第114話 マリオ、治癒師のお仕事をする  

 イザークさんの案内で救護室へ向かうと、二十畳ほどの部屋に五人の怪我人が寝かされていた。

 等間隔に並べられたベッドに寝かされている五人中四人は規則正しい呼吸と穏やかな表情から治療は終わっているようだ。


 三人いる治癒師の内、男性二人は魔力が尽きたようで部屋の壁沿いに設置してある長椅子に体を投げ出してぐったりとしている。


 入り口から一番遠い奥のベッドでは、女性治癒師がウルバーノさんと思われる男性の手当てをしているが、額に汗が浮かんでいる様子から彼女の魔力ももうじき尽きてしまうかも。


「おい、ドーラ、もうその辺で良いぞ。休んでくれ」


「あ、イザークさん。でも、ウルバーノさんの治療がうまくいかなくて。止血したのに呼吸も脈も弱くなるし、顔色も悪くなる一方なの。どうしたらいいのかしら……」


「僕が代わります」


 イザークさんの背中からひょっこり顔を出した私に目を丸くするドーラさん。


「えっと、君は誰なのかしら?」


「ギルドで見つけた治癒師だ。この坊主はマリオ、そしてこっちは、マリオの兄でマークさんだ」


「マークだ。弟の治癒魔法のレベルは俺が保証する。イザークさんの言う通り君は休んでくれ」


 そう言ったマーク兄さんの顔を、ドーラさんはポカンと口を開けて見上げた後に、ボッと音が聞こえてきそうなほど真っ赤な顔をしてそのまま椅子から転げ落ちたのだった。





「マリオ、どんな感じだ?」


 ウルバーノさんの体に両手を当てながら鑑定スキルを発動中の私にイザークさんが問いかける。

 前世のMRIの要領で全身をスキャンすると、右肺に穴発見。

 折れたあばら骨が原因だ。

 そして、内臓がズタズタだ。

 気になるのは、ここにいる治癒師たちも鑑定しながら怪我の治療をしていたはずなのに、この肺と内臓の損傷に気が付かなかったってこと。


 本人が鑑定を拒否してる? これは、治癒師たちよりウルバーノさんの魔力量が多いことから起こる現象だろうか?

 内臓の損傷を感知できないので、目に見える傷だけに治癒魔法をかけたが、容体が一向に良くならない。

 それどころか、呼吸も脈も弱っていく状況にギルドに助けを求めたってわけか。

 

「あばらの骨折と、それによる右肺に穴。腹部の打撲による内臓損傷ですね。早速、治癒魔法を施します。まずは肺ですね。マーク兄さん、ウルバーノさんの体を左を下にして支えてください」


「わかった」


 ウルバーノさんの右胸に手を添えて治癒の力を送ると、軽く押し返される感触があった。

 どうやら、治癒の力に抵抗しているようだ。

 なんでだろう? 自殺願望でもあるのかしら?

 意識がないのに、負傷部位を隠すように張られた魔力の膜を押しのけるように治癒魔法を施す。

 胸から腹部まで魔力を注ぎ、折れたあばら骨も修復。

 でも骨は自分の治癒力で治した方が丈夫になるから、正常な位置に戻すだけに留める。

 最後に胃にたまった血液を口から吐かせると、それを見たイザークさんが目を吊り上げながら叫んだ。


「おい! 血を吐いたぞ! 悪化してるじゃないか!」


「内臓の損傷で胃にたまった血液を吐かせただけですよ。よく見てください。呼吸も、脈も正常になりました。ほら顔色も良くなってる。でも危ない状況でしたよ。あと、三時間遅かったら命はなかったでしょうね」


 私の言葉にイザークさんと、ドーラさんは顔を見合わせた。





 ***************




「ウルバーノさん、診察終了です。経過も順調で安心しました」


「おう、ありがとうなマリオ」


 そう言いながら笑顔を向けるウルバーノさんは、なかなかのイケメンに見えるから不思議だ。

 不精髭を剃って髪の毛を整えたからだろうか?

 よく眠って目の下の隈が取れたのも要因ね。初めて会った時よりも若く見えるものね。

 深緑色の髪に紺色の瞳、日に焼けた顔に真っ白な歯がイケメンレベルを底上げしている。


 でも、良かった。

 昨日、治癒魔法を無意識に拒否していたからもしかして生に対して消極的なのかと思ったけど、気のせいだったのかな?


