第8話 一人目の『敵』


 デスゲーム小説というものを、香穂は存在すら知らなかった。それは一定のルールの元に人が殺し合うという、まさに現状のような物語らしい。仕事に追われて忙しい千尋にとって、就寝前に小説を読むことだけが、唯一のささやかな楽しみであるそうだ。

 命を賭けた殺人ゲーム。通常なら、いきなりそんな絵空事みたいな話を聞かされても、実感が湧かなかっただろう。けれど、香穂はすでに粕谷が戯れに五人を殺すところを見ている。神経は、最初から張りつめていた。香穂はいったん、31号棟の傍らで立ち止まり、地図を眺めて千尋とどのエリアに向かうべきか検討した。

 30号棟の北側が25号棟で、そこから二人が現在いるAエリアがはじまる。39号棟、21号棟、13号棟の北にラインが引かれ、そこでAエリアは終わっていた。次に、Bエリアがつづき、それの終わりをしめすラインは、地獄段と呼ばれる階段と重なっている。千尋によるとこの地獄段は有名らしく、上っていくと、岩礁の頂きにある端島神社へと繋がっているそうだ。なぜそんなに詳しいのか不思議に思い、尋ねると、やはり「端島の戦い」という小説が好きだから、それで自分でも色々と軍艦島について調べたとのことだった。

 そしてCエリアがはじまり、その終わりは軍艦島で最も大きな建物、65号棟とそれと向かい合う66号棟の北側のラインとなっていた。Dエリアが一番狭く、建物が67号棟、端島病院に隔離病棟、教職員宿舎だったちどり荘、端島小中学校と体育館、とこれで全部だ。

「で、どこに望海ちゃんがいるか、ですけど」

 責任を強く感じているのか、遠慮がちに千尋がいった。

「Aはなんだか、嫌な雰囲気がありますね。スタート近くだし、まずはここを探すんじゃないかって、考えてそう」

 千尋が持つ地図を覗きこみながら、香穂は思うところを述べる。

「じゃあ、一番遠いDエリア?」

「いえ、それも違う気がします」

「では、BかCかしら」

「うーん、どっちかな」

 香穂は腕を組んだ。昔からくじ運のない彼女は、必ず失敗する気がしてどうしても恐怖を覚える。BとCのどちらにするか、勘に頼るしかないのだから、悩んでも意味がないのだけれど、なにせ命がかかっているのだから、おいそれとは決められなかった。

 結局、何の根拠もなくCエリアに決めた。それで二人は歩きはじめたのだが、本当にこれでいいのかという不安はなかなか消えなかった。

 それにしても周囲は凄まじい光景だ。道は瓦礫などのせいで歩きにくいし、薄汚れたコンクリートの肌を持つ建物群は、いつか訪れる崩壊の時をただ待っているように思える。こんなところ、うろつくだけでも危険だ。千尋に対して「安全にゲームを楽しんでください」などと粕谷はいっていたが、それならヘルメットぐらい用意するべきではないのか。

 そう、ちぐはぐだ。千尋との心中を望んでいるくせに、どうしてこんなふうに生き残るチャンスを与えるのか。ここまで準備を整えていたということは、香穂たちが逃げだそうとしなくても、なんだかんだ理屈をつけて、この展開に持っていく予定だったのだろうか。娘の命を賭けてゲームをすることに、香穂には躊躇いがあったのだが、だとすると元々こちらには拒否権はなかったのかもしれない。

 それとも、あのまま大人しくしていたら、奴はすぐに千尋と心中していたのだろうか。

 その可能性もある。粕谷は千尋を崇拝しているから、一緒に死にたいけれども、殺したくないという気持もまた、強いのではないか。だから、はっきりとした意志さえしめせばゲームをやらせ、その結果次第では助けても良いと考えていた、というのはどうか。

