13‐13「吸血鬼の予告」

「貴方は……」


 ダイヤが頭上の月明かりに照らされている男性に声をかける。あの口癖、恐らく彼がダイヤの言っていた吸血鬼であり船にいたダーン伯爵だということだろう。


「お久しぶりですねダイヤさんドラゴン討伐おめでとうございます、そして鎧の貴方はゴブリンさんですね、こう対面するのは初めてですね、キキッ」


 吸血鬼は礼儀正しくそう言うと右手を伸ばし頭と同時に下げて見せた。正直スーツ姿でこんなことをされると敵意はないのかと勘違いしてしまいそうになるけれどそんなことはないだろうと気を引き締める。


「どうして貴方がここに」


 ダイヤが聞いたことのない怒りの籠った声が周囲に響く。


「それはですね、近々ダイヤさんに素晴らしい報告ができるということをお知らせに伺ったのですよ。その余興として魔王様から頂いた新しいモンスターはもう1体しかいなくなってしまいましたが、それ相応の素晴らしい見世物でしたよ、いかがでしたか? ダイヤさん、目の前でお兄さんが命を落とす様は。そしてゴブリンさん、彼女のお兄さんを仕留めた感覚は、キキッ」


「あの人はお兄ちゃんじゃありません」


 ダイヤの返答に吸血鬼は笑みを浮かべて見せた。ふと気が付くとダイヤが俺の背から降りて自らの脚で立ち吸血鬼を見下ろしている。


「何をするつもりかは存じませんが貴方はここで倒します! 」


 ダイヤはそう言うと杖を構えた。爆発魔法だろうか? いや、周囲が森で皆がいるということは彼女も分かっているはずだ。

だとしたら俺のやることは一つだ。

俺は吸血鬼に気付かれないように剣に手をかける。


「相手が空にいるなら、遠慮はいりません。『ファイエア』! 」


 彼女が呪文を唱えた途端、巨大な炎の玉が吸血鬼を目指して直進していく。直撃したら大やけどどころか死は免れないだろう。そんな強力な魔法だというのに吸血鬼は落ち着いた様子だ。


「そうそう、そういえば船でお会いした時に魔法管理官だなんて名乗りましたね。お気付きの通り真っ赤な嘘ですが。仮に透明人間がいた場合見つけられるという宣言は嘘ではございませんよ、キキッ」


 余裕たっぷりにそう言うと彼は右掌を迫りくる炎にかざした。


「『デリト』」


 吸血鬼がそう呪文のようなものを唱えた瞬間、ダイヤの放った炎は跡形もなく消滅した。


「そんな、どうして……」


「ははは、私の魔法に驚かれているようですね。無理もないでしょう、これは魔王様も使えない私が何十年と研究して作り上げた魔法でいかなる魔法も打ち消す究極の魔法なのですよ、キキッ」


 そこまで得意に語ってようやく吸血鬼が驚きの声を上げた。


「ゴブリンはどこにいった! ? 」


  先ほどまでの余裕が嘘のように狼狽した吸血鬼は周囲を見回す。そして振り返った時、ダイヤの炎に気を取られている隙に木を足場に飛び上がり背後を捕え剣を振りかぶっていた俺と目が合った。


「これで、終わりだ! 」


 力を込めて剣を振る。すると吸血鬼はあっという間に頭から右半身と左半身が血しぶきとともに真っ二つに分かれた。

しかし、次の瞬間彼の身体は数十体のコウモリとなり数体のコウモリの死骸をとともに落ちて行く俺をあざ笑うかのように空を飛び始める。


「あの状態なら恐らくさっきの魔法は使えないはず……逃がしません」


 ダイヤが再び杖を構え追撃しようとするもふと杖を下ろす。コウモリはダイヤが魔法を放てないように木の頂のすれすれを飛んでいたのだ。これでは吸血鬼の命と引き換えに森を丸々燃やすことになってしまう。


「まさか、吸血鬼の正体がコウモリだったなんて」


「おそらく、再生すると思う。あの中のどれかが本体なんだ。でも今はやめよう、コウモリにとってこの夜の森は絶好の狩場だろうから……それよりもスペードとクローバーと合流しよう」


「そうですね、ところで報告ができるって何のことでしょう」


 不安気に彼女が尋ねる。真っ先にセイの顔が浮かんだ。


「もしかすると、俺達がセイにモンスターを倒すために色々としてもらっていたのがバレたのかもしれない。彼はダイヤがドラゴンを倒したことを知っていたんだから」


 彼女が顎に手を当て真剣な表情で答える。


「そうかもしれません、セイ女王にこのことをお知らせしておいたほうが良さそうですね」


「そうと決まったら急ごう、まずはスペードとクローバーと合流してそのあとはもう一つ馬車を捕まえて大急ぎで手紙を届けてもらわないと。じゃあ、飛ばすよ」


「そうですねって……きゃっ。と、トーハさん私自分で走れます! 大丈夫ですから」


 俺はダイヤの両ひざの裏に右手を、背中の裏に左手を回して彼女を持ち上げると力強く地面を蹴り夜の森を走り始めた。

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