6-10「生の実感」
俺とコールはお互いに見つめあう。動けなくさせてもすぐ復活をするなら即死をちらつかせて撤退してもらうしかない、それが俺の答えだった。
「へっ、『俺の勝ち』だって? そいつはまだわからねえな」
そう言いながらコールはチラリと横を見た。恐らく槍との距離を測ったのだろう。確かに彼ならここから俺の攻撃を避けて槍の所まで行き仕切り直すなんて離れ業が出来るかもしれない。
それに対して俺はこの剣を振り下ろすことはできない。
「試してみるか」
俺は剣を持つ手に力を込める。しかし、コールは笑う。
「手が震えてるぜアトーさんよ」
指摘通り俺の手は震えていた。息遣いも荒くなっている。俺を襲うモンスターはこの剣で殺めてきたけれど人を殺めたことはなかった。しかし、この状況。今見逃せば確実に俺はやられる! ここで振り下ろすしかないのか……
余りに重すぎる決断を瞬時に下さねばならない辛さを噛み締めながら迷っていると声が響いた。
「帰るよコール、あんたの負けだ」
見るとレイズという女性がいつの間にか立っていた。
「いや、待ってくれよ姉さん、まだオレはここから逆転するんだからよ」
剣を向けられているというのにコールは遠慮なしにレイズに食い下がる。
「いいや、あんたの負けだ。そもそもそのゴブリンが殺す気になれば転んだ時点で……いや、さっきの不意打ちの時に死んでいたよ。そのゴブリンにあんたの命を奪う気はないのさ。一方が殺す気がないのをひたすら攻めるなんて御免だね」
レイズはコールに向けてきっぱりと言うとこちらを見る。
「悪かったね、どういう事情か知らないけれどいきなり襲い掛かっちまって。もう襲わないから安心してくれ」
微笑みながらレイズが言うので俺は剣を下ろした。するとコールが立ち上がり槍を掴む。レイズはコールを警戒しながらも俺の方へと近づいた。
「これはほんの迷惑料さ、受け取っておくれ」
ずっしりと重みのある袋を受け取った。この重さにジャラジャラとした音からこれはゴルドだろうということがすぐわかった。
「な、姉さん! 」
コールがそのことに気付いたのかツッコミを入れる。
「仕方ないだろ。あんたが負けたんだから、ほら、帰るよ! 」
そう言うと踵を返してコールの肩を叩き元来た道を歩いていく。
「またどっかで生きていたら会おう! 」
「お、お元気で~」
手を振る彼女にそう叫ぶと満足したように会釈をしてギルドへの道を戻って行った。
「助かった~」
2人が見えなくなった後、緊張が一気に解けた俺は地面に倒れこむ。空を見ると綺麗な青空が広がっていた。あの2人を前に生きていることが信じられず1つ大きな深呼吸をして生の喜びを実感する。
30分くらいそうやって寝込んでいた時だろうか
「トーハさあああああああああん! 」
「トオハ無事か! ? 生きてるなら返事をしろ」
ダイヤとスペードの声が聞こえた。ここはゴブリンの洞窟の近くなので俺は慌てて立ち上がると声のする方向へと走って行った。
ダイヤとスペードの声の聞こえた方向目掛けて木々を避けてひたすら走ると見慣れた二人の人影が見えた。ダイヤとスペードだ!
「ダイヤ! スペード! 」
俺は余りの嬉しさに二人に抱き着いた。
「と、トーハさん! ? 」
「わっいきなりどうしたんだよ! 」
二人の反応で理性を取り戻した俺は慌てて離れると立ち上がり1つ咳払いをしてからこれまでのコールとレイズとの戦いの話をした。
「さっき歩いているのを見かけたからまさかとは思っていたけど遅かったか」
スペードは頭を抱えた。
「ということはプラチナランクの2人を相手にして生きているなんて凄いですよ! 」
「いや、実質タイマンの上見逃してもらっただけだから……」
ダイヤに予想外のことで尊敬の眼差しを向けられるも俺は気恥ずかしくなって頬をかきながら言う。
「まあ、とりあえずせっかくのギルドだったけれど、この地にいたらしいベヒーモスもいないらしいから早速次の町へと向かうか」
「そうだな、またぞろぞろと冒険者が来ても困るからなあ」
スペードの言葉に賛成する。冒険者というのは聞いた話によると最上ランクであったあの2人が負けたとあっては挑まない、ではなく我こそが! と向かってくるタイプの方が多い気がしたからだ。
「そうですね、次の町へと向かいましょうか」
ダイヤも賛成のようでそう言って頷いた。
「そうと決まったら入りな」
スペードがしゃがみながら自らのバッグを開ける。入れ、ということらしい。
「もうダイヤじゃしんどそうだからな」
スペードが俺が何を考えていたのか分かったとばかりに言う。
「ごめんなさい」
ダイヤが申し訳なさそうに頭を下げる。
「い、いや、何か最近この身体で実年齢ならとっくに過ぎた成長期迎えている俺が悪いんだから、ダイヤは悪くないよ! それにあの頃は見上げるとお腹辺りだったのが今は丁度胸辺りで景色も悪くないから……あ、ごめん」
そこまで言いかけて顔を赤らめた彼女達を見て失言に気が付く。フォローしようと何かプラスの背が少し高くなったメリットを言おうと咄嗟に浮かんだことをそのままに述べたのだけれどよくよく考えればこれはいけなかった。
「よし! このいかがわしいことを考える悪いゴブリンはギルドへ引き渡すか! 報酬たんまり貰えるだろうからな! 」
スペードはそう言って俺を抱きかかえる。
「さあ、ダイヤ。今晩何を食べたい? 」
「そうですね、キャロを使った料理が食べたいです」
「なら豪勢に食べ放題でも行くか! 」
まずい、この2人俺を本気で売る気だ!
「本当にごめんなさい、もうしませんから許してください」
「冗談だよ」
「冗談です」
俺が謝罪の言葉を述べると2人が仲良くそう言って笑う。
「トーハさんがえっちなのはもう知っていますから」
ダイヤが付け加えるように言った。
俺が、変態だって? ちょっと待った! それに関しては納得がいかない!
「2人共待ってくれ、今のはたまたまであっていつもそんなことを考えているわけでは……」
「いいからほら、入れ」
俺が弁解をしようとしているとスペードにバッグに入れられる。
「それでは次はイヴァフですね! 参りましょう! 」
珍しくダイヤがそう張り切って言うと俺達はイヴァフの道へと歩いて行った。
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