話しかけた方は、どうしていいかわからなくなる。

 そして暗黒人形は両手で涙をふくんだけど、手首がないからかなりビジュアル的にエグイ。棒みたいな腕でごしごし目をこする。痛いとか悲惨とかそういうレベルでなく、見てるだけで精神エネルギーを1年分くらいもっていかれる。

 いけねえ、思い出しただけで身体が重くなってきた。考えるのは、やめよう。


「ふたりっきりにしてくれないか。10分くらいでいいから」

 委員長がぼそっとつぶやいた。委員長は、うどんを好きだったはずだ。一瞬、オレはうどんを屍姦する委員長を連想して言葉につまった。いくらなんでもそんなことはしないだろ、という思いと、でもうどんの死体見ながらオナニーくらいはするかもしれない、という思いが交錯する。

「うん」

 キャタピラが、うなずいてピアノ室を出て行った。他の2人も無言で出て行く。え? いいの? 屍姦しちゃうかもよ? とオレは迷ったけど、ひとりだけ反対するわけにもいかず、ピアノ室を出た。こんな時代になってまで空気を読むなんて、ほとほとオレは日本人だ。


 ピアノ室の外の廊下でオレたちは黙って座っていた。

 数分過ぎた頃、オレはどうしても気になって、ちょっとだけピアノ室をのぞいてみた。委員長が、うどんを裸にしていたら飛び込んでいって止めなきゃと思っていたわけだ。

 音を立てないように、扉を少しだけ開けて、隙間から中をのぞいた。

 委員長は、オレたちが出て行った時と同じ場所に立っていた。足下に水たまりができている。涙だ。声も出さずに、涙も拭かずに、じっと、うどんを見つめて泣いていた。

 オレは自分がどうしようもなく最低な人間に思えた。委員長に謝りたくなった。でも謝るためには、理由を説明しなきゃいけない。そんなことできねえ。

「泣いてるんだ」

 キャタピラが感心したようにつぶやいた。今のオレたちは、めったなことじゃ泣かない。きりがないからだ。仲間が死んだって、淡々と運んで焼くだけ。いちいち泣いていたら身が持たない。

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