9‐9「逆転のワープ」

 財宝へのヒントが出てくるであろうスチェの盤面と向かい合うこと1時間、俺達は一向に突破口を見出すことはできず手を失っていた。


「こうなりますと、1つ1つ確認していきましょうか」


 ダイヤはそう言うと紙と羽ペンを取り出しスラスラと何かを書き出した。彼女はペンを動かす手が止まると同時に俺達に紙を見せる。


「私がこの盤面でできる手を書いてみました。他に何かございましたら記入してください」


 どうやらダイヤは実際に手を動かして考えてみるつもりのようだ。確かに頭の中だけでは見落としていることもあるかもしれない。改めて紙面に視線を移す


 彼女の言うように何か見落としがないかと紙面に書かれている手と頭の中の行動を照らし合わせてみたけれど流石というべきかダイヤの記入した紙には俺が考え得るすべての駒を打つ手が書き込まれていた。


「何もないよ、凄いよダイヤ。俺の考える手は全部ある」


「えーっと、これは……オレと同じか…………オレもだ」


「……異議なし」


 スペードとクローバーが続く。3人揃ってこの反応なのだから恐らく他には手はないのだろう。それ故かダイヤは照れながらも戸惑いを込めた複雑そうな顔をした。


「それでは1つ1つ確かめていきましょうか」


 そう言うと今の棋譜をメモした後に彼女は慎重に一手一手駒を動かし始めた。俺達はその様子を固唾を飲んで見つめる。残念なことに想像通りだったということが発覚するまでにそう時間はかからなかった。


「駄目ですね、これはどうやっても勝てません」


 困惑した表情で彼女が言う。


 これは一体どういうことなのだろうか? 確かに俺達はこうして他の部屋を調べたことはない。でもこのように意味深な書置きがあればこの部屋に何かあるだろうと俺でも考える。もしかしたらそれ自体がこの館の持ち主の狙いなのだろうか? となると……


「クローバー、悪いけど俺達まあ俺がこんな状態だから正確にはダイヤとスペードに館を散策してもらってもいいかな」


 クローバーは頷く。


「謝ることじゃない、ボクもそのほうが良いと思う」


「まあ他の場所に何かあるって可能性もあるか、んじゃあ行くか! 」


 スペードが呟く。


「そうですね、他の可能性を探してみましょう、行きましょうかトーハさん」


 駒を動かすために座っていたダイヤが俺を右手の人差し指に立ち上がる。それから数時間、館を散策したけれどクローバーが言うように他に怪しいところは見つからなかった。


 これは考えたくはないけれど俺達に財宝を渡す気もなかったということだろうか? 正直それはあり得る話ではあるけれど……


 ふと嫌な考えが頭を過る、するとクローバーも同じ結論に達したのか険しい表情をする。


「巻き込んでごめん、皆で考えても分からないんだ。じゃあ初めからこの館に仕掛けなんてなかったのかもしれない。本当にごめん」


「いやいや謝ることじゃねえよ、だとしたら許せねえのはこんなことをして楽しんでいる奴だ」


「そうですよ、それにまだこの館に何もないと決まったわけではありません」


 ダイヤの言う通りだ、諦めるのはまだ早い。いやクローバーにあんな顔をさせてこのまま引き下がるわけにはいかない。何かなかったか、と考えるとやはり浮かぶのはあのスチェだ。でも俺達が調べた通り打てる手はない。しかしそれは俺達の場合であってプロの場合は何かいい策が浮かぶのかもしれない、あるいは……


「スチェのあった部屋に戻ろう」


 気付くと俺はダイヤに向かってそう提案した。


 ♥♢♤♧


 部屋に戻り再びスチェの盤面と見つめあう。


「確かに引っかかるといえばここだけどさ、何か浮かんだのか」


「もしかして、逆転の方法とか? 」


 クローバーが顔を上げて尋ねる。


「まあ、見てて」


 俺は2人にそう言うとダイヤは再び駒を動かすべく椅子に腰かけ俺を駒の近くに置く。


「まずはそうだな、ダイヤその駒を持って」


 まず俺はダイヤから見て真下の「金」の動きをする魔法使いを模した駒を指差した。ダイヤはその駒を手に持つ。


「おい、今そこ動かしても勇者が取られて負けちまうぞ」


 スペードが指摘する。そう、将棋のようなこのゲームは俺達は一体しかいない剣を持った勇者、相手はフードを被っている魔王の駒を取られたら負けなのだ。


「一つだけ解決法がある、このターンで決めればいい」


「なんだと! ? 」


「ウソ……」


「そのような手があるのですか! ? 」


 驚愕して3人が言う。そう、この詰みの状況で俺が考え得る魔王の駒を取る一手が一つだけ存在する! その手段を今示そう!


「ダイヤ、その駒を盤の端に置くんだ」


「こうですか? 」


 彼女は首をかしげながら言われたとおりに駒を置く。


「そこからその端を伝って魔王の駒の後ろに移動、駒を取るんだ」


 懐かしい、俺が子供の時に将棋で追い詰められていた時によく使っていた一手だ。俺の会心の一手でたちまち3人は驚きの声を上げることだろう!


 そんな俺の予想に反して場が凍り付く。


「……トーハさん…………それは駄目だと思いますよ」


 沈黙の後ダイヤがやんわりと言う。しかし、今の俺にはこの優しさが辛い。とにかくこの状況を変えなければ!


「いやほら、正攻法で勝てないならこうやって勝つ手段を見つけるしかないでしょ? とにかく魔王を取れば解決かもしれないから! 」


 俺がそう言うとともに3人が一斉に笑い出した。


「ハッハッハ、なるほどなあ子供かお前は」


 かろうじて話せる状態だからと言うように目に涙をためたスペードが笑いながら言う。

 悪いな、子供の時に考えた戦法だよ。


「なら良い方法があるぜ、これをなこう逆にするんだよ! 」


 そう言ってスペードが盤を持ち丸ごと真逆に変えようとした瞬間だった。どこかでカチッという音がしたかと思うと同時に正面の壁がスライドして通路が現れる。驚きで声が出ない。


「壁を閉じるスイッチがあってそれが押されている状態になっていた? 」


 クローバーが机の僅かに盛り上がっている部分と通路を交互に見つめて口にする。


「マジか……」


 目先の通路を見つめながらスペードが小さく呟いた。

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