 まぁいずれにせよ、外れを引けば即ゲームオーバーなのだから、まず無理だと、あいつは見こんでいるに違いない。

 香穂は表情を険しくした。自分が死んだら、娘も、他の二人の子供も、千尋も死ぬ。これほど重い責任を負わされる場面は、そうそうないだろう。しかも、相手はナイフを握って待ち構えているかもしれないのだ。

 だからといって、『敵』を殺すなど論外だ。人殺しなんて怖ろしくてできないし、武器がないからたとえやる気になったとしても、決して勝てない。もし外れを引いて発見されたら走って逃げ、相手をまく、という対処法しか香穂には思いつかなかった。

 そのためには、地理を頭に叩きこんでおくべきだ。香穂は歩きながら地図を眺め、千尋からCエリアの建物の簡単な説明を受けた。

 まずは、ラインに接している56号棟と57号棟からはじまった。同時期に建てられたこの二つの職員住宅は端島神社の下にあるため、「宮の下住宅」という別名を持っているそうだ。各戸への往来が可能な張りだし廊下が、大きな特徴らしい。ただこの廊下は現在、あちこち崩れ落ちていて危険だという。

 千尋は淀みなく、次々と建物について説明していく。香穂はその内容より、彼女の軍艦島に関する豊富な知識に驚き、感嘆の目を向けた。


 Cエリアの説明が終わると、ついでとばかりに千尋はDエリアの建物まで解説しだした。教えてくれるのは有難いのだけれど、そんなにいっぺんに話をされても、覚えきれない。段々と惰性で聞き流すようになってきたので、香穂は丁寧に断って千尋を制し、後はひたすら持っている地図と睨めっこした。

 見れば見るほど、奇妙な島だ。島の面積は、約六・三ヘクタールと書いてある。そのおよそ半分に密集した捜索すべき建物は、ざっと数えただけでも三十ぐらいあった。部屋数は合算するとどのくらいになるのだろうか。考えると、気が遠くなりそうだった。こんなところに隠された娘を、果たして見つけだせるものなのか。『敵』がいればそのエリアは排除できるから、娘を捜すためにはむしろ早く『敵』と出会った方が良さそうだが、その場合は殺されるだけだからお話にならず、考えるだけ無駄というほかない。

「Cエリアに入りました。あれが59号棟と60号棟、それと61号棟です」

 千尋にいわれ、顔を上げた。圧迫感を覚えるぐらい周りを建物で囲まれている中、彼女が指をさすその先には灰色の建物が三つ、並んでいる。波をなるべく受けないように堤防に対して、垂直に建てられた鉱員住宅。様々な形の建築物が集まる軍艦島にあって、この59号棟、60号棟、61号棟だけが、まったく同じ形をしているのだそうだ。

 喉を動かし、唾を呑んだ。建物に入れば、襲撃の危険が生じる。いよいよはじまるのだ。とにかく望海を捜し、他の人影を見かけたらすかさず逃げよう、と自分がとるべき行動を香穂は確認した。千尋は殺されないルールだから、心配せず、彼女は置いていけばいい。

『敵』に襲われて離れ離れになった場合は、端島神社で落ち合うよう取り決め、香穂と千尋は手分けして望海を捜すことにした。香穂が59号棟、千尋が60号棟だ。

 まずは地下への入り口から、奥へと下っていった。とても暗い上に、いつ『敵』が飛びだしてくるかわからないため、非常に怖い。ただ、雨を避けられることが少し嬉しかった。

 香穂は瓦礫で埋まった共同浴場の浴槽の傍で「望海―っ」と叫んだ。

 どこからも、反応が得られなかった。

 いくら捜しても駄目だったので、59号棟の捜索に取りかかる。香穂は娘の名前を呼びながら、一部屋ずつ見てまわった。各階に三戸しかないので、さほど時間はかからなかった。

 階段を上り、部屋に入る度に望海の名を叫ぶ。こんな目立つことをしていれば、『敵』がいたら、すぐに発見されるだろう。愚かしいかもしれないが、どこか、直接見えない場所に望海が隠されていたら見過ごしてしまうから、こうするしかない。まったく、なんてひどいルールなのか。これでは、死ねといわれているようなものだ。

