8.unlock
何か聞こえる。あと、頬に一定のリズムで刺激を受けている。
なんなんだ、いったい……?
「先輩、起きてっ!!」
目を開けると、透月さんがペチペチ頬を叩きながら、俺の顔を覗き込んでいた。
「うおぁ?!!」
「やっと起きた。まさか、女子のデコピンで気絶するなんて……情けないですね、せ・ん・ぱ・い!!」
子供のような無邪気な笑顔に、砕けた言葉使い。俺の知ってる、透月さんじゃない。
「君は、誰?」
「えぇーーーーーー!! 恋人の顔まで忘れちゃったんですかぁ~?!! ひど――あ、そっか。この姿では初めましてだっけ! どうも、
「……? 雅斗さんじゃなくて?あ、双子のお姉さんとか?」
「いーえ! 私が、雅斗であり、雅でもあるっていうか……。説明めんどいっ!!」
「では、私から説明しましょう」頭上から声が降ってきた。
「あ、パトッポ」
「誰?!! てか、何その名前?!!」
「あら、心外ね。この子は私の使い魔。見た目はかわいいコウモリだけど、かなり優秀なのよ」
それならせめて、コウモリにちなんだ名前を付けてあげてはどうだろうか……。
「この方は透月雅様。このヴァンパイア界のご令嬢でございます」
は……?ヴァンパイア界?ご令嬢?中二病は高二で治まったはずだ。
とにかく、意味はわからないが、ヤバいことだけはわかった。
目を盗んで、持ち前のど根性と何とかなる精神で、窓から脱出しようとして、初めて気付いた。
俺の目に映ったのは、
「な、んだよ……これ」
「現実よ。とりあえず、落ち着いてパトッポの話聞きなさいよ」
鳩の如く「ッポー!」と一鳴きし、説明しだした(名前の由来はこれか……)。
「ここはヴェローゼ。ヴァンパイアの住む世界。雅様は、透月家の跡継ぎとして、家庭教師と様々な勉学に励まれましたが、実技――吸血ができず……。このままでは、透月家の後継ぎになれません。そこで、人間界での特別実技補習を受けることになったのです。――大人の女性、透月雅斗として」
「透月家に泥を塗るわけにはいかないもの。でも、どうしてもできなくて……。それで、先生方にも相談した結果よ」
「はぁ……」
「で、この赤いピアスと髪を下すことをヴァンパイアに戻るスイッチとしておられたのですが……」
「先輩が髪をほどいたせいで、バレちゃった。だから、休日は普通にヴァンパイアやってたわ。ちなみに、名前はお守りとして十字架に似た漢字をつけなきゃいけなかったから、仕方なく。私だって本当は嫌だったのよ?! 雅斗なんていかにも男っぽい名前!!」
「はぁ……」
「でも、人間界でも吸血できなくて。血は好きなんだけど、吸血する時、緊張して……」
「そんな悩む日々の中、雅様はあなたを見つけたのです。それからは知っての通りです」
「はぁ……」
「だから、私は雅であり、雅斗なのよ。もちろん、雅斗の時の記憶はしっかりあるわ」
「じゃ、じゃあ、この性格の変わり様は……?」
「あぁ、これ? これが、本当の私。人間界の会社で、こんなのじゃね」
……あれ?
「でも、さっき吸血してた、よな?」
透月さんの顔が、またみるみる赤くなっていく。
「実は、初めての吸血は好きな人が良い、と駄々をこねていたようで」
「パトッポ!! 内緒って約束したじゃない!!」
「あのガサ――いえ、大らかな雅様がロマンチストだったとは。私も驚いております」
「ガサツって言おうとしたわねっ?!!」
もう、どこからつっこめばいいのやら……。
それに――。
ハッと泣きそうな顔で、透月さんが俺の方を振り向いた。
「……もしかして、幻滅した?」
それに――……
「してない。透月さんは、透月さんだから」
どんな彼女も、愛おしい。
「――これからは、雅って呼びなさい?」
いつもと変わらない無邪気な笑顔。
大体理解し、落ち着いてきた頃、俺は思い出した。
「い、今何時?! 家でマーサが待ってるんだ」
「マーサ?」声のトーンが低くなったのを察知し、必死に説明する。
「引っ越した時に拾ってからずっと一緒で、ゴールデンレトリバーの女の子で……」
「ふうぅん……」
「本当なんだって(嫉妬してる透月さんかわいいいい)!!」
「あ、それ私です」
「「はっ?!」」二人でパトッポを見る。
「実は、犬に化けて一足先に人間界を偵察していた時、怪我で歩けなくなった私を拾ってくれたのが、あなただったのですよ。名前は、雅様の昔のあだ名を少し拝借しました。ですから、お二人ともご安心を」
――嫌な予感がした。
「ま、まさか、昨日の俺も見て――?」
「JKみたいにベッドの上ではしゃいでた人なんて、見てませんが、何か?」
やっぱ見てんじゃねーかっ!!
しかも、パトッポだったってことは、頭なでたり、一緒に寝たりしてて……。
あぁ、恥ずかしい、恥ずかしすぎる……。こんなの透月さんに言えない!!
「パトッポ、休日の先輩ってどんな感じ?」
「それはもう、昼も夜も優しく……」
「それ以上、何も言うなぁぁぁぁぁぁ!!」
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