第2話 自己紹介は苦手です

 

「お前が巫か、私がお前の担任になる村田だ。 もう少ししたら教室に案内するから待ってろ」


 職員室に入った俺は担任になる村田という教師と対面した。

 中年の男性教師でメガネにシワの寄ったワイシャツ、くたびれたスーツに、適当に整えた髪と寂しくなった頭頂部…

 お世辞にも清潔感とは無縁だった。


(愛想もないな…まぁ人の事言えないが)


 廊下に立ったまま村田が出てくるのを待つ。

 気がつくと先ほどまで聞こえていた生徒の喧騒は小さくなっていた。

 ポケットに入れたスマホを確認すると時間は既に8時半を指していた。


(…遅いな)


 ポケットにスマホを戻し、職員室に目を向けた直後、扉が開き、中から教師がぞろぞろと出てきた。

 村田と目が合うと一言


「ついてこい」


 とだけ言うと、歩き出した。

 この時点で既に好きになれそうも無いとウンザリする。


(まぁ、どうでもいいか)


 別段教師に好かれたいとも思わないし、担任なんて朝と終業時に顔を合わせる程度だ。

 学校行事では多少絡みはあるものの積極的に参加する気など毛頭無い。


「ここがお前のクラス、3年A組だ、中から呼ぶからそれまで廊下で待ってろ」


 それだけ言うと返事も聞かず教師に入っていった。


(……嫌われる教師の典型みたいだ)