 壁が剥がれ落ちたりなどして、どの部屋も言葉が出て来ないほど荒れ果てている。そんな様子を眺めていると、いっそう気分が暗くなった。こんなところに一人で残されて、望海はどんなに不安を感じているだろう。泣いているだろうか。香穂は強く歯を噛みしめた。

──なんとしてでも、早く救いださなくては。

 トイレなどもきちんと捜し(大便器と小便器の二つあるのが不思議だった)、最上階まで終わったが、望海も『敵』もいない。香穂はため息を吐いて階段を下り、外で待ってくれていた千尋と一緒に、今度は61号棟に入った。

 二人で別々の階を見てまわったけれど、望んでいる結果は得られない。

「次はどうしましょうか?」

 降り注ぐ雨の下に立つと、千尋が訊いてきた。すでに、二人ともずぶ濡れだ。しかし、レインコートの使用をいくら勧めても、彼女は首を振るだけだった。香穂に気を遣っているのだろう。もし『敵』に発見された場合、香穂は全力で走って逃げなければならないため、邪魔になるレインコートは着ることができない。

「そうですね。じゃあ今度は65号棟と66号棟を」

 少し悩んでから、香穂は答えた。

 65号棟と66号棟は、向かい合うコの字型をした二つの住宅だ。けれど、大きさは全然違う。65号棟は軍艦島最大の建物で、当時の日本で最も大きな規模だったという。その名は「報国寮」。北部分と東部分の旧棟が九階建てで、南の新棟は十階もの高さがあるそうだ。

 見てみると、確かに旧棟に比べて新棟は外観が白く、はっきりと違いが認識できた。

「ここには屋上に、かつて保育園が存在しました。国内で一番高い場所にあったわけです。滑り台は今でも現存していますよ」

「へえ、そうなんですか」

 千尋から説明を受けた香穂は、上の空でうなずいた。

 保育園に子供を隠す、なんてわかりやすいことはしないか……。

 胸の内でそんな呟きを洩らしつつ、65号棟を見上げる。その巨大な佇まいには圧倒されそうだ。しかも外観がくすんで崩れつつあるので、純粋に恐怖を覚える。幽霊か何かが出てきそうだった。いや、人殺しは出てくるかもしれないのだが。

 千尋が自ら志願したので彼女が65号棟を担当し、香穂は66号棟を捜すことになった。当然、こちらが先に終わるから、香穂が望海を先に発見できなかったら、外から声をかけ、合流する約束を交わした。

 香穂はひびの入った外壁に不安を感じつつ、66号棟の入り口をくぐった。千尋から受けたレクチャーによると、この「啓名寮」は独身寮だったそうだ。一階に共用スペースや労働組合の事務所跡があり、二階より上が独身者の住まいだった。さらにここにも地下があり、そこは共同浴場と倉庫になっている。

 ひっきりなしに娘の名を呼び、見落としがないようにあちこちに目を配り、暗い地下まで下りて呼びかけたが、望海の答えはない。香穂は段々、不安になってきた。こんな捜し方でいいのだろうか。望海が眠っていて、呼びかけを聞き逃すことはないだろうか。母親の声を耳にしても、疲れ果てて声が出せなかったら? 考えられないことではない。

 いったん噴きだした不安は、黒い色で胸を染めていく。とはいえ、タイムリミットが設定されているのだから、スピードも大事だ。エリア内のすべての建物を捜索して、『敵』が出て来なかったら、それは当たりということなのだから、その場合はもう一度、建物の隅々まで捜すしかない。そう考え、香穂は自分を慰めた。

 ここにはいないと判断し、肩を落として66号棟を出た。するとまた、雨に打たれる。服が肌に張りついて、とても気持ちが悪かった。地味に心を削られていく感じだ。

 いったん空を見てから、65号棟に向かうべく、歩きだす。と──

「いやあっ!」

 曇天の下、響いた悲鳴は千尋のものだ。どきりと、心臓が鼓動を打った。

 濡れた身体を、さらに冷たい感覚が襲う。雨粒が流れる頬を手で擦りながら、香穂は走った。いくら顔を拭ったところで、意味などないのだけれど、まるで泣いているみたいだから、嫌だったのだ。今は、弱気に陥りたくなかった。

