第113話 出戻り兄弟

 冒険者ギルドで魔石の買取をお願いしている時に、転がり込んできた防衛団の若者。

 名前はイザークさんと言うらしい。


 なんでもウルバーノさんが、大けがをしたとか……。

 よくよく話を聞くと、森の周辺をパトロール中にボロボロの二名分のローブを発見したと。

 防衛団の皆さんは迷い込んだと思われる二名を保護するために幻想の森を捜索、その際に何人か怪我をしたが、なかでも新人を庇ったウルバーノさんが一番ひどいらしい。


 防衛団には専属の治癒師がいるが、運悪く一番レベルの高い治癒師はアルフォード辺境伯に同行中。

 留守を任された治癒師達では出血を止めるだけが精いっぱいだったそうだ。


 そこまでの話を聞いて私とマーク兄さんは、隅っこで防音結界を張り作戦会議。


「ま、まずいですね。あのローブが思いのほか森の浅い場所に落ちてしまったようですね」


「そうだな。幻想の森に入ってまでも、俺達を探しているということか」


「また拘束されるのは勘弁だけど、幻想の森に私達を探しに入って大けがなんて聞いちゃったらほっとけないですね」


「ふっ、マリアならそう言うと思ったよ。どうせ二日後には防衛団に顔を出すつもりだったからな。それが早まったと思えば良いか」


「えへへ。私もジーク先生ならそう言うと思ってましたよ」


 では、防衛団にマークとマリオとして乗り込みますか。



 人だかりの中からひょっこりと顔を出しながら、マーク兄さんが声をかける。


「俺達が行こう」


「は? 見ない顔だけど、あんたら、冒険者? ランクは何?」


 突然横から話に入ってきた私達にイザークさんは渋い顔をした。


「いや、俺達は冒険者ではない。だが、俺の弟のマリオは高いレベルの治癒魔法が使える」


「悪いけど、場慣れしている冒険者が良いんだ」


「でも、見たところ、治癒魔法ができる人がいないようですよ?」


 私の言葉にイザークさんは眉を寄せて困り顔。

 すると、受付嬢のセシルさんがバシンとイザークさんの背中を叩きながら叫んだ。


「天界人様達の申し出を無碍にするなんて、あんたは何様なの?! さっさとこのありがたい申し出を受けやがれ! イザーク!!」


 て、天界人? 誰それ?


「うおっ! わ、わかった! お前たち来てくれ!」


 え? だから、それ誰の事?

