第125話 性悪女って誰のこと?

 今日はだいぶ早めに屋敷を出てきたため、廊下で見かける生徒の数はまだ少ない。

 久しぶりに友達に会えるので足取りも軽く廊下を進むと、教室の入り口前にブライアンが立っていた。


「ブライアン。おはよう。新学期初日に間に合ったのね。もしかしてアルフォード領から単騎独走で飛ばしてきたの?」

 

「おはよう、マリア。いや、今回は馬じゃなくて空を飛んできた。調教した翼蜥蜴よくとかげでね」


翼蜥蜴よくとかげ?」


 ブライアンの話だと、翼のある体長三メートルぐらいの蜥蜴で幻想の森に生息している魔物らしい。


「僕が卵から孵したからよく懐いているんだ。飛竜よりも小さい分、乗れる重量が限られてるけど大人二人ぐらいなら余裕だよ。北部地区じゃあ、荷物の運搬でも活躍してるよ」


「へぇーそうなんだ。アルフォード領を空から観光するのも素敵でしょうね」


「じゃあ、今度は翼蜥蜴で街を案内するよ。この前はほんの一部しか案内できなかったから。あ、そうだ。姉上の婚約パーティーを夏の長期休暇の時期にする予定なんだ。マリアにはぜひ来てもらいたい」


「わあ! それは楽しみだわ。アルフォード邸の演奏室でテレシア様のハープが聞きたい!」


「そう? でも、会場は今検討中なんだ。どこからかうちが婚約パーティーの準備をしていると聞いたジョアンヌ様がボスフェルト公爵家のサロンを使ってほしいと申し出があってさ。さすがに公爵家のサロンを会場にするとなると招待客の規模が大きくなるだろう?」


「それもそうね。まあ、ジョアンヌ様のお気持ちもわからないではないけどね」


 自分のせいで学友のテレシア様と兄のような存在のウルバーノさんの婚約がダメになってたかもしれないんだものね。

 少しでも報いたいと思っても不思議はないかな。


「んまあ! マリアったら、私のお茶会の招待を断っておいて、まさか、ブライアンのところに遊びに行っていたのかしら?! どういうことなの?!」


 うっわ!

 エミリエンヌ・ベリオーズだ。

 あれ? いつも引き連れているベルナデッタとカメーリアがいないわね。


「エミリ! えっと、おはよう。今日は一人なの?」


「ええ、ベルとリアはまだ登校してないわ。そんなことより、マリア。私よりブライアンを選んだ理由を教えてちょうだい。それに、ジョアンヌ様とはどのような関係ですの? あの性悪女とマリアが知り合いだなんて解せませんわ」


「性悪女? エミリはジョアンヌ様とお知り合いなの? 私が聞いた情報によると、ジョアンヌ様はとても優しいご令嬢だって」


「その情報、男性からでしょう? 見た目に騙されているのですわ。男性の前と女性の前では態度が違うという話ですわよ。私のお姉様とジョアンヌ様は西部地区の学園の同期生なのよ。ジョアンヌ様の性悪さで覚えているお話があるわ。確か、在学中にジョアンヌ様はあるご令嬢に大怪我を負わせたのよ。その時に居合わせた女生徒がジョアンヌ様は笑っていたと証言したにもかかわらず、男性の教師は泣きながら謝罪するジョアンヌ様の言い分だけを聞き入れて事故と処理したようですわ」


「え? そ、それって……もしかしてジョアンヌ様はわざとご令嬢に怪我を負わせたかもってこと? だとしたら、事故じゃなくて、傷害事件だわ。そんな重大なことを詳しく調査しなかったなんてありえるのかしら?」


「そこよ。ジョアンヌ様は学園の男性教師達を手玉に取っていたということよ。それに、あの学園は表向きは身分は関係ないと謳われていますが、貴族しか通わないことから身分で力関係が決まるのよ。ジョアンヌ様に不利な証言をした女生徒は結局学園を辞めてしまったと聞いたわ。大怪我をしたご令嬢も学園を辞めてしまったのでその事故のことを改めて調査しようとする者がいなかったんでしょうね。それに、うちに以前ジョアンヌ様に仕えていた侍女がいますの。その者から興味深い話を聞いたわ」


 何ですって?

