今日も俺の日常は平穏です。
にゃる
第1話 出会い
ぐちゃぐちゃと耳ざわりな音を立ててソイツは食事をしていた。
真っ暗な部屋の中、むせ返る様な鉄の匂いが夢でない事を告げる。
グチャーーグチュペチャーーー
ソイツは無言で食事を続けている。
物言わぬ肉塊と化した父さんと母さんは、既に半分程ソイツの胃袋に収まっているだろう。
永遠の様な一瞬の様な曖昧な時間を、俺はただ立ち尽くす事しか出来なかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『お前、明日から学校始まるだろ、ちゃんと準備してんのか?』
携帯の向こうから聞こえてくる叔母の声にウンザリしながら、模範解答を返す。
『大丈夫』
『大丈夫ってなんだよ! お前本当にちゃんと準備してんだろうな? 「俺もう高三だぜ? 一人でやれるよ」 とか生意気言ったくせに初日からサボったら殺すぞ!』
両親をとある事件で無くしたのは中学に上がったばかりの頃だった。
その時から親代わりに育ててくれた母の妹である叔母には感謝している。
感謝はしているがーー
『大丈夫だって言ってんだろ、だいたい医者のくせに殺すとか言うなよ』
母さんは良くも悪くも非常にのんびりとした性格で、俺と父さんはそんな母さんが大好きだった。
だから始めに叔母と会った時は両親を無くしたショックも吹き飛ぶ様な衝撃を受けた。
性格は真逆で男勝りでガサツ、口が悪くて真っ先に手が出る様な人だった。
そんな人の職業が医者だと知った時は本当に気絶するかと思った。
『ああ? 医者だから生殺与奪を握ってんだよ』
本当にこの人を医者にしてていいのだろうか…
『まぁいい、とにかく絶対明日の学校サボるなよ、また連絡する』
恐らく急患でも入ったのだろう、お説教が長くならなかった事に感謝して電話を切った。
叔母はよく勤め先の病院が変わる。
あれで優秀な医者だといつだったか聞いた事がある。
だが高3に進級を控えた冬の終わりに突然ーー
「お前、日本に残るかアメリカに行くか今決めろ」
と言われた。
元々無茶苦茶な人だったが、この時が一番無茶苦茶だったと今でも思う。
特に悩む事も無く、俺は日本に残る意思を伝えた。
だがーーー
「あ? ダメだ、お前が一人で生活出来るビジョンが浮かばねぇ、アメリカについてこい」
聞いておいてこの理不尽な回答、マジでありえない。
結局散々喧嘩(俺が一方的に殴られる)した挙句、なんとか日本に残る事ができた。
ただし条件として叔母の知り合いが理事を務める高校に編入することだった。
編入試験まで二週間しか無いと言われた時は再び喧嘩になったが、やっぱり俺が殴られるだけだった。
なんとか編入試験に合格して、通学する為に、この
「……マジで片付けやばいな…」
積み上がった段ボールを眺めながら、今日は徹夜を覚悟した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
私立鳳大学付属高等学校、なんでも100年近い歴史を持つ学校で中学から大学まで揃っており
「お前は大学いかねぇとか言いそうだからな、そこで大学まで強制的に通ってもらう」
と言っていた。
見透かされててムカついた。
そんな訳で俺はこれから少なくとも5年はこの街で過ごす事になる。
ここ、鳳市は都心まで電車で二十分程と立地はいいので、アメリカに連れていかれるより便利な暮らしが出来る。
(何より叔母から離れて暮らせるのが良い)
そう思えばこの生活が少しだけ楽しみになってきた。
校門を抜け、昇降口を探す。
が、広すぎてそれらしい場所が見当たらない。
学校からの通知で早めに登校するよう指示があった為、周りに生徒の姿は見当たらない。
(参ったな…適当にうろついてみるか…)
そう思っていたら突然背後に気配を感じた。
慌てて振り返るとそこには一人の女生徒が手を伸ばしたまま固まっていた。