 セシルさんの意味不明の一言で私達は防衛団へ向かうこととなった。




 ***************




「おい! 坊主、吐くなよ! もうすぐ着くから。耐えろ! ああ、もう! だから、冒険者の方が良かったんだ。こんな良いとこのボンボンに怪我の治療なんてできるのかよ」


「大丈夫だ。マリオの治癒魔法に関しては俺が保証する。薬学の知識もあるからな」


「はあ、もう馬車に乗せたからには仕方ないけどな」


 幌馬車の御者席で大声を上げるのは、防衛団のイザークさん。

 そのイザークさんと、私の隣で体を支えてくれているマーク兄さんの会話を聞きながら、私は激しい馬車酔いに耐えている。

 揺れる、めちゃくちゃ揺れる。

 そしてお尻が痛い。

 リシャドール社製の樹脂車輪とサスペンションがいかに優れモノなのかを痛感する。

 私達の正体がきちんと証明されたあかつきには、アルフォード辺境伯様に樹脂車輪とサスペンションを売りつけてやる。


「ほい、着いたぞ。まず、マークさんは門番のところで台帳に名前を記入して入場許可証を二人分もらってくれ。そしたらまたここに戻ってきてくれ」


「わかった。行ってくる」


「そして、マリオはまず、トイレで胃の中のもの吐いてこい。こっちだ」


「うっぷ。わ、わかりました」


 イザークさんの後を口を押えながら、よろよろと付いて行く私の背後から野太い声が聞こえてきた。


「おい! 遅いぞ! まったく、第一班のやつはのろまで仕方ない。なんだそいつ、ほんとに冒険者か? まあ、ヒーラーだからこんなもんか」


 その声にイザークさんが舌打ちしながら呟いた。


「ちっ、第三班の班長だ」


 おお、野蛮人の親分ですね。


「おい、お前、どこ行く気だ? 怪我人はこっちだ!」


 そう言いながら、口を押えていた私の腕を掴んだ紺髪の冷たい美貌の青年。

 思いっきり振り向かされた私は、その勢いのまま嘔吐。

 ええ、そりゃあもう盛大にリバースですよ。


「ぎょえー!! お、お前何しやがる!」


 げっ、思いっきり親分のお腹にかかっちゃった。

 でも身長差があって良かった。

 同じくらいの身長だったら、もろ顔にかかってたものね。

 ふう……馬車酔いでムカムカしていた胃がすっきりした。


「貴様! なにすっきりとした顔してるんだ!」


 あ、相当怒っていらっしゃる?


「ご、ごめんなさい! でも顔にかからなくて良かったです」


「か、顔だと?! 貴様、俺の顔に吐いたらどうなるかわかってるのか?! 俺の顔にかけたら絶対に許さないところだったぞ!」


「ああ、良かった、顔じゃないから許してくれるんですね。本当にごめんなさい。今、綺麗にします」


 怒りのためか、真っ赤な顔をしながら怒鳴る親分に、クリーン魔法をかけて綺麗にする。

 まるで新調したように皺ひとつない綺麗な制服に目を丸くする親分。

 除菌洗浄、ソフト柔軟剤にアイロンばっちりの高級クリーニング仕上げだ。


 そこへ、入場許可証を手にマーク兄さんが戻ってきた。


「もらってきたぞ、許可証。おっ、マリオ、吐き気はおさまったようだな」


「あ、マーク兄さん。思いっきり吐いたらすっきりしました」


「そうか。それは良かった」


「良くない!! こいつは俺に向かって吐いたんだぞ! このクソガキ、拷問部屋で鞭で打ってやる!」


「どこにだ?」 


「あ?」


「君のどこに吐いたんだ? 見たところ、形跡がないが」


「ええっと、マーク兄さん。吐いたのは本当です。吐きそうで口を押えていた手をこの人がいきなり外したんです。その反動で振り向きざまに吐いちゃったんです。でも、ちゃんと謝ってクリーン魔法で綺麗にしたし、顔にかけなかったから、許してくれると思ったんだけど……」


「そうか。ずっと、吐き気を我慢していたマリオの手を無理やり外したと。その場面をイザークさんは、見てたのか?」


「ああ。トイレを案内する途中に、後ろからいきなりコーネル班長が腕を掴んで振り向かせたんだ。マリオは謝ったあと、クリーン魔法で綺麗にしていた。客観的に見ても、吐かれる前よりも綺麗になってる。まるで新品のようにね。あと、コーネル班長は顔にかけてたら許さないところだったと、叫んでいたよ」


「わかった。話をまとめると、口を押えながら吐き気を我慢していたマリオの腕を後ろから掴んで振り向かせた。その拍子に嘔吐したと。この場合、押さえていた手を無理やり外した奴が一番悪いのではないだろうか? いうなれば、自業自得だな。それに、『顔にかけたら許さないところだった』と、いうことはそれ以外の場合は許すということだ。反論があるなら聞くぞ」


「うっ……」


「ないなら行こう。怪我人が待っている。一刻も早く治療を待っている者たちの所に行かなくてはいけないのに足止めを食った。まったく、団の班長と言う立場の人間がそんなことで良いのか? 自分のことより、まず怪我人だろうが」


 すごい、普段割と無口なのに、ここぞというときには理詰めで責め立てる話術。

 ルー先生とは、また違った恐ろしさだ。

 怒らせないようにしよう。


 マーク兄さんの言葉にぐうの音もでない様子のコーネル班長。

 イザークさんは、それを横目で見ながら肩を揺らしていた。

 どうやら、やり込められている様子がツボったようだ。

 こうして、一度は逃げ出した防衛団に一日で出戻ってきた私達だった。

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