 ウルバーノさんを治療したあと、私達兄弟はこの防衛団に滞在することとなった。

 そして、今は昨日の治療の経過を救護室で診察していたところ。

 魔力が尽きるまで治療にあたっていた治癒師の皆さんには、自室で休んでもらっている。


 ウルバーノさんはさすが防衛団の班長というべきか、一晩で驚異の回復ぶりだ。

 ちなみに、昨日負傷してベッドで寝ていた四人は歩けるくらいに回復して今は詰所で報告書の作成をしているらしい。


「そういえば、マークさんは朝からコーネルの奴に呼び出されたって聞いたが大丈夫なのか?」


「ああ、あの人ねちっこい性格ですよね。昨日、マーク兄さんに論破されたのを根に持ってるんですよ。手合わせをしろって、迎えに来ました。でも、大丈夫です。あんな女子供を鞭打つ野蛮人なんかにマーク兄さんは負けませんから。とっても強いんです」


「女子供を鞭打つ野蛮人……それは、イザークが言ったのか?」


「え? んんっと、あ! 僕がコーネルさんに向かって吐いたときに、鞭で打ってやるって言われたんです」


「は? コーネルに吐いた?」


 驚いた顔で声を上げるウルバーノさんに昨日の出来事を話して聞かせた。

 

「あははは! こりゃ、傑作だな! その時のコーネルの顔を見てみたかったな! うっつ、痛たた!」


 思いっきり笑った振動がまだ完治してないあばら骨に響いて顔をしかめるウルバーノさん。

 こうして話してみると、そんなに悪い人ではない気がしてくる。

 だからと言って、こちらの言い分を聞かないで留置場にぶち込んだことは忘れないけどね。


「ウルバーノ、入るよ」


 そこへ、男装の麗人が入ってきた。

 サラサラの黒髪を高い位置で一つに纏め、切れ長の青い瞳の美女だ。


「おう、エステルか。マリオ、こいつは、エステル・クライフ、第二班の班長だ」


 へえ、女性の班長さんか。かっこいい。


「あ、マリオです。お世話になってます。クライフさん」


「エステルと呼んでちょうだいな。世話になっているのはこちらよ。ウルバーノの治療をありがとう。ウルバーノ、あんたはもっと自分を大事にしなさいよ。いくら婚約者が、」


「お、おい! 余計なこと言うな!」


 エステルさんの言葉にかぶせ気味に遮るウルバーノさん。

 今、『婚約者』ってワードが聞こえたぞ。


 私の脳みそがぐるぐると回りだす。

 無意識に治癒魔法を拒否るウルバーノさんに、エステルさんの『もっと自分を大事に』と『いくら、婚約者が』の言葉。

 まさか、ウルバーノさんの婚約者は亡くなった?

 それで生への執着が薄い?

 ああ、なんだかそんなこと知っちゃったら憎めないじゃん。

 私がそんなことを考えている間に、エステルさんとウルバーノさんが小声で何事か話をしていた。


「そうか、まだ見つからないか」


「ええ。森の捜索は一旦保留にして、領内の村と街に範囲を広げているところよ」


「悪いな。俺がミスったばかりに」


「何言ってるの。こういう時こそ助け合わなきゃ。なんにしても早く見つけなきゃ。領内で犯罪に巻き込まれないことを願うわ」


 やっぱり、私達を捜索中ですね。

 しかも犯罪を犯す危険人物認定されているみたい。

 早く誤解を解きたいところだ。


 ああ、リシャール家の皆は元気かな……。

 心配してるだろうな。

 そう言えば、べリーチェはどうなってるかな。

 私の魔力で動くようにプログラミングしてるから核魔石の魔力が尽きたら動かなくなっちゃうよね。


 しんみりと自分の思考に浸っていると、すごい勢いでドアが開いた。


 バン!


「マリオ、治療を頼む」


 マーク兄さんが肩に何かを担いでる。

 もしかしてコーネルさん?

 あら、ボコボコにしちゃたんですね。






「い、痛い! もっと優しく出来ないのか!」


「こんなの、かすり傷ですよ、コーネルさん」


「血が出てるんだぞ! 重症だ! 早く治癒魔法をかけろ!」


「打撲と深い傷には治癒魔法をかけましたよ。あとは自己治癒力で治した方が、免疫力が上がりますから」


「お、お前、わざと小さい傷には治癒魔法をかけなかったんだな! 言っとくが、俺はお前のことをまだ許してないからな!」


 はい、はい。

 この人、本当に班長なの?

 あまりにうるさいので黙らせるために回復薬のポーションの瓶を口に突込み、腕の傷口に軟膏を刷り込んだ。

 良く効くけど、しみるやつ。


「! し、しみる! お前、俺に恨みでもあるのか?! とっとと、治癒魔法で治せ!」


 素早く、包帯を腕に巻いた。

 余った包帯を手にコーネルさんの良く動く口を見つめる。

 いっそ、この包帯を口に巻いてしまおうか?

 ついでに鼻も塞いだらおとなしくなるんじゃない?


「マリオ、さすがにそれはまずいだろう」


 おう、マーク兄さんに思考が読まれていた。

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