綺麗な亜麻色の髪はストレートに伸ばされ、顔は小さく、身長は160センチ程、何より目を引いたのは驚いた様に見開かれた大きな瞳、有り体に言えば美少女だった。
「……? なに?」
そう問いかけると美少女は目をパチクリさせた後、柔らかく微笑んだ。
「あ、ごめんね急に、なんか困ってみたいだから… 転校生、だよね? 職員室案内しようか?」
少し考えてから、自分で探すのは面倒だという結論に至り、
「ああ、頼んでいいか…いいですか?」
思わず言い直してしまったのを見て美少女がクスリと笑って頷いてくれた。
(…可愛い、とは思うんだけどな)
両親を亡くしたショックと叔母の都合で転校を繰り返した影響か、常に人と距離を取って生きていた為、いつのまにか他人に対して心が動かなくなっていた。
(それにコイツ…)
一瞬考えて、それを振り払う。
求められてもいないのに助ける必要はない。
そんな事をすれば気味悪がられるだけだと自分に言い聞かせる。
「君何年生? 一年生じゃ無いよね?」
少し前を歩いていた美少女、もとい女生徒がいつのまにか横に並んでそんな事を聞いてきた。
「三年」
そう短く答える。
「そうなんだ、 私も三年生だよ。 あ、私、
「ああ、よろしく」
慣れない会話に当たり障りの無い返事をしたつもりだったが、彼女は俺の前に立つとこちらを振り返り立ち止まった。
「私、月ノ宮 雫よろしくね」
何故かもう一度自己紹介された。
「?? よろしく」
その返事を聞いた彼女は何故か小さくため息をついた。
そこでようやく理解した。
「あ、あー…巫
自己紹介など教師に促されてする以外経験が無かった為、うっかりしていた。
自己紹介した事で満足したのか笑顔を浮かべて再び歩き出した。
「巫 蓮君、うん覚えた。 よろしくね? 三年は4クラスあるけど同じクラスだといいね!」
社交辞令だろうが、そう言われて不思議と悪い気はしなかった。
彼女のどこか人懐っこい雰囲気に少しだけ警戒をといた。
「そうだな、顔見知りのお節介がいると俺も助かるよ」
気がつくとそんな軽口を叩いていた。
「お節介…まさか初対面で言われると思わなかったよ」
そう言って少しだけ頰を膨らませてそっぽを向いた。
「良い意味で言ったんだけどな、人付き合いが苦手でな、気分を悪くしたなら謝るよ」
クラスメイトになるかもしれない相手なだけに、一応謝っておく。
進んで人付き合いする気は無いが、わざわざ嫌われるつもりも無い。
「確かに巫くんは友達作りとか下手そう」
バッサリだった。
結構、ショックな一撃を貰ってしまい、思わず言葉に詰まっていると、
「ふふふ、冗談だよ! これでおあいこね」
そう言ってイタズラに成功した様な嬉しそうな笑顔を浮かべた。
気恥ずかしいのも相まって頰をかく事しか出来なかった。
「さ、ついたよ! ここが職員室、入る時はノックして返事があってから入室してね、じゃないと怒られるよ!」
そう言ってドアをノックするジェスチャーをする。
俺は小さく手を上げ、怒られるのは遠慮したいと
アピールした。
「ふふ、じゃあ、私は教室行かなきゃいけないから、違うクラスになっても、声くらいかけてね」
そう言って小さく手を振った彼女は終始優しかった。
だから、
「雫」
つい余計な事を言ってしまいそうになり、慌てて別の言葉を口にする。
「…ありがとう、助かった」
そう言って雫をみると、
「ーーーーッ!!」
何故か顔をうっすら赤く染めていた。
「?? 雫? どうかしたか?」
不思議に思ってそう問いかけると、
「う、ううううん! 大丈夫! じゃあね!」
何やら慌てて走り去った。
(……可愛い、んだろうな。 まぁいい奴なのは間違いないけど)
色恋には人付き合い以上に興味は無い。
だがーーー
(……もって二週間ってところか…どうするかな…)
雫の背後に忍び寄る確かな死の影は無視出来なかった。
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