6-9「ただ一つの勝機」
馬鹿な、ダイヤでも『ヒール』による回復には時間がかかる。それをこんな数秒で立ち上がれるほどの回復なんてできるはずがない!
俺は恐る恐る後ろを振り返る。視界に入るのは緑色の葉と地面にある落ち葉に何本もある木、そして立っているレイズとコールだった。
信じられない、だがもうこうなったら信じるしかない。彼女は即座に倒れた味方を回復させることができるのだ!
俺は拳を握りしめる。
手練れの冒険者1人だけで手一杯なのに全回復持ちだって、加えてこちらの切り札はもう使ってしまった。どうすればいいんだ。
「依頼主曰く顔に傷をつけて偽装したかどうか確認する手段があるとか書いてあったが、こういうことか」
コールが再び戦闘態勢に入ったようで槍を構える。
参った、もう勝機がない。
諦め膝を曲げかけたその時、あることを思い出した。
これだ、これしかない。
俺は見出した勝機を逃さないためにその場所を目掛けて走り出した。
「逃がすかあ! 」
すかさずコールが木々を華麗に避けて追いかけてくる。
しかし、捕まるわけにはいかない。
俺は力強く地面を蹴って木の枝に飛び乗るとそのまま枝を飛び移って移動する。これならばコールの攻撃をワンテンポ遅らせることが出来るに加えて木々を避ける必要もない!
「な! 」
コールが面食らった声を出して立ち止まった。
これはチャンスだ! 一気に距離を稼げる!
そう考えて勢いよく木を蹴った時だった。ゾクリ、と得体のしれない寒気に襲われる。
マズい、やられる!
その予感を抱えたまま、俺はこれまで目的の場所を目指してひたすら直進していたのを急に左側の木に飛び移る。その時、チラリとコールの姿が見えた。
「『エアースティング』!」
コールがそう言って何やら纏っている槍を前に突き出した瞬間、俺が先ほどまでいた木々からそのまま正面に進んでいたらいたであろう木まですべてが風に貫かれたかと思うと大きな穴が開きメキメキと音を立てて倒れる。
「ちっ! 勘のいい奴め! 」
コールは舌打ちすると槍を構えなおし再び走り出す。
どうやら連続で撃つことはできないみたいだろうけど、なんだあれは! あれがスペードの言っていた冒険者の放つ必殺技か! ?
「おいコール、森を破壊する気か? 」
遠くにいるであろうレイズの怒声が響き渡る。
「しょうがねえだろ、不可抗力ってやつだ」
コールはそう叫び返した。俺はその様子をチラチラと振り返り伺いながらもまたあれが打たれたら危険なのでジグザグに動くために地面を走らざるを得なかった。俺が地面を踏むたびにパリパリと落ち葉が音を立てるのがカウントダウンの様に感じる。そして目的の場所まであと少しというところだった。
「何処に行くかと思ったら洞窟に戻ろうって魂胆か」
残念なことに追いつかれてしまった。正直なところを言うと予定とは少し早かった。必殺技の時に稼いだ距離で逃げ切れるのかと考えたのだが上手くいかなかったようだ。
「オレ達は気付かない間に一周していたんだ。そうだろ? やっぱお前他のゴブリンとは違って頭が良いな、アトウとか言ったっけ」
得意気に喋るコールの言葉に頷く。するとコールは槍を回した後に構えた。
「今度こそ仕留めてやる、覚悟しろアトウ! 」
そう言うと正面から襲い掛かってきた。
想定外の距離とは言え生き延びるしかない!
キィン! 振り下ろされた槍を剣で振り掃う。そして次の攻撃が来るインターバルの間に僅かに後ろに進む。
「へえ! まだ逃げるのを諦めてねえってか」
感心したように言いながら
キィン! カァン! ガァン! キィン!
第2撃、3撃、再び放たれる攻撃を弾きながら後ろへと後退する。
「どうした、もう反撃する気もないってか」
煽るようにコールが言う。確かにこのまま後退ばかりしていたら何かあると勘付かれるかもしれない。
「俺は、魔王を倒すまでは死ねないんだ! 」
斜め右上方向から放たれる剣で槍を掃った後に俺はそう言って再び蹴りを入れた。正直、防がれる前提の力のない攻撃だったがどういうわけかコールは受けると一歩後退した。
「魔王を、倒すだって……ゴブリンのお前が? 」
呟きながら空を見つめた次の瞬間、
「ゴブリンのお前にできるわけがねえだろうが! 」
そう叫びながらコールがこちらに迫り槍を振りかぶる。俺は先ほどの様に剣を横向きにして軌道に差し込んで防いだ。
ギィィィィン!
「…………っ」
重い一撃だった。剣を持つ右手が思わず痺れる。どうやら何がきっかけか怒りに身を任せて槍を振るっているようだ。でも平静を失っているのはありがたい。目的地まであと少し、何とか持ちこたえることが出来れば!
ガァァァァン! キィィィィン! ガギィィィンン!
何とかコールの槍を防いで目的地へを辿り着いた。あとは、面と向かって彼を見る。この一撃を防ぐだけだ!
「くたばり、やがれえええええええええええ! 」
右上から槍が迫る。俺は剣を構えてそれをこれまでのように剣で防ぐように見せかけながら両足に力を込めると左斜め後ろへと跳んだ。
「なっ」
俺の真後ろには木が合った。突然の回避に加え一撃を怒りで我を失った故に見落としていた木の出現に驚くコール。
「な、めるなあああああああああああ! 」
しかし、両足に力を込めると動きが止まった。
「グアッ! 」
一方の俺は後ろ向きに飛んだためにバランスを崩し地面に倒れる。
「俺の槍を木に刺して封じようとはやるじゃねえか、だがもらったぁ! 」
倒れた俺を一思いに突こうと跳び上がったその時だった。
ビィンッ!
「何! ? 」
コールの足が木々の間にかかっていた縄に引っ掛かった。そのまま彼は体制を崩し頭から着地をする。これが俺の狙いだった。コールが仕掛けた縄を思い出してこれで彼を転ばそうと考えていたのだ!
「俺の勝ちだ! 」
俺は立ち上がると倒れているコールの頭上で剣を構えた。
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