2‐29「迷子の商人」

 さて、彼女を助けると誓ったはいいがどうしようか。奴らは人間ではなくオオカミだ!例え後列のやつを仕留めたとしても人とは違いオオカミたちは気にせず俺とオオカミを置いて女性を追うのを止めないことだろう。


 つまり、彼女と先頭のオオカミの間に出ることになる、しかしそうなると3匹のオオカミを相手にすることは必須か。


 後ろにさしてある剣に視線を向ける。


 1体目は剣で仕留めるとすると2体目は蹴り、なら3体目はどうする?


 考えていると、あるものが目に入った───リンゴの木だ!これまで見かけたリンゴの木同様下のほうはなっていないものの上のほうは未だ豊作のようでかなりの数のリンゴがなっているのが見えた。


 このリンゴを使えばうまくいくかもしれない。


 俺はリンゴを取っては彼女を追っているオオカミたちに投げ出した。たまにオオカミに当たったり木に当たったりとコントロールが安定しないが逃げる獲物より逃げない複数のリンゴに釣られて1体のオオカミが追うのを止めリンゴを貪る。

 それを見た俺は両手にリンゴを抱え木を伝い彼女を追いかける。そして1個をオオカミ目掛けて投げる!


 ドン!という音とともに倒れるオオカミ、すかさず複数のリンゴを投げ込んだ。彼女を放って目の前にある沢山の果実に気が付き2体目もリンゴを貪り始める。


 よし!これであと1匹だ!!


 彼女を追うオオカミは残り1体となった。しかし、ここで問題が発生した!


「おわああああああああああああああああああああ!!!」


 彼女の体力も限界で集中力も落ちていたのだろう。彼女は木の根に躓き転んでしまった。


 まずい!このままでは!!


 俺はリンゴをあるだけオオカミに投げつけた後木の枝を勢いよく蹴り飛ばした。今度は木伝いに渡るためではなく下に降りるためだ。オオカミがリンゴに気を取られた隙に彼女を抱えて走り出す。


「助けていただいて感謝を………ってうぎゃあああああああああ!!!ごごっごゴブリン!!!?」


 一難去ってまた一難、彼女がオオカミから救われたと思ったら今度はゴブリンに担がれたのを見て悲鳴を上げる。


「悪い様にはしないから静かに!喋ると舌を噛むよ!!!」


「うわああああああああああああああししし喋ったあああああああああああ!!!」


 彼女が下ろしてくれと言わんばかりに手と足をバタバタとさせる。幸運なことに後ろから追ってくるオオカミはおらず皆リンゴに熱心なようだ。


 まあできるだけ戦いたくないからな。特に命懸けの戦いは避けられるのならできるだけ避けたい。


「オオカミも追ってこないようだ、怖がらせて悪かったよ。」


 彼女とも平和的に進むといいのだがと期待を胸に抱きつつ彼女を下すも彼女はまだ腰が抜けたようで両手で逃げようとすると警戒している様子だった。


「あわわわわ喋るゴブリンなんて初めて見たっす!はははやく店長に知らせ………って店はどこっすかあああああああ!?????」


 どうやら先ほど見た店の店員のようだが店に行こうにも方角が分からず行きようがないらしい。


 道に迷うって旅をする商人には割と致命的なことな気もするけど仕方がない、馬車の所まで案内するか。


「良いよ、よければ俺が案内しようか?」


「いや、ゴブリンの世話にはならないっす!」


 そう言ってブンブンと頭を振った。


 元がゴブリンなのでダイヤとオパールさん以外の人間との会話は無理だと諦めていて現に彼女とも会話は碌に出来なかったとはいえさっきとは異なり答えてくれたことに思わず頬が緩む。


「そっか、じゃあ頑張って。店に今誰もいないようだからなるべく急いで帰ったほうが良い。」


 満たされた気持ちで忠告をしながら俺は木を登りニンビギ付近のダイヤとの集合場所を目指そうとしたがあることに気付いた。


「あれ、ここどこ………?」


 彼女を助ける一心で我武者羅に木を渡ってきたので方角がすっかり分からなくなってしまったのだ!命に係わる深刻な問題というわけではないが下手するとダイヤの住んでいた村まで戻り彼女を一晩近く待たせることになる。


 日も暮れてきたし、参ったなあ。


 俺は困り果ててポリポリと頭を掻いた。


 ………おお、そうだ!人差し指を舐めて立てるとそれで風向きが分かるらしい!!いや………そもそも方角が分からないのに風向きが分かったところで意味がないか。


 下手に動いて大失策をやらかすよりも何か手を考えようとしているのだが一向に浮かばず頭を悩ませていたその時だった。


「あの、もしかしてあなたも迷子っすか?」


「失礼な!俺はこう見えても成人済みだ、迷子ましてや迷ゴブリンなんかじゃない!」


 先ほどの女の子が話しかけてくれたのに大人のプライドでつい反発したがこの反応は大人げないのではないかと言った後に反省する。


「ププッ…迷ゴブリンってなんですか?」


「別に深い意味はないよ、語呂が良いな~と思っただけで。」


「語呂は良くてもセンスは悪いっすね。」


 見事なツッコミを喰らう。流石多くの人と会話をする商人、トークになるとなかなか鋭い。


 何も言い返せない、何故あんなことを口走ってしまったのか………。


 オレが言い返せず黙ってしまい静かになったところで彼女が笑いながら口を開いた。


「ゴブリンなのに喋ったり迷子になったり変なゴブリンさんですね。」


 良かった、色々とあったけど彼女ともこうやって人間の時やダイヤとオパールさんの時みたいに話せるようになってる。


 それが嬉しくてオレも笑い出した。





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