エピローグ
遥香へ
この小説を読み終えた時、君はどんな顔をしているんだろう。想像するだけでも怖い。きっと、君が泣いていなければ良いけれど、でも、それは難しいお願いかな?
まず、僕は遥香に謝らなくてはならない。この小説、あるいは僕が遥香に関わってしまったこと自体が、遥香をどうしようもなく傷つけるだろう。本当に、ごめんなさい。でも、僕らはどうやら神様の手のひらで踊っていたに過ぎないみたいだね。僕は、屋上で君に出逢うずっと前から、君と運命を共にしていた。僕らは無意識のうちに、そんな何かに絡め取られていたんだ。
そもそも、僕が死んで、遥香を生き残らせるという選択も、よく考えてみれば残酷で、傲慢だ。遺された遥香は、どんなことを思うだろう、そんなことは、考えなくても判るのに、でも、僕は死なずにはいられなかった。遥香を喪って生きていくのが、とてつもなく恐ろしかったのかもしれない。あ、もちろん、遥香を守りたかったって言うのは本当だよ?けれど、僕はそんなエゴを否定したくないんだ。まるで美談だけれど、実際はそんなに綺麗なものでもないよね。
遥香を守りたい。遥香を喪いたくない。そのどちらが、僕の原動力になったのかなんて、僕にも判らない。どちらでもないのだと思う。ただ、僕という人間は、遥香と恋に落ちて、ともに過ごして、こうして選択を迫られたら、遥香を庇ってしまうんだろう。あらかじめ、そういうふうに創られているんだよ。
でも、ひとつ、今になってはっきりしてきたことがある。もしあの少女が遥香でなければ、きっと僕は、その子を助けていない。何百回、凄惨なシーンを見せられても、僕は自分を生かすだろう。それで、遥香に嫌われても、見損なわれてもいい。僕は、なんとしてでも、君と一緒にいたかった。これだけは、紛れもない僕の本音だ。
遥香に出逢っていなかったら、もし、僕が今でも空っぽのままだったら、きっと僕は、見ず知らずの女の子のために死ねる。僕の虚ろな人生を差し出して、彼女を生かす選択をする。
僕らは、からっぽのままでは生きていけないみたいだ。
それくらいに、遥香、君は僕の全てだった。
色々なことがあったね。君は、出逢ったときこそひどい顔をしていたけれど、本当は誰よりもやさしくて、表情豊かな女の子だった。僕は、すぐに君を好きになってしまった。あれこれ考えたけれど、君への憧れは、理屈を超えたところにあった。君は、僕に愛を教えてくれた。
それだけじゃない。君は、僕に本物の感情を教えてくれた。喜怒哀楽、その全部が、君に出逢ってからというもの、本物になっていった。僕は毎日、人間らしく生きられた。もう、生きているのか死んでいるのか判らないなんてことは、決して考えなくなった。君のために本気で笑って泣いて、苦しんで怒った。そのどれもが純粋だった。
遥香。人間は、よく解らないね。ちっとも同じほうを向いていなくて困ってしまう。でもね、それでも、共にあろうとすることが、愛なんだ。君が教えてくれた。だから、君は僕なんかよりも、ずっとそれを知っているはずだ。君は、僕がいなくなっても、きっと空っぽになんてなりやしない。僕は信じている。
最後に、これは、本当にひどいことだと判っていて、それでも、君のためを想って言うよ。僕はここまでだ。だけど君は、これからも生きていかなきゃならない。生きることは虚しい。人生はあまりに長い。だからね、僕のことなんて、すっかり忘れて、君自身の幸せを見つけて欲しい。大丈夫。今は苦しくても、そのうち楽になるからね。その時には無理に抗ったりせず、僕を忘れて。僕はそれを不誠実だなんて思わない。ただ、そうだな、君の記憶のなかで、硝子のショーケースにでも飾っておいてくれたら、それで充分だ。
僕は、とても幸せでした。僕の生れてきた意味は、間違いなくあなたでした。もう一度言うよ。
出逢ってくれてありがとう。僕の人生に意味を与えてくれて、ありがとう。
僕の生れてきた意味 不朽林檎 @forget_me_not
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