第124話 ルー先生の理想は高い?

「はあ……」   


 ああ、何回目だろ? このため息。

 なんだか、あの夜から思考がグルグルとして口を開けば、ため息しか出ない状態だ。

 アンドレお兄様の衝撃的な告白。


 今も、自室のソファに座って目を閉じると、先ほど門で見送ったアンドレお兄様の顔が思い浮かぶ。

 今日、学園の寮へ出発したアンドレお兄様は、なんだか、スッキリした顔をしてリシャール邸を後にした。


 残された私は、正体がバレた衝撃と、気持ちを告白された衝撃にいまだに動揺している。

 ううっ、大人の対応ができない。普通の大人はこういう時にどうするんだっけ?

 出るのはため息ばかりなり。


『マリナ、好きだよ。僕は君の綺麗な魂に恋をしている』そう言ったアンドレお兄様の声が耳から離れない。


 それにしても、『君はこの世界ではまだ四歳なんだよ。つまり、僕よりずっと年下だ。胸を張って僕を兄と呼ぶがいい』なんて、なんというイケメン発言でしょう。

 妹の立場でなく、この世界で普通の少女として生を受けたなら、絶対に好きになる自信がある。


 こんな私の事を、『大切な人』と言ってくれたアンドレお兄様。

 私にとっても『大切な人』だよ。

 この世界で唯一私の事をわかってくれる存在。

 私の事を『満里奈』と呼んでくれる人。

 もう呼ばれることはないと思っていた名前……。

 だから、絶対にアンドレお兄様を幸せにするよ。

 ぐっと手を握りしめた。


「マリア、どうしたでしゅか? おなかすいたでしゅか?」


 なぜ、そうなる?

 この繊細な女心がわからんのか?


「わあ! なにしゅるでしゅか?」


 べリーチェのモフモフのほっぺをむぎゅむぎゅとつまむと、ノックの音が鳴り響いた。


「あ、はい。どうぞ」


 ドアを開けて入ってきたのはナタリーだった。

 同時に、ぶんぶんと尻尾を振りながらシュガーが駆け寄ってきた。

 ぱたぱたと小さな羽を動かして飛んでいるクラウドも一緒だ。

 シュガーとクラウドはいつもご飯をくれるナタリーに良く懐いている。

 おやつが欲しい時は、ルー先生にまとわりつき、甘えたいときは私にまとわりつく。

 自分の欲求に適材適所で対応することができるおりこうさんの犬と竜なのだ。


「マリアお嬢様。お茶が入りましたよ。どうぞ。そう言えば、マリアお嬢様、お友達からのお手紙のお返事は出されましたか?」


 あ! そう言えば……。

 私が、行方不明になっている間に、シャノンやリリー、ドリー、ダニエル、イデオン、ティーノ達から手紙が届いていたのだ。

 そうそう、何故か、C組のエミリエンヌ・ベリオーズからはお茶会の招待状が届いていたが、これについてはお父様が欠席で返事を出したらしい。


「ええっと、アルフォード家には、無事帰宅の報告と、お世話になったお礼のお手紙はすぐに出したんだけど、シャノン達のは……。あ、ほら、帰ってきてからも陛下からの招集やらで書く暇が……」


「お言葉ですが、お嬢様。お戻りなってすぐにお渡ししましたのでさすがに、お返事を書くお時間はあったかと」


「そ、そうなんだけど……」


 やばい。帰ってきてから、あの魔法陣を構築したエミリ王妃の事や、省エネ仕様の転移魔法陣の事が思考の大半を占めていたからすっかり忘れてた。


「お忘れになってたんですね」


 ナタリーがあきれた顔でため息をつく。


「さすがに今からでは、先方に届く前に学園でお顔を合わせることになるでしょう。このようなお手紙のお返事を書くことも、大切な社交ですよ。まあ、学園のお友達なので取り急ぎ、遠方に滞在していたためお返事ができませんでしたと、伝達蝶を飛ばすことで不義理をお許ししてもらいましょう」


 はい。わかりました。

 ナタリーに言われて早速、言い訳をしたためた伝達蝶を飛ばした。




 ***************




 今日から新学期だ。

 イントラス学園の三年生。

 やっぱり、春は成長する季節だよね。

 私の身長も一気に伸びて只今、166センチ。

 気になっていたバストは……うん、まあ、今後に期待しましょう。



 学園に向かう馬車の中では、私の右側にシュガーがちんまりとお座りし、左側にはクラウドがゴロンとお腹を上に寝ころび、向かいの席にはルー先生とべリーチェが座っている。


「マリア、忘れ物はないわね」


「あー! ルー先生、もう、バレてるんですから言葉使いは普通で良いですってば。お父様との約束も反故になったんですから、男言葉で良いんですよ。はい、やり直しです」


「うっ……わ、わかった。マリア、忘れ物はないか?」


 おお! 耳に響く低音ボイスの男言葉。

 麗しの美貌と相まって神々しいです。


「これからは、自分を偽らずに自由に生きてくださいね。我慢は良くないですからね」


「いや、我慢をしてたわけじゃないんだ。オレにとっても女言葉を使うメリットがあったからな。魔除け的にわざと使ってたんだ」


「魔除け?」


「ルーしゃんは、良くおんなのこに話しかけられてましゅ」


 なんですと?

