第112話 兄弟に変身

 幻想の森で一夜を明かした私達は、商人森道と言われる商人達が行き来する森の浅い場所に移動した。


 我が国、シャーナス国と隣国のナンカーナ皇国の間に横たわる幻想の森。

 お互いの国は直線距離だと五キロほどしか離れていない。位置的には、ちょうど防衛団の高い塀に面した向こう側、馬車で二時間と言ったところか。

 だが、この最短距離は上級魔物が多く生息する森の深い中心部を通過しなくてはいけないため、命知らずの冒険者以外は皆さん迂回路を使用するのだ。

 ちょうど迂回路の先が入国検問になっている。

 ちなみに、幻想の森は不可侵領域でどちらの国土でもない。



 逃亡中のため、魔力封じの手錠を変身の魔道具にリメイク。

 私は金髪に水色の瞳の少年に変身。

 錬金術でブレスレットに加工した魔道具は、髪型でさえもイメージ通りに変えてくれる優れもの。私はアンドレお兄様のヘアスタイルをチョイス。

 ジーク先生も同じように金髪に水色の瞳の青年に変身。いたずら心で長髪にしてみたら、神秘的なイケメンが出来上がった。

 偽名はあまりにも違いすぎると、咄嗟に反応できないかもと言うことで、私は『マリオ』、ジーク先生は『マーク』そして、家名は『ベレント』と名乗ることに決定。

 家出をした弟を連れ戻しに来た兄と言う設定だ。


 そこで運よくナンカーナ皇国からの商人のキャラバンに乗せてもらい、入国検問を突破し、アルフォード領で一番大きなセルザムと言う街に向けて進んでいるところ。

 このキャラバンは新たに衣服のお店を開店するために大所帯で移動しているのだ。

 デザイナーからお針子、経理担当者や売り子さん、護衛に至るまで我が国の言葉を習得し、ナンカーナ皇国流の衣服をこの国に浸透するべく闘志を燃やしているようだ。

 そんな衣類のプロフェッショナル達に、私達のボロボロのローブは大不評。

 そこで、積荷にあった新しいローブを魔石と交換で譲ってもらった。

 兄弟と言うことを強調するために、お揃い深緑色のローブを選び、ボロボロのローブは、森の奥に風魔法で飛ばして処分した。


「おい、坊主、もうすぐ着くぞ。もう兄さんに面倒掛けるなよ」


 そう私に声をかけたのは新店舗立ち上げを任せられているミッキーさん。

 人の好さが体全体からにじみ出ているおじさんだ。


「はい。わかりました」


 同乗していた女の子達が、マーク兄さんに熱っぽい視線を送るのになんだかモヤモヤしながらも笑顔で答える。


「大丈夫だよ。マリオのことで俺が面倒に感じることはない」


 そう言いながら笑顔を向けるマーク兄さんに、女の子たちは顔を赤くしてため息をつく。

 その様子にますますモヤモヤが止まらない。

 自分の感情を持て余し気味の私の頭を、ミッキーさんはガシガシと撫でながら笑った。


「マリオ、優しい兄さんで良かったな。俺達はこの街を拠点にして商売を広げる予定だ。なにか困ったことがあったらバックハウス商会を訪ねてくると良い」


「「ありがとうございました!」」


 最後まで良くしてくれたバックハウス商会の皆さんにお礼を言って別れたあと、私達は魔石を換金するためにギルドへ向かった。


「ジークせ、っつと、あ、えっと、マーク兄さん。この街、王都並みに栄えてますね。華やかさは王都よりあるかも。ナンカーナ皇国の文化が入り混じってるからかな?」


「そうだな。あちらは色彩が華やかな物が多いからな。店の外装なんかも影響受けてるんだろう。俺達のいる東部地区では珍しい調味料なんかもあるみたいだぞ」


 へえ、珍しい調味料か。

 これは買うしかないな。

 逃亡中というのも忘れて気分は観光旅行。

 もの珍しい街の雰囲気にキョロキョロと目を向けながら歩くと冒険者ギルドと思われる斧の絵の看板を発見。

 なぜか冒険者ギルドのシンボルは、全国共通で斧なのだ。

