第123話 伝えたい気持ち
アンドレ視点
「何を聞いても驚かない。君のことも責めたりしないよ。真実が知りたいだけだ」
僕のこの言葉に、静かな声で君は語りだす。
「私は……マリアーナ・リシャールではありません」
そして、僕の推測通り、マリアの中にいるのは『界渡りの乙女』だった。
名前は、マリナ・アキモト。
以前、陛下に『神の加護』の件で謁見した時に聞いた名前だ。
前の世界では、二十七歳だったという。
腹を刺された状態で、魔訶の森に落ちてきたところを、騎士団のジークフィードに発見されたらしい。
彼女がマリナ・アキモトとして見た光景はそれが最後だ。
「真っ暗な中、私を呼ぶ光に向かって進んで行ったんです。そして次に目が覚めたら、この体の中にいたんです。ご、ごめんなさ…い…あなたの大事な妹さんの体を……勝手に……」
そう言いながらポロポロと涙するマリナ。
違うよ、僕は君を泣かせたいわけじゃないんだ。
「謝らないで。あ、二人の時はマリナって呼んでも良いかい? 君の本当の名前だ。それに、敬語は禁止だよ」
自分だけが君の本当の名前を呼べることに、言い知れぬ優越感がある。
頬に流れる涙を指で拭ってやると、マリナは困った顔で見上げる。
「怒ってないの? ずっとあなたに嘘をついていたのに……」
「怒るわけがない。僕が君の立場でも秘密にするさ。きっと、妹のマリアは自分が去る代わりに君の事を呼んだんだ。君がいなかったら、マリアを亡き者にした犯人も捕らえることができなかった。それよりも、突然知らない場所で、知らない人物として生きることになって不安だっただろう? 誰にも相談できずに辛かったね」
そう言って、震える手を握ると、マリナは堰を切ったように泣き出した。
「……ん……ふ、ふえーん……ひっく、うっうう」
「えっ? ちょ、ちょっと、泣くな、マリナ。ああ、ほら、こっちに行こう」
泣きじゃくるマリナを壁際のソファーに座らせる。
前の世界では二十七歳の成人女性と言っていたが、とてもそうは思えない泣きっぷりだ。
でも、それも可愛い。
まあ、『界渡りの乙女』について僕なりに調べたが、落ち人は、界を渡る瞬間に十歳ほど若返るらしいから、今のマリナは十七歳の少女の精神年齢なんだろう。
マリナが落ち着くまで抱きしめながら背中をトントンする。
妹が幼い頃、泣いているのをよくこうしてなだめていたのを思い出す。
そう言えば、妹以外でこんなことをしたのは初めてだな。
いや、見た目は妹だから初めてとは言わないのか?
だが、中身はマリナなんだ。
心の中で『愛おしい』という感情があふれてくる。
妹に感じるのとは違う……これも初めての感情だ。
ハンカチでマリナの涙をぬぐいながら顔を覗き込む。
「落ち着いたかな? ああ、目が真っ赤だ」
瞼にそっと冷却魔法をかけて冷やしてやると、瞼の腫れがひいてきた。
「ほら、こっち向いて、マリナ。うん、大丈夫だ。目を赤く腫らしてたら明日の朝、ランが騒ぐだろ?」
「うん……ありがとう」
僕を見上げながら小さく笑うマリナに告白する。
「マリナ、好きだよ。僕は、君の綺麗な魂に恋をしてる」
「あ、あの、そ、それは、だって、そんな風に思ったことなくて……私は本当は二十七歳で……そ、その、アンドレお兄様よりもずっと年上で……ずっと……だから、お兄様って言うのはダメで……あ、あれ?」
真っ赤な顔をしながら、そう言うマリナから目が離せない。
「わかってる。でも自分の気持ちをマリナに知ってもらいたかった。僕たちはこの先何年たっても兄妹なんだ。だから、今だけ、アンドレ・リシャールとマリナ・アキモトとして言葉をかわしたい」
「……うん。あの、こんな私を好きだと言ってくれてありがとう。でも、ごめんなさい……」
マリナの気持ちを聞いて胸がキュッと締め付けられた。
でも、これで、すっきりした。
立ち直るにはもう少し時間がいるけど。
「良いんだよ。僕のこの気持ちは僕のものだから。自分にもこんな感情があるなんて新発見だよ。なんにしても、マリナは僕の大切な人ってことは変わらない」
「あの、これからもアンドレお兄様と呼んでも良いの?」
「もちろんだよ、マリナ。さっき僕よりも年上だと言っていたけど、それは違うよ。君はこの世界に来て何年たったの?」
「えっと、四年かな」
「うん。そうだね。まだ、たった四年だ。君はこの世界ではまだ四歳なんだよ。つまり、僕よりずっと年下だ。胸を張って僕を兄と呼ぶがいい」
少しおどけてそう言うと、マリナは声を上げて笑った。
ズキンと音を立てる心に気が付かないふりをして、僕は言葉を繋げる。
「マリナ。君の真実は、僕と君の秘密にしよう。父上にも、誰にも言わないと約束してくれないか? 僕はいつだって君の味方だよ」
「うん。わかった。誰にも言わない。それと、ありがとう。私もいつだってアンドレお兄様の味方だからね」
そう言う、マリナの頬に両手を添えて瞳を覗き込む。
好きだよ、マリナ。
大好きだよ。
思いのありったけを込めて、そっと頬に唇を寄せた。
自分の思いに決着をつける最後の儀式だ。
驚いたように目を見開くマリナが可愛くて、思わず笑ってしまった。
許せ、マリナ。
***************
「おーい。入るぞ。荷物の整理が済んだら、食堂に夕飯を食べに行こうぜ」
そう言いながら僕の部屋に入ってきたのは、この国の第二王子、ラインハルト殿下だ。
ここは、バウスシュール学院の寮の一室。
明日はこの学院の入学式だ。
マリナに自分の気持ちを告白した二日後に、リシャール邸を後にした。
見送りをしてくれたマリナの顔を、記憶に刻むように見つめたのがつい数分前のようだ。
いつも側に居たくて、でも辛くて、そんなごちゃまぜの気分。
そんな心理状態だから、マリナと距離を置けることに少しホッとしてるのも事実だ。
ラインハルトと共に寮の食堂に足を運ぶ。
いつもは、ラインハルトの側近候補達も一緒にテーブルを囲むが今は二人だけで席に着いた。
「で、マリアの真実は追求出来たのか?」
ああ、そうだった。
ラインハルトにマリナの事を相談したんだよな。
でも、ここは知らぬ存ぜぬを通させてもらうぞ。
「それなんだが、僕の勘違いだったよ。あの子は、僕の本当の妹だ。マリアーナ・リシャールだ」
「は? 勘違い? なんだそれ? 界渡りの乙女ってのは?」
「だから、勘違いだ」
「じゃあ、お前がマリアに惹かれてるってのは?」
「ん? なんだ、それ? 記憶にないな。とにかく、前にラインハルトに言ったことは忘れてくれ。あの時はなんだか体調が悪くて君に変な誤解をするようなことを言ったみたいだ」
「ふーん。そうか。まあ、お前がそう言うなら。納得はしてないが、これ以上何も聞かない。でも忘れるな、僕はお前の友だからな」
ふっ。
この男は、いつもカッコいい。
僕がリシャール家の跡取りでなければ、側近に立候補したいくらいだ。
でも、マリナとの約束だ。本当のことは言えない。
事の真相は、僕とマリナだけの秘密なんだ。
そのことが、受け止められることのない僕の恋情を暖かく包む。
心の中で男前の悪友に感謝しながら、スープを口に運んだ。
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