 べリーチェが言うには、学園の馬車乗降場で私を待っている時に、女生徒や他家の侍女さん達にお誘いを受けているらしい。


「し、知らなった……ルー先生モテモテじゃないですか」


「はあ……こちらにしてみれば、迷惑な話だ。仕事中なのにしつこく話しかけられて。ナタリーが送迎に同乗していたときは嫌がらせみたいなのもあったようだ」


「! 何ですって?! ナタリーが嫌がらせに?!」


「ああ、オレとの仲を邪推した女の子に虫の死骸入りの封筒を渡されたり、脅迫状を渡されたりな」


「聞いてないわそんなの! いったいどこの誰にやられたの? 百倍返しよ!」


「たぶん、ナタリーもそういう反応を予想してたから言わなかったんだろう。相談されたガイモンが強力な守護のネックレスと指輪を贈ってからは害意ある接触は無くなったんだ。それに、今はナタリーの代わりにクラウドが同乗するようになったから、ガイモンも一安心だろうな」


 ガイモンさんが一安心……。

 そもそも何でナタリーは私ではなくガイモンさんに相談を?

 あの二人は犬猿の仲なんじゃあ……。


「えっと、ナタリーとガイモンさんのご関係は?」


「ん? そりゃ、恋人同士だろ。もしかして、知らなかったのか? そう言えば、最初のころは険悪な雰囲気だったもんな。でもいつも工房に食事をナタリーが届けてるだろ? ガイモンの人柄がわかればそうなるのは時間はかからないさ」


 こ、恋人同士……。

 何ですか、その羨ましい状況は。

 ランは冒険者のデリックさんで、ナタリーはガイモンさんか……。


「まあ、そういうこともあって、誘いを断るのに、女言葉で対応したら驚いて逃げて行ったってわけさ。それからは女言葉で対応してるんだ」


「なるほど。そんなことがあったんですね。でもなんで逃げるんだろう? ルー先生は女言葉でも男言葉でも素敵なのに。私はどちらのルー先生も好きですよ」


 私がそう言うと、ルー先生はなぜか『うっ』と呟きながら顔を片手で覆った。


「ルー先生はその声をかけてきた女性の中で気になった人はいなかったんですか? そもそもルー先生の好みのタイプってどんな人なんですか?」


 麗しの美貌を誇るルー先生は、相手にも同等の美貌を求めるのだろうか?


「は? 何の話になってるんだ?」


「理想、高そうですよね。ルー先生って」


「高くなんてない。相性が合えばそれでいい」


「相性というと? 具体的には?」


「……だから、オレの趣味に同意してくれるとか……」


 趣味?

 ああ、可愛い物集め!

 今では、私の部屋の飾り棚とルー先生の部屋の飾り棚にはお揃いの可愛い物でいっぱいだ。

 置物や、ぬいぐるみ、レースのハンカチにティーカップ。

 お互いに可愛い物を見つけるとプレゼントし合うものだから、すっかり増えてしまった。


「それを理想の条件に持ってくるなんて、全人類が当てはまってしまいますよ?」


「全人類って、それは……男も当てはまるのか?」


「当たり前です。だって、可愛いは正義なんですから」


「ふっ……ははは。そうか、可愛いは正義か。そういうマリアの理想はどうなんだ?」


「え? 私ですか? そうですね……年上の男性が良いですね。それもずっと年上が理想です。あとは優しくて尊敬できる人が良いですね」


「ずっと年上……。そ、そうか……」


 あ、ちょっと不審がられてる?

 だって、元が二十七歳なんだもん。

 学園の同級生なんかだと、対象外に思えてしまう。

 そんな話をしていると、馬車が停まった。


「着いたぞ、マリア。お手をどうぞ」


 ルー先生の差し出した手に支えられて馬車から降りる。


「マリア、きょうもがんばるでしゅ!」


「ワン! ワン!」


「キュウ! キュウ!」


 べリーチェ達の激励の声が響く中、ルー先生は私のカバンを手渡しながら口を開く。


「マリア、お昼ご飯はよく噛んで食べるように。デザートは食べ過ぎたらダメだぞ」


 はい、はい。

 男言葉になっても言う内容までは変わらないのね。


「わかってますよ。では、行ってまいります」


 ルー先生達と別れて自分の教室に向かって歩き出した。



 

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