11‐3「中堅戦」

 男2人が駆け寄りぺちぺちと眼帯の男の頬を叩くも男からの反応はない


「おい、しっかりしろ。クソ、駄目だ! 完全に伸びちまっている! 」


 吐き捨てるように言うとその声を聞いてダイヤは胸を撫で下ろした。


「すごかったよダイヤ」


「ああ、噛んだ時はヒヤっとしたけどな」


 俺とスペードが声をかけるとダイヤが頬をリンゴのように赤く染めて答える。


「いえいえ、私なんて。上手く言ってよかったです。彼もご無事のようで、後はお願いしますね」


「うん」


「任せろ」


 彼女の期待に俺達は答えるように力強く頷く。すると盗賊のフードの男と目が合った。彼の目は怒りで燃えているようだ。


「おい、いい気になるんじゃねえよ。次からはこうはいかねえからな! いけ」


「はいはい」


 そう言いながら前に出てきたのは短刀を肩に担ぎ無精髭を生やした30代程の男だった。


「俺が行く」


 まあ、クローバーから少し離れた位置に3人固まっているという立ち位置から向こうも把握しているだろうけれどそう口にすると前に出て剣を抜き構える。


「第2戦……」


 フードの男はそう言って両手を構える。あれが先ほどのように動き互いがぶつかり音が鳴ったら勝負開始だ! ふと俺はここで雪をぶつけるのはどうだろうか、と邪道な考えが頭を過るも打ち消す。これは互いに剣を構えた勝負だ、そういうのは無粋と言うのだろう。


「開始! 」


 男の言葉と共にパァン! と音が鳴る。それとともに素早く懐に入り込もうと駆けだす。そう、剣士同士の勝負は素早く懐に入り剣で突けば勝ちなのだ。

 しかし、どうも認識が違うようで相手はこちら目掛けて向かってこない。どういうことかと考えた次の瞬間。


「これでも喰らいな! 」


 男が空いている左手で雪を掴み俺目掛けて投げ込んできた。


「くっ……」


 視界が奪われ思わず立ち止まる。なんということだ、これはなんでもありの勝負だったのだ! 後悔するもすでに遅い。しかし、幸いなことに雪は兜に当たっただけで眼をポロポロと落ちて俺の視界はその一瞬しか奪われずに済んだ。


「死ね! 」


 故に向かってくる右から剣を振り俺の胴体を切り裂こうとしているのがはっきりと見えた。俺はその軌道に剣を合わせる。


 キィン!


 剣は音を立てて弾かれた。


「くそっ、もう回復しやがったか」


 男が悔しそうに言う。本当に間一髪のところだった、この卑怯者には俺のスペード仕込みの剣技の末に剣を突き立て……


 そこまで考えて思考が止まる。相手はモンスターではなく人間なのだ、剣を突き刺したら殺してしまう! しかし俺には峰うちなんて器用な真似はできない。


「一度凌いだからっていい気になってんじゃねえ、行くぜ」


 そんなことはお構いなし、男はオレに突撃を仕掛けてくる。右上、右下両手で持って左上と様々な角度から斬り込んでくる。男は剣技を習ってないようで剣をはじいた直後に大袈裟にのけ反ると隙があったけれどもそこに剣を突き立てるわけにもいかず何もすることはできない。


「おいおい、俺様の剣技の前になにもできないのかよ。ならもっと激しいの行くぜ! オラオラオラオラオラァ! 」


 キィン!キン! ガギィン!


 俺が攻撃してこないのをみて防御を捨て隙だらけの大降りを次々と繰り出す男、だけど大ぶりなだけにパワーはかなりのもので先ほどよりも激しい音が鳴る。このままでは俺は何もできない。それもまずい、オオカミの群れは間にもじりじりと後ろから迫っているのだ。どうすれば……思わず歯ぎしりをしたくなるような歯痒い状況。しかし解決策は突如として舞い降りた。


 なんだ、簡単なことだった。どうして今まで思いつかなかったのだろう。


 お互いに剣を構えている状況だというのにあまりにも簡単な解決策は、解けなかった謎解きの解答をみたときのような驚きと悔しさが入り混じった感覚を思わせる。


「これで終わりにしてやるよ! 」


 同時に、男が叫びながらこれまで以上の大ぶりの一撃を真上から俺に浴びせようとする。生身の人ならこの一撃を受けたらマズいという判断から、いやそれ以前に振り下ろされる前の丸腰の胴体に剣を突き刺していただろう。しかし、俺はそうはしない、何故なら俺はゴブリンだからだ。


「オラぁ! 」


 俺はあえて雪に埋もれた大地を踏みしめ左上から剣をぶつけ力比べをする。圧倒的に俺が不利な状況だが成長した今の俺のパワーはリザードマンとの戦いを考慮すると人間を超えホブゴブリンほどだろう。故に人間と人間ならともかく、人間とホブゴブリンの力比べなら多少位置が不利でも──押し切れる!


 グワキィィィィン!


 読み通り、力を込めた俺の一振りは男の剣をはじき返すばかりかその手から剣を奪った。男の剣は宙を舞いやがて男達より数メートル後方に雪をクッション代わりにズボッと音を立てて着地した。


「あ、あ、あ……」


 剣を失った男はみるからに狼狽し時々後ろを伺いながら後ずさりをして距離を取ろうとするも俺は容赦なく男との距離を詰める。


「お、おい、そうだ……お前王宮から王命を受けてきたんだろ? それならさ、お前俺の命を奪えないよな? 騎士様ならそんなことはせず更生の機会を与えてくださるよな? 」


 何というか、頭は回るようで痛いところを突いてくる。王命と言うのは間違いだが命を奪えないというのは事実だ。しかし、この男が後ろを振り返った時の様子から隙を見て仲間から剣を受け取り俺を仕留めようとしている可能性も考慮しなければならない。となるとここで勝負を決めなければならないということだ。


 ガっと俺は迷わず左手で男の襟首を掴む。


「ひ、ヒィッ! ああ、一思いにやってくれ! 女王様を恨みながら死んでやる! さあ来い! 」


 男は力の限り叫んだ。俺はその男を見据えながら右手に握った剣を放した。剣がトスンと雪に着地する。


「な、なんだやっぱり無理じゃないかハハハハハ」


 男がそう笑うとほぼ同時に俺は自由になった右手の拳を握り締め、


「ふん! 」


 男の腹目掛けてに突き出した。


「ぐ……ぐおあ……」


 ドスッと言う音と共に俺の拳は狙い通り男の腹に命中、男は顔を歪ませると泡を吹いて意識を失った。


「俺の勝ちだ」


 剣を使うと殺してしまうのならば使わなければいい、こんな簡単なことに気が付かなかったことを恥じながらも気を失った男を地面に下ろしそう宣言した。

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