美獣伝説-ラブイズビューティ-
不立雷葉
美獣伝説-ラブイズビューティ-
透明な液体に満たされたカプセルの中に一人の男が眠ったまま入れられていた。男は裸で、口にはマスクが取り付けられ酸素等はこのマスクから供給されているのだ。
この男は改造人間であった。世界を美による支配を企む
だが均整の取れた筋肉が生み出す彼の肉体美はギリシア彫刻すらも凌駕しかねない。改造される前はおそらく名の知れたマッスルメンだったのであろう、しかし今そんなことはどうでもよい。
カプセルの前に純白の絹一枚に身を包んだスキンヘッドマンが立っている。そう、彼こそが
彼は地球一の美しさを誇る人間であるが、宇宙規模となると疑問だった。
「おい貴様、こいつは何時になったら目覚めるのだ?
どうして研究員が分厚いサングラスを掛けているのかと読者は疑問に思うだろう、しかし考えてみて欲しい。研究員は普通の人間なのだ、地球一の美を持つ
「はっ、今すぐにでも目覚めてもおかしくはないのですが……バイタルも安定していますし、問題らしい問題はありません……もしかすると切欠が必要なのかも」
「ほう、きっかけか。ならばこの
美しきスキンヘッドマンはカプセルに近づくとその滑らかな表面を撫で、そして脱いだ。絹布一枚の下には何も身に付けてはいない、そう、全裸。彼の美を隠すものは何もなく、白い肌から光が放たれた。
念のためにいっておくが、
「目覚めよ! 我が美のために!」
そしてカプセルの中、男が目を開けてゆく。
「イッツァァァァァァ!! ラァァァァァァァァァァブ!!」
産声が上がる。
今、ここに
◇◇◇
チャーイは今、路地裏を歩いていた。どうしてここにいるのか分からない、足取りもふらついている。昨日の晩は一ポンドステーキを食べたし、朝も牛丼特盛を完食した。空腹が理由ではない。
やらなければならないことがあるのだ、けれどもそれを思い出せない。チャーイは何も思い出せなかった。自分の名前がチャーイであること、美しき獣であること、そして服を脱いではいけないこと。
何故自分がチャーイという名前なのかわからないが、
もしチャーイが高山に登ろうものなら、アポロンは嫉妬し彼の身を焼くであろう。
着衣の必要がここにあった。
だからこそ
「まろ、まろは何かをしなきゃいけないんだ……まろには、必要なものがあるはずなんだ」
チャーイはふらつきながらも何かを探し続けていた、何かはわからない。けれど見つけることができれば、その瞬間に何かの正体を掴めるはずなのだ。
分からぬ何か、得体の知れない何かを求め右に左に揺れながらチャーイはいつの間にか大通りへと出ていた。視点は定まらない、冬だというのに着ているのはダメージジーンズと半袖のTシャツだ。
チャーイの持つ美のオーラはこの程度の服では隠し切れない。道行く一般
しかし、しかしだ。どうしようもない奴というのはいるものだ。そう、例えばスマホばっかり見ていて前を見ないやつとか。
視点の定まらないチャーイはそいつのことが見えていなかった、そいつはスマホに魅了されていて
ドンッと二人はぶつかって、同時に尻餅を付きスマホばっか見ていたブサイク
それのどこがブサイクなのかだって? 考えて欲しい、服が無ければ一般
さて、話を戻そう。
カバンの中から散らばった物の中に、チャーイが捜し求めていた物があった。それを見るや否や、チャーイは自分に何が不足し何に飢えていたのかを瞬時に思い出した。
それは鏡である。
チャーイは素早く鏡に手を伸ばすと背筋を正し、様々なポージングを鏡の前でキめていく。
「おいおい、まろたまんねぇなこれ」
そうチャーイに足りていなかったのは、渇望していたのは正にこれだったのである。
「あぁこのライン最高だな……愛してるぜ」
これは愛の自給自足である。チャーイが美しき野獣であるからこそ必要な行為なのである。彼は美により愛を与えることが出来る、だが
幾らチャーイが獣であろうとも、彼とてやはり人。愛がなければ生きてはいけない、よってチャーイにはこの愛の自給自足が必要なのであった。
ちなみにこれは最低三〇分続く。
「おぉ何という……やっぱまろは最高だな――」
「ちょっとあんた何やってんの返しなさいよ!」
足りぬ愛を満たそうとしているチャーイの手から鏡が奪い取られる。鏡は元々
しかしこれは大罪、愛に飢えるチャーイから愛を奪うのは、大罪! チャーイの逆鱗に触れる!