 まさかと疑い、次いで、違っていてと必死に祈った。けれど、心のどこかでそれは無駄だと理解もしていたようだ。

 そびえ立つ65号棟を見上げ、香穂は荒い息を吐いた。

 北側旧棟の四階、そこの一番手前のベランダに、千尋は立っていた。

 そしてその背後には、首周りがだらしなく伸びたTシャツを着た男の姿があり、千尋の右腕を握っている。


 あまりにも早く、この時が来てしまった。

 覚悟はしていたけれど、衝撃は大きかった。そもそも日常生活において、明確な殺意を向けられる場面など、普通はない。殺し合いなど、あり得ない。だがこれから、香穂は否応なく命のやりとりをしなければならないのだ。自分は、ただの主婦でしかないのに。

 いきなり背後から一突きに刺される、という最悪の事態を回避できたことには、香穂はほっとしていた。これは、不幸中の幸いといえる。しかし最悪でなければ、この状況は何番目ぐらいに悪いのだろう。彼は、人質をとったつもりなのだろうか。

「おい。お前、こっちに上がって来い」

 二人が立つベランダの真下まで近づいた香穂に向かって、男は怒鳴った。えらの張った顔が赤らんでいるので、酔っているのかもしれない。短く刈った髪は濡れて、額にぴったりとはりついていた。腹はかなり突きでている。あれなら、脚は早くない。追いかけっこになれば、きっとふり切れるだろう。しかも、武器を持っている様子もない。

 この男が相手なら、勝てるかもしれない。香穂は希望を持ち、震える心を奮い立たせた。いける。ちゃんと対処すれば、きっとこの危機は乗り越えられる。

「嫌よ、行ったら私を殺すんでしょう?」

 上に向けた顔に雨の滴を浴びながら、香穂は叫び返した。確か、同じ建物に入らなければ「発見」したことにならず、香穂を殺せないルールだったはずだ。

「そんなことはしねえよ」

「じゃあ、何するの?」

「話をするんだよ」

「話なら、今でもできるじゃない。ここで、話しましょうよ」

「ぐだぐだ、ぬかすな。来いっていってんだろうが!」

 短気な男らしく、早速、馬脚をあらわした。やはりあの男は、はっきりと殺す気だ。

 どうしてそんな簡単に殺人を犯す覚悟が出来るのか、香穂には不思議だった。他人に対して殺意を抱くことはあっても、それと、本当に実行に移すのとでは天地の開きがあるではないか。そういえば──そもそもなぜ、彼はゲームに参加したのだろう?

「お前、こっちに来ないと、この先生の指を一本ずつへし折るぞ」

「……」

 低い脅しの文句にはそれなりの効果があり、香穂は動揺した。思った通り、彼は千尋を人質にとる気だ。しかし、それはルール違反なのではないだろうか。

「嘘よ。そんなの、あいつは絶対に許さないでしょう?」

「殺すなって指示は受けているが、痛めつけてはいけない、とは聞いていないぜ」

 香穂ははっとした。いわれてみればその通りで、粕谷の説明にそんな話はなかった。だが、先生の安全を奴ははっきりと保証していたはずだ。それはすなわち、千尋を傷つけないという意味ではないのか。

