#004 ¶ 登山

 あれから10日かけてリハビリを行い、走ることも出来るようになった。

 怪我をする前までの運動神経にはほど遠いが、生活には困らないだろう。

 病院では渋々魔女にお礼を言い、退院。

 現在はティティの家に居る。

「そろそろ働き口を探したいんだが、ティティはいいところ知ってるかい」

 以前貰ったリストを思い出したが、どこに仕舞ったかは忘れた。

「んー、お給金が一番高いのは山道せんどうの清掃かな。

 知り合いの所が人手不足だって言ってた」

 山道せんどうとは、山間やまあいにある峠道のこと。

 ここヴァレンシュタットは山に囲まれているので、いくつもの山道がある。

 それだけ体力的にも厳しい仕事なのだろう。

「お試しでもいいから一日来てみないかって言ってたよ」

「なるほど……それなら一度行ってみても良いかもしれない」

「分かった、じゃあ明日にでも行けるか聞いてみるよ」

「ありがとう」

 そう言ってティティは鞄を手に取り家を出て行った。

 居間は静寂に包まれる。




 それから、数時間余り。

 書棚にある本を読んで暇を潰していた。

 扉を開ける音が響き、漸くティティが戻ってくる。

「おかえり」

「ただいま」

 ティティは鞄から一枚の書翰しょかんを私に渡す。

 仕事を行う場所や地図が書かれていた。

「服装とかは自由だけど、なるべく怪我の無いようにって」

 ここから数十分離れた山道せんどうの入り口で集合。

 隧道を何ヶ所か通るので、濡れる可能性ありと。

「この位なら、何とかなるかも」

 そう言ってティティに顔を向ける。

「良かった。ステアさんも喜んでたよ!

 あ、ステアさんって言うのはこの山道せんどう案内人を統轄してて、

 その紙の下に名前と写真が載ってるよ」

 フルネームは「Quvaクゥーヴァ Phoronolisフォロノリス Gillsteaジルステア」。

 写真は画質が悪いが、牛獣族ミノタウロスだろう。

「ありがとう。ティティは来るの?」

「私はいつも通り商店のお手伝いがあるから、ごめんね」

「そっか」

 それから、明日のための支度を済ませ、辺りは薄暗くなる。

 夕餉の準備を始めよう。

「今日は私も手伝うよ」

 普段はティティが一人で作っている。

 今後のためにも、調理を少しでも上達したいというのもあって。


 覚束無おぼつかい私の包丁捌きを見兼ねたティティが後ろから優しく教えてくれる。

 私にはない魅力を沢山持っているティティが少し羨ましく思ってしまった。


 そんなこんなで夕餉は完成。

 ティティの十八番おはこ料理、緑黄色野菜のシチュー。

「この地域は野菜が豊富だから、煮込み料理が多いんだよねぇ」

 そう言いながら配膳するティティ。

「簡単だし、なにより食べやすい」

「そうだね、これならサモラでも一人で作れるかも」

「まだ、習練しゅうれんが必要かな……」

「あはは、毎日でも付き合ってあげるよ」

「……ありがとう」

「じゃあ、冷めないうちに頂こう」

「うん、いただきます」


 *


 翌朝、少し早めに目を覚ます。

 ティティは先に起きて朝餉の準備を進めていた。

「あ、起きた。おはよう」

「おはよう」

 朝は決まってフレンチトースト。

 ティティは砂糖ではなく蜂蜜を掛ける。

 私は白双糖しろざらとうを振り掛けて頂く。

 柔らかい食感に混じる結晶の歯応はごたえが堪らない。

 至福の一時ひとときを堪能した後は、食器を洗い仕事の支度を始める。

 幸いにも天候は良好、風も程々である。

 この地域は山に囲まれているため、おろしの影響で強風が吹く。

 が、今日は比較的穏やかで過ごしやすいだろう。

「行ってきます」

「行ってらっしゃい」

 ティティよりも先に家を出る。

 集合場所はウンテルテルツェンという場所。

 家から一時間ほど歩き目的地に到着し、辺りを見回す。

 写真で見た牛獣族ミノタウロスが視界に入る。

 と、彼方あちら此方こちらに気がついたのか、手を振る。

「あなたがサモラちゃんね、話はティティちゃんから聞いてるわ。

 私はQuvaクゥーヴァ Phoronolisフォロノリス Gillsteaジルステア。ステアで良いわよ」

 気さくなおばさんと言った感じ。

「初めまして、Sirmolusサーモラス Lopplaロップラ Sustorgシュストーグと言います。よろしくお願いします」

 笑顔で「よろしくね」と挨拶するステア。

「それで、こっちが息子のフィル。ほら、自己紹介して」

「は、初めまして、Fhillgrühフィルグラーフ Phoronolisフォロノリス Wijnruitヘンルーダと言います。

 よろしくお願いします……」

 照れ隠しに御辞儀をするフィル。中性的な見た目で、最初は少女に見えた。

 それから、同行する他のメンバも現れた。

 みんな体軀たいくが良く、そして何よりも友好的。

「じゃあ、これからチーム分けをするから良く聞いててね。

 っと、その前にフィルは紙を配って」

 一枚の紙切れを受け取る。

 ここ一帯の地形と、山道せんどうと思われる線が何本も描かれている。

「私とフィル、それからサモラちゃんはフォルバッハからガファドゥルまでのルートで、アーニャとシャルロッテ、クリスティーネはベルク通りを。ノーラ、マルゴット、クリスタはプロドカム周辺をお願いね」

