5-4「分身の術」

 俺は声がしたとともに右にはねた。するとその判断が正解というように階段にいたら命中していたであろう2枚の俺達の世界で言う手裏剣が床に突き刺さった。


 それとともに黒い忍び装束の者が隠し部屋らしきところから天守閣最上階に着地する。


「ほう、喋る化け物とはこれは奇怪な。時代も変わるものよ」


「どういうことだ、御館様ってのは鎧に身を包んだ男じゃなかったのか! 」


「拙者は御館様ではない、そう呼ばれるのもおこがましい、拙者はあのお方の部下の1人だ」


 スペードの問いに答えるかのように忍者は答えた。


「待ってください、どうして部下の方がここに? 」


 そう、俺の疑問はそこだった。どうして御館様の部下というこの者がここにいるのか、聞いた話によると御館様と呼ばれている人が生きていたと言われるのはかなり前だ。その部下がここにいるというのはどう考えてもあり得ない。俺の疑問に応えるかのように忍者はこんなことを言った。


「その理由は拙者にも分からぬ、ただ気が付いたら御館様とともにここにいた。拙者からすればそれだけで十分だ」


 話を聞く限りでは忍者自身にも状況は分からないようだ。しかし、1つ明らかになったことがあった。彼は『魔王のモンスター』として現れた御館様とともに現れたというのだ! そんなことがあり得るかというと否定したいところだったが目の前の存在がそれを物語っていた。


「話はこれまでとしよう、もうすぐ御館様の出陣の時刻故…………参る! 」


 そう言うと忍者は一瞬の間に俺の前に現れ逆手持ちした俺達の世界で言うクナイを頭に突き刺さんとばかりに振るった。即座に剣をクナイにあててスペードがいる左に弾く。


「こんのっ! 」


 弾かれた忍者に斬りかかるスペードの剣を忍者は後ろに跳ねることで躱した。


「流石に拙者1人ではキツイか……ならば、『分身の術』! 」


 そう言いながら人差し指と中指を立て呟いたかと思うと信じられないことに忍者が2体に増えた。


「増えたっ! ? どういうことだ一体! 」


『分身の術』に驚き頓狂な声をあげるスペード。それと同時に手裏剣を2人揃ってダイヤ目掛けて投げた。


「ダイヤ! 」


「まずは1人」


 慌てて払おうとするもすぐさま近付いてきた忍者が俺にクナイを振り下ろす。俺はそれを防ぐので精いっぱいだった。


「『シルド』! 」


「……とはいかぬか」


 忍者の放った手裏剣はダイヤに届く前に彼女の盾の呪文により遮られ床に落ちる。彼女の『盾の呪文』が間に合ったことに安堵のため息を漏らす。


「安心するのはまだ早いぞ! 」


 そう言うと空いている左手にクナイを持ちそれを俺の身体に突き刺そうとする。咄嗟に俺は剣を持つ両手に力を込め強引に剣を掃う。


「パワーではそちらが上か! 」


 忍者が苦々しく言う。横目でスペードをみると彼女も変幻自在ともいえる動きをする忍者相手に苦戦しているようだった。その時、忍者のある言葉が脳裏をよぎった。


「まずい、今あの忍者は御館様の出陣と言った。ということは……」


「もう時間がねえってことか! 」


 それを聞きスペードもハッと息を漏らすのが聞こえた。


「任せてください。『インヴィジヴォー』! 」


 俺とスペードの会話を聞いたダイヤが『透明になる魔法』を唱えて姿が見えなくなる。このまま姿を消して上を行く作戦のようだ。ダイヤなら『盾の呪文』でこの階段へと続く道を通せんぼしてしまえばここへ下りてくることはできないだろう。


「甘い、姿を消しても気配は消さないようだな。ならば……」


 そう言ったかと思うと突然忍者はクナイで階段付近の何もない空間にクナイを突き刺した。


「く……あっ」


 いや、正確には俺達に何もないと思えただけでそこには透明になったダイヤがいた。彼女の苦しそうな声が聞こえる。まさか……


「ダイヤ! 」


 どういうわけか目の前の分身が消えた。俺は思わず叫びながら匂いで彼女の位置に辺りを付けたうえで忍者に斬りかかる。キィン! っと音がする。俺が右から振るった剣を忍者はクナイで受け止めた。


「安心しろ一瞬で楽にしてやろうとしたのだがなかなか強かな魔法使いのようだ」


 忍者が吐き捨てるように言う。それを聞いて俺は気が付いた。


 そうか! 鎖帷子だ! ディールの鎖帷子がダイヤを救ってくれたんだ! そして奴の予想外であり印も結べない今こそ最大のチャンス! ! ここに御館様が下りてきて乱戦になるくらいならば……


「スペード! 今だ! 上に行けええええええええええええ! ! 」


 スペードと戦っていた忍者も消えている、それを見た俺は忍者を押さえつけるように剣に力を込めてスペードに叫ぶ。


「分かった、ここは任せた! 」


 そう応えるや否や彼女は階段を駆け上がる。それを聞いて忍者の顔が赤くなっていく。


「させぬ! そんなことはさせぬぞ! 」


 そう言うと一気に力を込めてクナイを横にずらし俺の剣を掃った。


「行かせるか! 」


 剣を掃われすぐさま蹴りを喰らわせようと右脚を振り上げたのだけれど空しく空を切った。


 まずい、このままじゃスペードが追い付かれる!


「行かせません! 『シルド』! 」


 それを阻止したのはダイヤだった。階段への道を覆うようにシールドが展開される。忍者は飛び越えようと天井まで飛び上がるも無駄だと気が付いたのか舌打ちをしながら着地した。







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