#005 ¶ 図書館

 それから少し経って、久しぶりの休日。

 こちらの生活にも幾分慣れ心身に余裕も出来てきた。

 今日は街へ出て“バテリー”を探すことにする。

 また「楽園」に関する情報や旅に役立ちそうな物を探す予定だ。

 鞄を手に取り、ティティに挨拶をする。

「じゃあ行ってくるね」

「うん、気をつけてね」

 雲一つない快晴。空気は山からのおろしで少し肌寒い。

 まずは情報収集からと言うことで、図書館へ向かおう。


 *


 街唯一の図書館へやってきた。

 入り口で眼鏡を掛けた小柄な司書が出迎える。

「ようこそ。何をお探しですか」

「電気について」

「では、北第三区画の二階にあります書棚へご案内します」

 円形に造られた図書館は四階建てで、東西南北の四つに区分されている。

 一階が読書スペースとなっており二階から上は所狭しと本が並んでいる。

 司書に連れられ、円弧に沿って階段を登って行く。

「ここより三列ほど電気に関する書籍です。それでは、ごゆっくりどうぞ」

 司書は頭を下げ、受付に戻って行く。

 私は書棚を見上げ、背表紙の主題を眺めそれっぽいのを探す。

 高さは私の四人分ほどあり、備え付けの梯子を使い隈無く探す。


 *


 幾つかのめぼしい書籍を抱え、一階の読書スペースへ。

 目次から“バテリー”に関係しそうな項目だけを探す。

 発電の仕組みや活用方法などは載っているが、

 肝心の“バテリー”に関する情報がなかなか見当たらない。

 残る一冊は「BlitzヴィリッツGriffグリッフ」と書かれた魔導書。

 魔導語で“Blitzヴィリッツ”は「霹靂・迅雷」を、“Griffグリッフ”は「扱う・把持」を意味する。

 魔導で使われる言葉は通常の言語と異なり、特殊な言い換えや発音をする。

 少しずつ時間をかけて目次を解読して行く。

 その中で、一際目立っていたのがこの一節。

「第7節:電解液と二種類の金属板を使った科学的な電気の発生方法について」

(原題:Abschnitt 7 „Zur wißenschaftlichen Methode der Stromerzeugung mit Elektrolyten und zwei Arten von Metallplatten“)

 通常、魔導と科学(化学)は乖離した存在であり、

 魔導書内で科学(化学)について触れる事は殆ど無い。

 また“Stromerzeugung”や“Elektrolyten”という聞き慣れない単語もあり、

 中身に期待が出来そうだ。

 目次に書かれた番号のページを開き、読み進めて行く。

 以下、「BlitzヴィリッツGriffグリッフ」より抜粋。


 “

 さて、魔導で「発電」をするには体内の静電気を使う事が多い。

 我々の体でも「発電」をしているが、それは微々たる量。

 これを読んでいる人でも知っている発電方法といえば風車だろう。

 廻る羽根の根元に発電機を取り付ける事で発電が出来る。

 しかし発電機は非常に大きく、持ち運ぶ事は困難である。

 そこで登場するのが„バテリー“だ。

 手のひらサイズのこぢんまりとした円筒状のそれは、

 薄い二種類の金属板と、僅かな希硫酸を使って出来ている。

 希硫酸は錬金術でお馴染なので割愛する。

 重要なのは二枚の金属板だ。それは亜鉛と銅。

 この二種類の金属板と、希硫酸を使って「発電」が可能である。

 詳しい話は割愛するが、この„バテリー“の普及は目紛しい。

 あらゆるものが小型化し、電気が持ち運べるようになった。

 しかし亜鉛の流通量が極めて低く、値段は高い。

 便利な„バテリー“だが、一度使い切ればただの円筒。

 今後更なる科学の発展は、我々にどんな影響を齎すのだろうか。


 魔導や魔術では実現できなかった未来を切り開く科学者に、

 私は敬意を込めてこの節を記す。

 そして、実験で夭逝した親愛なるDanダン Milchミルヒに捧ぐ。

 ”


 幾つかの挿し絵と共に、そう記されていた。

 著書自体が古く、奥付を見るに200年ほど前のものだろう。

 発行場所である「プットガルテン」は、既に電気の普及によって大型の建物や公共交通機関が発達している(と新聞で見た記憶がある)。

 しかし重要な情報が手に入った。

 これらをベースに、更に掘り下げて行くしかない。

 地道な作業だが、薄暮までには切り上げて帰ろう。


 *


「ただいま」

「おかえり。どうだった?」

「なかなか有力な情報が手に入ったよ」

「そっか。それは良かった。じゃあお夕飯にしよう」

「うん、ありがとう」

 ティティの用意してくれた夕餉を机に並べる。

 今日はきのこと鶏肉のグラタン。

「じゃあ、いただきます」

「いただきます」

 ティティの作るご飯はとても美味しい。

 私が作ってもこうはならないなぁ、とふける。

 それから完食し、食器を片づけ、寝室へ。

「また明日から頑張ろうね」

「うん。それじゃあ」

「おやすみ」

「おやすみ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

徒花逃避行 かもめ・みどり @3tzg8i

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