 おのおのが返事をし、夫々それぞれの持ち場へ。

「サモラちゃんは初めてだから私たちと一緒に頑張りましょ」

 そう言って私の肩を敲く。もう片方の手でフィルの頭を撫でながら。

 空は高く、吹き下ろす風は少し肌寒いくらい。

 そう言えば標高の高い山の上はうっすら雪が覆っていたような。

 街を少し離れ、山麓に近づくにつれ道に砂利が増えてくる。

「ここは馬車も通るから比較的歩きやすいけど、足下には気をつけてね」

 確かに、山道にしては整っているので滑る事は少ないだろう。

 しかし路傍ろぼうしげみは湿っており、土は泥濘ぬかるんでいる。

 足を取られないよう気をつけながら、山道せんどうを登る。

「そうだった、これを渡さないと」

 ステアが持っていたリュックサックから紙袋と火鋏ひばさみを取り出す。

「これはサモラちゃんの分ね」

 そう言って一式を私に手渡す。

 火鋏は本来、炭や薪を摑むための物だが、これでゴミを拾うのだろう。

 矢先、誰かが捨てたであろう葉巻のくずが落ちていた。

「こんな感じで拾って行ってね」

「なるほど」

 こういった道具は使い慣れていないが、その内慣れるだろう。

 足下に注意を払いつつ、道を進む。


 *


 歩き始めて1.5 kmほど歩いたところで、分かれ道に出る。

 後ろを見返すと、壮大な景色が広がっていた。

 ケセルルーク山からの山脈がまるで壁のようにそびえ立っていた。

「この辺りは遮る物が少ないから、より綺麗に見えるでしょ」

 私もお気に入りなのよと呟きながら、先をゆくステア。

 それから視線を前に戻し、再び清掃を始める。

 この辺りは木造の大きな家が疎らに建っており、人気も少なからず有る。

「そろそろザイルバーンの駅だから、そこで休憩しましょ」

 歩き始めて30分ほど。

 オーバーターツェンというザイルバーンの駅に到着。

 ザイルバーンとは、小さな箱のような物に乗り込み、

 中に設置されているペダルを漕いで動かす人力の乗り物だ。

「ここからザイルバーンに乗ってタンネンボーデンに行けるのよ。

 他のチームはこのザイルバーンに乗ってベルク通りやプロドカムへ行ったの」

 あまり地名に馴染がないが、ザイルバーンの伸びる先は山がそびえており、

 歩けるような道は見えない。

 なので、ザイルバーンでしか行けないのだろう。

 ではどうやってザイルバーンを建設する資材などを運んだのだろうか。

「フルームスって街は知ってる?」

「ヴァレンシュタットの隣街でしたっけ」

「そうそう。そこからタンネンボーデンまでは峠道が有るんだけど、

 ここからは道がないの。だからザイルバーンが作られたってワケ」

「なるほど」

 駅に併設されたカフェで寛ぎつつ、景色を眺め雑談を交わしていた。


 *


「さて、そろそろ行きましょう」

 紅茶を飲み干しカフェを後にする。

 日は天頂に位置し、燦燦と輝いている。正午まで二時間ほどだろう。

 それからオーバーターツェンの町中を隈無く清掃。

 各自で昼食を摂り、仕事も折り返し。

 再び山道せんどうを登り始める。

「この辺りからは使う人も少ないからそんなにゴミも無いでしょう」

 ステアさんの言う通り、砂利に混じるゴミは殆ど無い。

 そうしてガファドゥルを終点まで登り詰めた。

 牛が放し飼いされており、非常に牧歌的な風景が広がっていた。

「少し休憩したらくだりましょうか」

 ステアさんは集めたゴミを一緒くたにし、袋の口を縛る。

 火鋏も回収し、リュックサックに詰め込み一息。

「どうだった?この仕事は」

「えっと……まだ体力的に辛い部分も有るけど、これなら続きそう……かな」

「そう、なら良かった。明日も来てくれる?」

「はい、よろしくお願いします」

 これから長い旅をするのだから、体力作りも必要になる。

 お金を稼げて体を鍛えれるのなら一石二鳥だと考えた次第だ。

「じゃあ、りましょう」


 こうしてここに来て初めての仕事が終わった。

「はぁ〜疲れたぁ〜」

 ティティの家に帰り着き、ソファに突っ伏す。

「お疲れ様でした」

 ティティは熱々の紅茶を入れ、横に来た。

「はい、どうぞ」

 私のお気に入り、ダージリンのミルクティー。

 そこに蜂蜜を少し垂らし頂く。

「う〜ん、おいしい」

「良かった」

 ティティは微笑んで、一口。