 ちなみに商業者ギルドは壺の絵がシンボルだ。


「あ! あれがギルドですね。魔石を換金したら、街を探索しましょう」


「ああ、そうしよう。いろんな露店が出てるから、マリオが気に入った店を片っ端から見て周るか」


 太っ腹です、マーク兄さん。



 ***************




 カラン、カラン

 扉が開くのに合わてベルの音がギルド内に鳴り響く。

 その音に反応して受付で依頼書の確認をしていたセシルは顔を上げた。

 冒険者ギルドの受付嬢になって早三年、何事にも動じない精神力を身に着けたと自負しているセシルだが、扉を開けて入ってきた男性二人組にまるで不動の魔法をかけられたかのように視線が外せなくたった。

 スラリとした長身にサラサラの金髪を緩く後ろで束ねた美青年と、癖のある柔らそうな金色のミディアムヘアーの美少年が自分の方へと歩いてくる。


(な、な、な、な! 天界人が私に向かって歩いてくる!)


「俺が換金してくるから、マリオはここで待っててくれ」


 長髪の天界人がそう言うと、ミディアムヘアーの天界人がにっこりと笑って頷く。


(しゃべった! なんて良い声。それに美少年の笑顔ときたら、眩しすぎる!)


「い、いらっしゃい。セルザムのギルドへようこそ」


「魔石を買い取って欲しい。ああ、俺は冒険者登録はしていない。マーク・ベレントだ。マークと呼んでくれ」


「マークさんですね。私は受付のセシルです。冒険者登録をしていると何かとお得ですが、どうされますか?」


「いや、登録はしない」


 総合案内の受付に陣取るセシルの仕事は入店してきた冒険者達を目的別に振り分けること。

 いつもなら、『買取は、黄色い旗のところが窓口よ』と言うところだが、セシルの口から出てきた言葉は『はい、ご案内します』だった。

 冒険者登録をしないマークと接触できるチャンスは今しかないとの打算が働いた結果だった。


「あ、待って。僕も付いて行って良い? お姉さん。僕はマリオ、よろしくね」


(! うおー! 天使が、天使が私のことをお姉さんと呼んだわ。近くで見ると、百倍可愛いわ! 心なしか良い匂いもする。クンカ、クンカ)


「もちろんよ、マリオ君。さあ、ついてきて」


 あまりの興奮に鼻息が荒くなるのを必死に隠しながら、セシルはマークとマリオの前を歩く。


 買取の窓口では、鑑定のスキルを持つ同期のダリアが薬草の鑑定をしていた。


「ダリア、魔石の買取鑑定をお願い」


 セシルの声に顔を上げたダリアは、あんぐりと口を開けたまま固まった。

 普段、汗臭く気性の荒い冒険者の相手をしているダリアの目にはマークとマリオの背後に後光がさして見えた。


「やばい……私、疲れすぎて死んだみたい。天からお迎えがきたわ。今行きます。連れて行ってください」


 ダリアはそう言いながらカウンターから出ると、ふらふらとマークとマリオに近づきながら手を伸ばす。


「ちょ、ちょっと、待った! ダリア、しっかりして。マークさんは魔石を買い取ってほしいだけよ」


 セシルの容赦のない鉄拳がダリアの脳天に決まった。


「はう?! か、買い取り? ああ、は、はい! 承知しました」


 その様子にマークは眉を寄せて呟いた。


「もしかして、俺は死神と間違われたのか?」


「「違います!」」


 セシルとダリアの声が重なると同時にギルドの扉がけたたましい音と共に開いた。


「誰か! 治癒魔法ができる奴はいないか?! 幻想の森でウルバーノさんが魔物に襲われて大けがをした!」


 転がるように飛び込んできたのは防衛団の制服を着た若者だった。

 その若者の言葉に、マークとマリオは顔を見合わせた。






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