 廊下に立ち、耳を澄まして様子を伺っていると、


「今日から編入生がこのクラスに入る」


 そう言って村田が教室のドアを開けた。

 なにも言わずに教室の中に入ると一斉に視線が集まるのが分かった。

 そして小さな話し声が上がる。

 中には声を潜めるつもりが無いのか「男子かぁぁ」といった失礼な声も聞こえてきた。


「とりあえず自己紹介でもしておけ」


 そう村田に言われた。

 先ほどから思っていたが、この村田という教師は言葉遣いが悪い。

 気にしないようにしていたが、いい加減イラついてくる。


「…巫 蓮です、よろしくお願いします」


 自己紹介というのはどうも苦手でいつも当たり障りの無い事を言ってしまう。

 だが今回はこれでいい、どうせこう言っておけば教師というのはーーー


「おい、高校生にもなって自己紹介もまともに出来ないのかお前は」


 大抵そんな事を言ってくる。

 なので予定通りの返事をする。


「はい? と言うのでとりあえずの自己紹介ですが、何か?」


 あえて挑発的な返事を返す、もちろん名前もわざと間違えた。


「お前は…教師を舐めてるのか…」


 案の定額に青筋を浮かべて睨みつけてきた。

 俺も小馬鹿にした態度のまま目は逸らさない。


「た、村田先生! 席はここでいいんじゃないですか?」


 教師の後方、窓際の席から一人の女子生徒が声を上げた。

 村田は一際強く俺を睨みつけると舌打ちをして、


「…お前の席はあそこだ、さっさと席につけ」


 そう言うと村田は「授業の準備をしてまってろ!」とだけ言って教室から出て行ってしまった。


 直後教室中からため息がこぼれた。

 若干の気まずさを感じつつ、指定された席についた。

 指定された席は窓際の一番後ろだった。

 席に着き顔を上げるとそこには見知った顔がこちらを見ていた。


「同じクラスだね、改めて今日からよろしく」


 それは、先ほど職員室へ案内してくれた月ノ宮 雫だった。


「……ああ、よろしく」


 内心、顔見知りがいて嬉しかったが、なんとなく気恥ずかしくて無愛想な返事をしてしまった為、会話が続かない、気まずさを感じた瞬間、隣に座っていた男子が声を上げた。


「あれ? 月ノ宮の知り合い?」


 その言葉に、にわかに教室がざわつくーー


「え? 朝、裏門で迷ってる様子だったから職員室に案内しただけだよ」


「さすが生徒会長」


 そんなやりとりをボーっと眺めていると雫の隣に座っている女子が声をかけてきた。


「巫君、私は日ノ宮 光ひのみや ひかり、隣にいるうるさいのが月見里 岳やまなし がくよろしくね!」


 光はそう言って人懐っこい満面の笑みを浮かべた。

 赤みがかった茶髪のショートで見るから元気っ子な印象を受けた。


「うるさいってなんだよ! 勝手に人の自己紹介すんなよ! 俺は月見里 岳、月の見える里って書いてやまなしだ! よろしくな!」


 岳は自分の教科書に書かれた名前を指差しながらそう言うと、そのまま手を差し出してきた。

 戸惑いのあまり思わず握り返してしまう。

 これまでも転校は何度も経験しているが、ここまで遠慮の無い奴は初めてだった。

 見た感じは爽やかなイケメンといった感じなのだが、何故か三枚目な印象を受ける奴だった。


「……やまなしなのに岳って面白い名前だな」


 岳の字面を見て、思わず口にしてしまった。

 途端に光が吹き出し、岳は「ガンッ!」と机に頭を打ち付けた。


「しょ…初対面でそのツッコミを貰ったのは初めてだぜ…よし! 今日から俺たちは親友だ! よろしくな蓮!」


 何が「よし!」なのか分からないが、握ったままの手をブンブンと振りそんな事を言った。

 マジで遠慮の無い奴だ。


「そうそう、蓮くん初対面でも全然遠慮無いよね」


「え? 雫になんか言ったっけ?」


「言いました! というか忘れてるの!?」


 そんなやりとりをしていると、何故か手を握りしめたまま岳が固まっていた。

 光も何か凄いものを見る様に呆然としている。

 なんとなく教室に意識を移すと教室中がやけにざわついている。

 それもただの喧騒では無い。

 皆、明らかにこちらを見ている様に感じた。


(?? なんだ、俺なんかしたか?)


 気のせいでは無い、気になったので固まっている岳を引き寄せ小声で話しかけた。


「なぁ、なんか注目されてる感じなんだが…」


「…そりゃそうだろ…あの月ノ宮とお互い名前呼びとか驚愕だぜ、転校初日からやるな!」


「……バカか、高校生にもなって名前呼び云々で騒ぐとかありえないだろ」


「アホか! 月ノ宮と言えばこの学校ではぶっちぎりのマドンナだぞ! ファンクラブの会員数なんか男子生徒の5割と言われるほどの超絶人気者で生徒会長までやってるもんだから女子からの人気も高い! 何よりーー」


 一気にまくし立てたかと思えば急にタメを作るーー


「あの月ノ宮が名前呼びしている!」


 滅茶苦茶くだらなかった。

 あまりもバカらしくて岳から離れ、窓の外を眺めた。


 その後も一限目の教師が来るまで教室は騒がしいままだった。


 ーーーーーーーーーーーーーー


 鳳学園は学食が美味い!

 そう熱く語る岳に引っ張ってこられた学食は生徒の海だった。

 午前を終えた育ち盛りの生徒達が我先にと食券販売機に殺到する様を見てウンザリする。


「……」


「よし! 行くぞ蓮!」


 人混みに突っ込んで行く岳を見送り教室へと戻る事にする。


(昼飯は…まぁいいか…)