 香穂は数秒の間、激しく頭を回転させた。そして、あいつは嘘をついている、と結論を弾きだす。そう確信したけれど、次の台詞をぶつけるためには勇気が必要だった。

 負けてはいけない。怯懦を隅へと押しやり、香穂は勢いをつけて叫んだ。

「騙されないわよ。できるものなら、やってみなさいよ」

 口を閉じてからも、不安でしょうがなかった。男の反応を、瞬きもせずに窺う。しばらく香穂を鋭く見下ろしていた男は、やがてくそっと吐き捨てるようにいった。

 やっぱり。香穂は静かに息を吐いた。『敵』は、千尋を一切傷つけてはいけないのだ。ではなぜ、彼は千尋を捕まえたのだろう。脅せばすぐに来ると考えたからだろうか。

 しばし、二人は睨み合う。男も手詰まりなのだろうが、香穂もまた、どうすればいいのか、判断できなかった。

「ねえ、名前を教えてよ」

 香穂は、穏やかな調子を心掛けて呼びかけた。今、自分にできる行為は、説得だけだ。会話を交わして同情を買うことができれば、殺しを思いとどまってくれるかもしれない。良心の呵責をまったく感じずに人を殺せる人間は、滅多にいないだろう。その良心の部分を引きだせばいい。そんなふうに、香穂は思考した。

「なんでだよ」

「いいじゃない、私は遠藤香穂よ」

「……高橋だ」

 よし、答えてくれた。少なくとも、コミュニケーションは可能だ。もしかしたら、そんなに悪い人じゃないのかもしれない。

「高橋さんは、どうして私を殺したいの? もしかして、お金?」

「……」

「いくら、貰えるの?」

「一億だよ」

 懐かしい感覚を呼び起こす数字だった。娘を誘拐された時に、提示された金額。夫をたぶらかしたお金。結局、あれは嘘だった。この男も、あいつに騙されているのだろう。

「あなた、現金は直接見たの?」

「いや」

「宝くじに当たったって聞いた?」

「まぁな」

 香穂は、わざと声高く笑ってみせた。

「あのさあ、常識的になってよ。宝くじが、そうそう当たると思う? 出鱈目に決まってるじゃないの」

「ん?」

 高橋は当惑の表情に変わった。

「ね、そんなの当然でしょう?」

「うん、そうだな」

「じゃあ、先生を離して」

「その前に、こっちに来てくれよ。もっと話をしよう」

「……」

 馬鹿にしているのかと疑いたくなるほど、高橋は見え見えの嘘をつく。香穂は困り果てた。この男は絶対に殺害の意思を曲げないつもりだ。何か、一億が貰えると信じる根拠を持っているのだろうか。それはわからないが、こちらの言葉に耳を貸す気はないようだ。

 説得は無意味か。諦めかけた香穂は、でももう少しだけ、と努力をつづけた。

「お願い、考え直して。私は娘を誘拐されたの。私が死んだら、その先生も、子供も死ぬのよ。あなた、独身?」

「ああ、そうだ」

「そう。でも、想像してみて。あなたに子供がいて、それを殺すっていわれたら、あなた、耐えられる?」

「それは腹が立つな」

「でしょう?」

「わかった」

「わかってくれた?」

「ああ、だからこっちに来てくれ。もっと話をしよう」

 呆れて力が抜け、肩が自然に落ちた。

 駄目だ。香穂は匙を投げた。これ以上、この男と会話を交わしても無駄でしかない。タイムリミットがあるのに、これ以上、時間はかけられなかった。高橋は千尋を傷つけられないのだから、このまま逃げればいいのかもしれないが、あの男は知能が低そうだから、香穂が去ったら逆上してルールを破るかもしれない。なので、放置はできなかった。

「いいわ。じゃあ、そっちへ行くから」

 覚悟を決めて、大きく叫んだ。すると、高橋はたちまち喜色を浮かべる。

「お、本当か?」

「ええ、入り口はどこですか、先生?」

 尋ねても、千尋は高橋の傍に香穂を近づけたくないのか、躊躇う様子だった。代わりに高橋が、この棟の学校側だと答えた。

 その言葉の通りに、所々鉄骨が剥きだしになった壁に沿って歩いて行くと、玄関に辿り着いた。中に入るとタイル貼りのエントランスがあり、その奥に階段を見つけた。

 ほんの少し立ち止まり、一瞬のうちに作戦を組み立てる。

 問題ない。必ず逃げられる。香穂は心を励まして、一歩を踏みだした。

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