3-11「ゴブリン&人間VSケルベロス」

 2時間後、俺たちはダイヤに作戦を説明し終えたあとガソリンをゴブリンの住処付近に隠し、遂にケルベロスの付近にいた。ケルベロスは洞穴の中をウロウロとしている。


「それじゃあダッシューコをかけて」


 俺が言うと彼女は頷きダッシューコを身体に撒いた。たちまち彼女の匂いが俺にも嗅ぎ取れなくなる。


「よし、匂いが消えた! 次は透明になる魔法だ! 」


 そう言いながら俺は彼女を担いだ。


「はい、『インビジヴォー 』! 」


 彼女が照れながらも呪文を唱え彼女の姿が消える。彼女が掴んでいる杖も身に纏っている服も消えたが担いでいる俺は消えなかった。生きているものを複数透明にすることはできないのだろう。

 

 しかし姿はみえず匂いも分からないが彼女が俺の肩に乗っていることは重さで分かったがまあデリケートな話題なので口には出さないでおこう。

 

 一番恐ろしいのは走っている途中に離してしまったらどこにいるのか分からなくなるところだ。絶対に落とさないようにしなくては! !


「よし、行くよ! 」


「はい! 」


 俺は覚悟を決め彼女に合図をしたあとケルベロス目掛けて石を思いっきり投げた。石は洞窟内に落ちカーン、と響いた。


 そしてケルベロスがこちらを向く。片手を振るとこちらに気付いたのか獲物に喜ぶように「グルルルルルオオオオオオ! ! ! ! 」と雄たけびを上げ走ってきた。


 鬼ごっこのスタートだ! ! !


 いやこの場合は小さいとはいえ鬼であるはずのゴブリンの俺が追われてケルベロスが追いかける奇妙な鬼ごっこが始まった。普通ならケルベロスの迫るスピードに力のあるゴブリンと言えど人を担いで7キロ程も捕まらずに逃げることは不可能だろう。


 しかし俺は無策というわけではない、捕まらないように作戦が3つある!


 その作戦の1つ目は……ここが森ということだ! 荒野での追いかけっこだったらすぐさま追いつかれていただろう。


 だがここは木々の生い茂る森だ! 俺たちが悠々木々の間を通り抜けることができても巨体の奴は違う!


 予想通りこうしている間にも奴は木にぶつかりうっとおしそうに噛み砕いている。遠くに逃げすぎて諦められるとまずいので距離を開けすぎすこの辺りは特に木々が多いので歩いていてもお釣りがくるくらいだ!


 やがて木の本数が開き木々の間隔が広くなる。奴らが通るために噛み砕く必要のある本数が減るので油断すると追いつかれてしまう。ここで2つ目の作戦だ!


 俺は持っていたリンゴを1つ投げた。するとそのリンゴを通り過ぎようとする真ん中を制すように右の顔がリンゴに向きなおる。


 思った通りだ……以前見たとき、彼らは交互に収穫物を1頭ずつ食べていた。どうやら収穫したものは1頭ずつローテーションして食べる取り決めがあるようだ。様子を窺うにどうやら今回は真ん中が食べる番だったようだが目の前にリンゴよりは旨そうな肉のゴブリンがいるのでスルーしようとしていたのを他の順番待ちが制したのだろう。


 これが2つ目の作戦だ! 奴らは身体は1つだが心は1つではない! ! そこを突いて木々の間隔の広さをリンゴで補うのだ! !


 しかし数キロも走りゴブリンの住処が段々とみえてくるラスト500メートルほどとなるとリンゴも尽き流石に俺の体力も厳しくなる。もはや後ろをみている余裕もなく走り出す。


「来ます! 」


 次第に近づいてくるケルベロスにダイヤが怯えた声を出す。彼女を俺の後ろ向きで抱えていたので怖い体験をさせてしまい申し訳なく思う。しかし仕方がない何故なら…………ダイヤが3つ目の作戦の要だからだ!


「ウガアアアアアアアアアアアアアア! ! ! ! 」


 もはや振り返らなくても雄叫びと足音ですぐそこまで迫っているのが分かる。このまま何もしなくては数秒と持たずに餌食になってしまうことだろう。


「『シルド! 』」


 しかしケルベロスがあと少しで俺たちを捕らえるというところで彼女が盾の呪文を唱える。途端に透明で強固なシールドが俺たちとケルベロスの間に現れガン! という音とともにケルベロスは弾かれる。歩いている最中にうっかり電柱にぶつかってしまったときよりも遥かに大きな痛みだろう。盾の呪文は形成が自由ということで今回は半球形ではなくケルベロスと俺たちの間のみだったので俺はそこで立ち止まることなく距離を稼ぐことができた。

 

 この作戦だけで俺達が捕まることは最初からなかったのだけど、だからと言って歩いたりしてこれを連発するわけにはいかない。何故なら何度も繰り返したことにより盾の呪文とは気付かずも「何故かは分からないけれどあいつに迫ると何かにぶつかり捕まえることができない」と学習して追ってこなくなる可能性もあったからだ。これは1回限りとは言わないが連発できない最後の手段だった。


 再び距離を稼ぎ走っていると遂に木々を抜けゴブリンの集落が視界に広がる。


「ゴオオオオオオオオオオオオオオオル! 」


 俺は勢いよくジャンプして落とし穴を飛び越えた。ラストスパートとなると何故か力が出るのは不思議だけどいつものことだった。


【なんだなんだ! 】


【作戦は成功したのか! ? 】


 俺が走ってきたことに驚いてゴブリンが次々と住処から顔を出す。


【この近くまでおびき出すのに成功した……ハア……ハア……後は奴が来るのを待つだけだ! ! ! 】


 彼らにゴブリンの言葉で声を振り絞りケルベロスをおびきだせたことを知らせ、息を整えながら彼女を下ろし後ろを振り返ってケルベロスが来るのを今か今かと見つめる。やがて俺たちとケルベロスを隔てる最後の木をかみ砕きこちらに歩いてくる。


「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ! 」


 3頭が揃って歓喜の叫びのような雄たけびを上げる。


 向こうからすれば1匹のゴブリンを諦めずに追いかけたら何と住処まで案内してくれたと棚から牡丹餅のような心境なのだろう。


「ウガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア! ! ! ! ! 」


 ケルベロスは叫びながら何とジャンプをして一気に押しつぶそうとしてくる。想定外だったけど対処できないことではない!


「ダイヤ! 」


 彼女に声をかけると待ってましたとばかりに彼女は杖を掲げる音がする。


「はい、『シルド』! 」


 今度はいつも見慣れている半球形のシールドが落とし穴が入らないギリギリの範囲で展開される。


 ドスン! と前足が勢いよくシールドにぶつかり体制を崩したケルベロスの後ろ脚が落とし穴に触れる。途端に木の葉とともにケルベロスはみるみる穴に沈んでいった。


 再び響き渡るドスン! という音が俺たちの落とし穴作戦が成功したことを告げた。

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