 まだ空腹は感じていないので放課後でも特に問題無い。


 教室に戻ると弁当組や事前にコンビニなどで購入しているクラスメイトが各々好きに机を突き合わせて雑談を交えながら食事をしていた。


「あれ? 蓮君、月見里君と食堂に行ったんじゃなかった?」


 自分の席に戻ると光と弁当を食べていた雫が声をかけてきた。


「……あの人混みは遠慮したいな」


「え? いや、月見里君は…」


「勇敢にも突撃していったよ」


 行くぞ!と言われた気がしないでも無いが、まぁ問題無いだろう。


「あはは! 巫君面白いね! ところでご飯どうするの?」


 光は可笑しそうに笑いながらそう言った。


「別に食べなくても問題ないからな、放課後夕食ついでに食べるよ」


「え!? そんなの身体に悪いよ!」


 心配してくれるのはありがたいが、流石にあの人混みで食事を取りたいとは思えなかった。


「いや、大丈夫だ、大して空いてないしな」


「うーん…あ、良かったら私のお弁当少し食べない?」


 それでは雫の分が無くなってしまうだろう、そう思ったのだが、


「ちょっと作りすぎたから、はい、これおにぎり! あとおかずはこの辺なら手つけてないから」


 そう言って強引におにぎりを手渡し、お弁当箱を俺の机に置いた。

 ここまでしてもらって遠慮するのは逆に失礼か…


「じゃあお言葉に甘えておにぎりは貰うよ、でも弁当は自分で食った方がいい」


「うーん…遠慮しなくていいのに…でもまぁ分かった」


 そう言って渋々弁当箱を自分の机に置いた。


 そんなやりとりを光がニヤニヤしながら眺めている事に気がつく。


「…どうした?」


「んふふー、別にぃ、しーちゃんって誰にでも優しいけど、ここまでするのは珍しいなぁ、と」


「光ちゃん! 変な言い方しないでよ! 蓮くんは転校初日で大変だろうから…」


「それ! その呼び方! しーちゃんが男の子を名前呼びするの初めて聞いた!」


 またその話か、と思ってしまう。


「それは…別に深い意味はないし、蓮君が私の事を名前で呼んでくれたから私もそうしてるだけだし…」


「ふーーーん」


 光はニヤニヤしている。


「いや、気になるなら別に月ノ宮でもいいぞ? その方がいいか?」


 別に名前で呼ぼうが苗字で呼ぼうが大して違いは無い。

 嫌がっている様子は無いが、その方が良ければ変えるのは早い方がいいと思い、雫に聞いてみる。


「え!? 全然! 気にしないで! 私も蓮くんって呼ぶし、今更変えるのもそれはそれで変でしょ!?」


「そうか?」


「(ニヤニヤニヤ)」


「もう! 光ちゃん!! 怒るよ!」


「あははは! ごめんごめん」


 雫が顔を真っ赤にしながら怒り出した。

 その様子がまた面白いのか、光はケラケラと笑いながら二人はじゃれ合い始めた。

 そんな様子を眺めながら雫に貰ったおにぎりの包みを開け、口に運んだその瞬間ーーー


「あああああああ!!!」


 聞き覚えのある叫び声が教室に響いた。

 声の主は両手にパンを抱えてこちらに足早に詰め寄ってくる。


「おま、なんでおにぎり食ってんだよ! てっきり後ろにいるかと思えば居なくなってるし! 探しても見つかんねぇから、食券買えなかったんだと思って購買で色々買って一緒に食おうと思ったのに、なにのんびりおにぎり食ってんだよ! つかおにぎり持ってるなら最初に言えよ! おにぎりも買って来ちまったじゃねぇか!」


「まぁ興奮するなよ、後おにぎりって何回言うんだ」


 一気にまくし立てたからか岳はハァハァと息を切らしながら俺を睨みつけてくる。


「たくよぉ、あのぐらいの人混みに揉まれるようじゃこれから昼飯食えないぞ」


 そう言って岳は隣に座ると抱えたパンを机に広げた。


「いや、揉まれるも何も岳の後ろ姿を見届けて教室に戻ったからな」


「最初からかよ! なら声くらいかけろよ!」


「岳の昼飯を邪魔したら悪いだろ」


 言いながらおにぎりを頬張る、中身は鮭だった。


「なんてマイペースな奴なんだ…つか弁当あるなら最初から言えよ」


 岳はそう言って、自ら買ってきたパンの包みを開けるとかぶりついた。


「いや、弁当なんか持ってきてないぞ、あ、そのパン貰うな」


 最後の一口を飲み込み、岳が買ってきたパンに手を伸ばした。


「おう? そのつもりで買ったからいいけど、今食ってたおにぎりはどうしたんだよ?」


「………いただきまーす」


 まだ知り合って半日程度だが分かる、ここで雫から貰ったと言えば間違いなく騒ぎ出す。

 そんな面倒はごめんだ。

 そう思ってダンマリを決め込むつもりだったのだがーーー


「しーちゃんお手製おにぎりです」


「はああああああ!!??」


 おのれ光め、余計な事を…


「………」


「ちょ! おま! マジか!」


 案の定、再び騒ぎ出す岳にため息をついた。


 全く、転校初日から賑やかな昼食になったもんだ。

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今日も俺の日常は平穏です。 にゃる @nyaru0215

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