3-12「人間の知恵」

「ウガアアアアアアアアアアアアアアアアルルルルルルル! ! ! 」


【すげー、あのケルベロスが穴の中にいるよ】


【あれならもう手出しは出来ないだろう! 】


【いや奴らなら穴を掘っていずれ逃げ出すかもしれない】


 集まったゴブリンたちが次々と穴を除く、落ちたらどうなるのかは想像し誰一人落ちる者はいない。


【見事、作戦を無事成功させるとは。それに素晴らしい盾の呪文だったぞ! 】


 ボスであるゴブリンシャーマンが俺に声をかける。どうやら透明になる魔法とダッシューコの効果はてき面のようでシャーマンは彼女が見えず盾の呪文を俺が出したと思っているようだ。


 ダイヤはシャーマンを初めて見たのだろう、隣から「ひ」と驚く声が聞こえた。「盾の呪文の称賛を受け取るべきは僕ではなく彼女です」そう応える代わりに俺はダイヤがいるであろう方向を見てほほ笑む。


【それで、この後はどうする? このままケルベロスが生きていたら穴を掘ったりなどして生きていたらなどと心配するものもいるのだが…………ホブをいかせてもいいのだが穴の中では健全とあまりにもホブへの危険の方が大きい。何か考えはあるのか? 】


 シャーマンが俺の目を見つめる。


【勿論です】


 俺は力強く頷き森の中に入りこっそり隠しておいたガソリンの入った容器を持ってくる。


【何じゃこれは? 】


 シャーマンが首をかしげる。


【これは人間から苦労して奪ってきた奴らが作り出した兵器の1つです】


 そう言って俺は缶を持ったまま【ペットにするか? 】【いいやペットにしては可愛くないだろう】【なら見張りとか? 】【俺たちがやられなければいいけどなあ! 】


と冗談のようなことを言い合っている見物のゴブリンたちをかき分け先頭に出ると缶からガソリンをケルベロスにかけた。


【うっ………………何だこの匂い】


 初めて嗅いだであろうガソリンの独特な臭いにゴブリンたちが顔をしかめる。正直、慣れているとはいえ嗅覚が鋭くなっているので俺にもキツイ。


【それでは最後はボスであるシャーマンさん、穴に向かって炎の魔法を放ってください、それでケルベロスは一気に大人しくなります】


 シャーマンに伝えるとシャーマンは憤慨した様子で


【何を言っておる! 水をかけたではないか! 水をかけた後に炎の魔法を放ってもまるで効果がないではないか! ! こんなときに冗談を言うな! 】


 と怒鳴る。俺はまあまあと両手を前に出し制するようにして


【騙されたと思って放ってみてください。1発だけでいいですから】


 と念を押すと渋々納得した様子で


【わかった、ただでさえワシのでは通用しないだろうに加え水もかけてあって無駄だとは思うが……『ファイエア』! 】


 と炎の呪文を唱え小さな火の玉がケルベロスめがけて飛んで行った。シャーマンが放った火の玉は一直線にケルベロスに近付き直撃した瞬間───ケルベロスは爆炎に包まれた。


「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア! ! ! ! 」


 爆炎が上からではなく下の木の葉にも移りケルベロスは激しく雄たけびを上げながら燃えている。蛇もあまりの暑さに逃げ出そうともがくができずに燃えていく。


【こ、これは………………奴には水がかかっていたはずじゃのにケルベロスが勢いよく燃えておる! ワシの炎で燃えておる! ! 】


 シャーマンが両手を挙げ驚きの声を上げる。


【これが、人間の知恵です】


 俺はシャーマンの目をまっすぐ見つめて言った。


 やがて炎は次第に弱くなっていき鎮火する。


「ガ、ガガガ………。ガアアアアアアアアアア! ! ! 」


 どうやらまだケルベロスはかろうじて生きているようだった。雄叫びが上がる───が蛇は燃え尽き満身創痍の状態だった。


【あとは、皆さんの出番です】


 俺は見物していたゴブリンたちに目を向け大声を出した。すると我先にとゴブリンたちが穴の中に入りケルベロスと戦闘を始める。数分の闘いのあと勝負はついたようでゴブリンたちが次々と上がってきた。ケルベロスを倒したのだ!


【まさか、本当にケルベロスを倒してしまうなんて………立派なゴブリンシャーマンになることじゃろう】


 シャーマンがこちらをみてニヤリと言った。


【いーやー冒険者を力で追い払ったらしいしホブだよー】


 ホブゴブリンが口を挟む。


【いーや、あの盾の魔法をみたじゃろう! シャーマンだ! ! ! 】


【まあまあ、とにかく倒せてよかったです】


 2人を何とか宥める。


【それじゃあこれで! 】


【行ってしまうのか? 】


【ええ、まだまだ他のゴブリンたちにも人間の恐ろしさを伝え我々のような悲劇は避けたいですから】


【そうか…………それにしても人間は本当に恐ろしいな。火をかけると燃える水なんてものを使うとは……】


 シャーマンがブルブルと身震いする。


【約束しよう、もう人間の村を襲おうなんて考えないことを】


【よろしくお願いいたします】


【そうだ、これを持っていけ。剣があるから必要ないかもしれないが…………】


 そう言ってシャーマンは棍棒を差し出した。棍棒はゴーレムとの戦いで折れて捨ててしまったのでここで貰えるのはありがたい! 剣は確かにあるが武器が大いに越したことはないからだ!


【ありがとうございます。大切に使います】


 俺は棍棒を受け取った。


【こーれーあげーるーーきれいだからあつめてたー】


 ホブゴブリンが自身のコレクションらしき硬貨を山のように持ってきた。それをみて俺は言葉を失う。


 それは…………この世界の通貨だった。ほとんどは銅貨だったが所々に銀と金色の輝きがみえる。いや、例え全て銅貨だったとしても紙幣より硬貨のほうが価値があるらしいこの世界でこの量では大金に変わりない! !


【こんなにたくさん、どこで? 】


【おちてるのとかにんげんがおとしていくのひろったーあいつたおしてくれたおれいー】


 ホブは何でもないように言う。


【ありがとう】


 俺はその山盛りの硬貨を受け取ってバッグに入れた。


【それでは、健闘を祈っておるぞ! 】


【またねー】


【またこいよー】


 俺はシャーマンに頭を下げ手を振ってくれるホブやほかのゴブリンたちに手を振り返し彼らに見送られゴブリンの住処を後にした。

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