「今日は食後のデザートもあるからね」

「本当?珍しいね」

 ティティは比較的倹約家だが、どういう風の吹き回しだろうか。

 ともかく、甘い物が好物の私としては期待を隠せないでいる。

「じゃあご飯の支度するね」

 そう言ってティティはキッチンに戻って行った。

 私は再びソファに横になる。

 ふと、窓際に置かれた黒光りするの箱のようなものに目が留まった。

 立ち上がり、それを手に取る。

「ティティ、これは何?」

 キッチンから「んー」と声が聞こえる。

 少しして、こちらにやってくる。

「あぁそれ。昔助けた商人さんから貰ったの。“ラディオ”って言うんだって」

 見た目に反してずっしりしている。

 つまみやボタンがいくつも付いていて、

 何やら数字の書かれたパネルもある。

「本当はそこから音が出るんだけどね、最初のうちは音が出てたんだよ」

 音というのは音楽のことだろうか。

 頭部にある銀色の棒を動かす。これはアンテナかな。

「少しいじっても良い?」

「うん。それに私は使わないし、サモラが欲しいならあげるよ」

「本当?ならお言葉に甘えて」

 こういった不思議なモノを見るのはとても興味が湧く。

 そう言えば昔、家にあった時計をバラして怒られたんだっけ。

「ありがとう」

「うん、どういたしまして」

 そう言ってティティはキッチンへ戻っていった。

 私はオモチャを手に入れた子供のように興味津々だった。

 外側を隈無く見ていると、切れ込みを見つける。

 少し力を入れると、蓋が外れた。

 中には筒状のものが四つ入っていた。

 取り外してみる。結構重たい。

 円筒状で、片側の先端が出っ張っており、

 反対側は平坦で少し内側が丸く窪んでいる。

「それは“バテリー”って言うんだって」

 ソファに寝転びながらそれをもてあそんでいると、

 キッチンからティティが戻ってきた。

「“バテリー”……聞いた事ないなぁ」

「聞いたところによると、電気を持ち運ぶためのものらしい」

 電気を持ち運ぶというのは不思議というか斬新な発想だ。

 確かに電気を持ち運ぶ事が出来れば便利かもしれない。

 こちらの地方はまだ電気の設備が整っておらず、以前家で使っていた手回し式の発電機を使って父が蓄音機を嗜んでいたのを思い出した。

 他所の地方に出かけた際に、町中を細い線が何本も繋がれていたのが印象的で今も瞼の裏に情景が浮かぶ。

 また、電気は“水”に似ているというのを教わった事が有る。

 決まった一定の方向にしか進まない。開閉で操作できる。

 また量が増えればそれだけ力が大きくなるというのも似ている。

 行き場を失えばばらかれるのもそうだ。

 だとすれば、確かに使えば中身は消えて無くなるだろう。

 水が蒸発するのと同じように、電気は消費され無くなってしまう。

 つまり、新しい“バテリー”を用意すればはまだ使えるかもしれない。

 次の休みにでも市場に行ってみよう。

 “バテリー”を元の位置に戻し、を机の上に置く。

「さあ晩ご飯が出来たよ」

 ティティが奥から持ってきたのは、熱々のグラタンだった。

「パンを敷いてシチューの残りを掛けて、

 チーズを載せてオーブンで焼いただけだけどね」

 とても美味しい匂いが漂う。

「チーズはグリュイエールチーズかな」

「うん、多分サモラに馴染なじみがあると思って買ってみた」

 私の地元ではチーズと言えばグリュイエールチーズだった。

「じゃあ食べよっか」

「うん、いただきます」


 *


 それから食べ終わった食器を片づけ、ソファに座る。

「そう言えば、仕事はどうだった?」

「うーん、まだ体力的に辛い部分も有るけど、ステアさんや他の人たちの助けもあって続けられそう」

「そっか、それは良かった。私としても勧めた甲斐が有ったってもんよ」

 自慢気にするティティは珍しい。

「それじゃあ、明日からはずっと今日と同じ時間かな」

「うん、多分」

「なら早めに寝よう、今日はもう疲れてるだろうし」

「うん」

 それからお風呂に入り、歯を磨き、ベッドへ。

 明日から長い日々が始まる。

「明日も頑張ってね」

「ティティもね」

「うん、それじゃあおやすみ」

「おやすみ」

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