 私とブライアンは顔を見合わせた。


「ブライアン、これはエミリに詳しい話を聞いた方がよさそうね」


「そうだな。その前に、その話が事実なら姉上に近づけるわけにはいかない。ボスフェルト公爵家のサロンの件は却下だ。ジョアンヌ嬢に注意するよう手紙に書いてコテク鳥に託さなくては」


 コテク鳥というのは、伝達蝶では届けることが出来ない長距離の場所に手紙を届けてくれる鳥のこと。


 この学園でも実家の遠い生徒のために、何羽か飼育しているのだ。

 住所を書いた魔法紙を食べさせるとその場所まで手紙を届けてくれるらしい。

 私は王都の屋敷からの通いなので使ったことはないが、寮生活の生徒は良く活用しているみたい。


「わかったわ。じゃあ、それが終わったら、魔術科の教室に来て。今日は授業がないから借りちゃいましょう。あそこは本館の他の専科教室から離れているからちょうどいいわ。エミリは私と行くわよ。あ、それぞれの担任の教師には気分が悪くて遅れると伝達蝶を飛ばしましょう」


「おう。すぐに行くから魔術科で待っててくれ」


 足早に立ち去るブライアンの後ろ姿を見送り、私はエミリに向き合い声をかけた。


「さあ、行くわよ」


「え? え? な、なんですの? どういうことですの? 新学期のクラスミーテングはどうしますの?」


「ミーテングは授業のカリキュラムを渡されるだけでしょう。そんなの後で大丈夫よ。こちらは人一人の将来がかかってるんだから」


 訳が分かっていないエミリの腕をむんずと掴むと、引きずるように廊下を進んだ。




 ***************





「はあ。大怪我をしたご令嬢が、ブライアンのお姉様だったなんて知らなかったですわ」


 魔術科の教室でブライアンと私はエミリに今までの出来事を大まかに話して聞かせた。


 三年前に大怪我をしたのがテレシア様だということ、そのテレシア様の婚約者がジョアンヌ様の想い人らしいこと、私が長期休暇の時に遺跡の転移魔法陣で飛ばされてアルフォード家にお世話になったこと、そこでテレシア様と仲良くなったこと。

 テレシア様の怪我の完治に関しては、旅をしていた高名な医師のおかげと濁しておいた。

 ひと通り聞いた後、エミリが口を開いた。


「私が聞いたジョアンヌ様の性格からすると、その魔力暴走事故は故意に仕掛けられたのではないかしら。きっとテレシア様のご婚約を破談にするのが目的ですわね。お姉様の話だと、ジョアンヌ様は人の物をとってもなんとも思わないようですわ。涙を武器にたくさんの男性を味方につけるって話です。大方、謝罪の時の涙でアルフォード家の男性陣もそれ以上の追及はされなかったということでしょうね」


「うっ……。いや、それは……それよりも姉上の治療の方に意識が向いていたというか……」


 なるほど、図星か。

 美少女の涙に弱いのは男の性なのか。


「故意的に引き起こした事故……そう考えるのが一番しっくりくるわね。ねえ、エミリ。そう言えば、あなたの家にジョアンヌ様の侍女だった子がいると言ってたわね。その子の興味深い話ってなに?」 


「ああ、それがね。その子、コニーという名前なんだけど、三年前にジョアンヌ様に仕えていたのよ。その時に、怖い物を見たらしいですわ」


「「怖い物?」」


 私とブライアンの声が重なった。


「ええ。それは、宝石箱に入った二本の人の指ですわ」


「「え?!」」


 エミリの話だと、当時侍女として働き始めたコニーがジョアンヌ様を呼びに部屋を訪れると小さな宝石箱を開けてニヤニヤしているお嬢様を見たと。

 その時は気にも留めなかったらしいが、後日、掃除に入った時にドレッサーの上に置かれたその宝石箱を落としてしまったそうだ。

 その時に中身が飛び出して現れたのが、人の指だった。

 コニーは怖くなって、そのままボスフェルト公爵家を辞め、伝手を使ってエミリのお屋敷に再就職したそうだ。


 行方不明の二本の指はジョアンヌ様が持ち帰っていたんだ。

 戦利品として……怖すぎる。


「これは、故意の事故確定ね。婚約パーティの会場に公爵家のサロンを提案するなんて何か仕掛ける気だったんじゃない? ブライアン、婚約パーティーにジョアンヌ様も招待するのよね?」


「そのつもりだったが……今の話を聞いて考え直した方がよさそうだな」


「いえ、ぜひ招待してちょうだい。この際、沢山の招待客の前で自分の犯した罪を暴露してもらいましょう」


「……そうだな。これ以上、姉上の幸せをつぶすような真似は絶対に許さない。姉上が味わった絶望をジョアンヌ嬢にお返ししなくては」


「では、さっそく今日の放課後に作戦会議よ。まずはメンバーをそろえなくちゃね。私とブライアンとエミリだけじゃ心もとないもの」


「え? も、もしかして私もメンバーに入ってますの?」


「「もちろん!」」


 さあ、悪い子にお仕置きといきますか。

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