「なんだてめぇこら! このブサイクがぁぁぁ! 人間やめたくなrlkfじfjdじゃdjfいg!!!!」
チャーイの怒りはもはやボルテージマックスであるが、手を出すようなことはしない。何故ならば、幾ら彼女が大罪人であろうとブサイクであろうと愛すべき無辜の民であるからだ。
「はぁ!? ふざけんじゃないし! これ私の鏡なんですけどぉ? なにイキなりポーズ決めてるわけ? ボディビルダーか何かなの?」
ぷりぷりと怒る
「まろの邪魔をするとか恐れ知らずじゃねぇのぉ。ぶち切れマッドマックスだけど、
チャーイはサムズアップし、穢れを浄化しそうなほど輝く白い歯を見せながら笑って見せた。
あぁ無理もないことだ、
「ヘイ! ブサイクガール! 口をあんぐり開けちまって歯科検診して欲しいのかい? 犬歯のところに汚れがあるぜ、さっきサンドイッチか何か食ったんだろ?」
すぱぁん! と音を立てながらチャーイが指を指すと、
「いきなり何を言ってんの! ケンカ売ってんの!? つかさっきからブサイクブサイクうっせーんだよ! ちょっとぐらいイケメンだからって調子ノんなよ、ヒナコって名前あんだからそれで呼べバカ!」
「あぁんそりゃ悪いことしちまったなぁ、いやまぁヒナコガールさぁ……まろも悪気あってやってんじゃねぇのよ。まろ、自分のマッスルビューティを確認しないとラブをエンジョイエキサイトできなくってさぁ」
チャーイは己の非を認めて素直に頭を下げた。
どこが悪いのかというと、鏡を奪ったことでもブサイクと言ったことでもない。彼女を
チャーイは
「ラブをエンジョイ? エキサイト? 何それおっかし、ナンパのつもりなの? いや面白いから良いけどさ、別に暇してっし」
ケラケラと笑い始めたヒナコガールにチャーイは危機感を覚えた。彼女がチャーイに愛つまり美を与えてくれるのならまだしも、彼女の美はチャーイとは太陽と水素原子ほどの隔たりがある。
愛の自給自足は不完全で心の空腹を覚えてはいても、さっさととんずらこかなければならない。早く踵を返そうとした時、頭上から声が聞こえた。
「見つけたぞチャーイ! こんなところで無辜の民を
上を見上げた。
電柱の上に素肌の上にレザーを着込んだ白人のマッスルメンが腕を組んで立っている。
「誰だコラ! まろを見下ろすとは良い度胸してんじゃねぇのぉ?」
チャーイは咄嗟にヒナコガールとマッスルレザーの間に立ち、ヒナコガールがマッスルレザーを直視しないように壁となる。チャーイの
レザーがあっても
「俺は
マッスルレザーもといリプトンは電柱の上から、華麗に優美に、汚れた大地に
チャーイも防御のためにサイドチェストを決め、背後にいるヒナコガールをビューティー
「えっ!? 何これ!? 髪がすっげサラサラんなったんだけど!?」
「シャラップヒナコガール! あのマッスルレザー只もんじゃねぇな、こりゃまろも……本気出して“アレ”使うしかねぇなぁ」
チャーイは呼吸を整え手を揺らす、リプトンの目の色が変わった。
「ほう“アレ”か……良いだろう。全て受け止めきってやろうじゃないか」
尚、リプトンはチャーイと戦うのはこれが初めてのことでありチャーイの戦いを見たことすらない。
「モォォスト! マスキュラァァァァァァ!!」
筋肉を隆起させTシャツそしてジーンズに裂け目を破りながら、全力のポージング。放たれるビューティー
「ふんっその程度か」
リプトンが鼻で笑いながら手で払うだけで、チャーイの放ったビューティ
「なん……だとッ!? ま、まれ渾身のモストマスキュラーが全く通用しない……?」
「
胸を張り出しレザーの前を開け、逞しき黄金のチェストヘアーを曝け出したリプトン。これは恐ろしい技が来るに違いない。チャーイはヒナコガールを守るために両手足を大きく広げた。
「フロントォ……チェストアッピィィィィル!!」
リプトンの大胸筋が光り輝き、それは光線となってチャーイを襲う。放てるだけのビューティ
受けたダメージは大きくチャーイは膝を突いたが、戦意は失っていない。
「え、な、なに!? 人間っていつからビーム出せるようになったの!?」
「小娘! 今のはビームではない、美威武≪ビイム≫だ。ビューティ
得意げに解説するリプトンを睨み、チャーイは立ち上がる。
「てめぇやっちまったなぁ……まろがいつ本気出してたと錯覚してたんだ……? まろ、服着てたんだぜ?」
「なん……だと……!?」
リプトンは失念していた。
その
「ふんっ!」
チャーイが力を込めると服が弾け飛び、パーマにされた髪はストレートに戻りキューティクルも修復されてさらさらのつやつやに変わる。今や彼は生まれたままの姿、誰にも抑えられない真の
「リプトンよぉ、
チャーイがポージングを決める。チャーイの全身の筋肉は活き活きと脈動し、肌は生気に光り輝き産毛の一本一本が踊る。誰の目から見ても、チャーイのビューティ
「ハイパァァァァ…イカロスッ! ウッイィィィング!」
チャーイの背中から
「うぼあぁぁぁあぁぁぁぁぁ!!」
断末魔の叫びを上げるリプトンの体からレザーが剥がされる、筋肉が萎む、肌の艶が失われる、キューティクルの輝きが失われる。
チャーイの
遠くからサイレンの音が聞こえる、これほどの戦いがあったのだ通報されて当然だ。
「<ラブ・オブ・ラブ>そして
チャーイは
◇◇◇
チャーイとリプトンの戦いをドローンに空撮させて眺めていた一団がいた。
彼らはリプトン以外の
「ほぅリプトンがやられたか……」
「ふんっ所詮は
「全くだ、これでは
美獣伝説-ラブイズビューティ- 不立雷葉 @raiba_novel
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