第111話 只今逃亡中
この回は防衛団side、マリアーナsideと残され男組sideになります。
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アルフォード辺境伯領 防衛団 side
防衛団第一班、班長のウルバーノ・ザケットは詰所の班長室で今日拘束した二人の身柄を第一班で引き取る旨の申請書をしたためていた。
ウルバーノは初めから二人を第三班に引き渡す気はなかった。
バン!
「ザケット班長! 本物です!」
班長室にノックもなしに入ってきたのはウルバーノ・ザケットの部下、エドラ・ベナッシだ。
「おい、エドラ、ノックぐらいしろ。何をそんなに慌ててる」
「だ、だから、あの女の子、本物のマリアーナ・リシャール嬢です!」
「あ? なんでそんなことがお前にわかるんだ?」
「薔薇を摘みに行くって言ったんです」
「それがなんだ? 『花摘み』は女が使うトイレの隠語だろ?」
「そうですが、彼女は薔薇って言ったんです。隠語に薔薇の花を使うのは上流階級のご令嬢だけです。王城の化粧室の装飾が薔薇の花ってことで王城に足を踏み入れることができる名家のご令嬢は皆さん『薔薇』を引き合いに出すんですよ。それに、あの子の容姿は、」
「おい、おい、ちょっと待て。そんなの、成り済ますために情報を仕入れた可能性があるだろう? 現にお前も知ってることじゃないか」
「いえ、だから、あの子の容姿は、」
エドラの言葉が言い終わらないうちに、何者かが乱暴にドアを開ける音が鳴り響く。
バン!
「ザケット班長! まずいです。あのお嬢様は本物です!」
「だから、モニカ、お前もノックをしろ。いきなりドアを開けるな。そんで、モニカ、お前はどうしてそう思うんだ。やっぱり、『薔薇』か?」
「それもありますが、ザケット班長。彼女にクリーン魔法をかけたんですが、顔と髪についた泥が取れた下から妖精姫が現れました!」
「あん? 妖精姫?」
「マリアーナ・リシャール様の二つ名です。私はブライアン様のデビュタントのおり、会場で護衛をしておりました。その際に、兄上と父上である総団長と踊る彼女のご尊顔を拝見しております。その時にご婦人方が噂をしていたのですが、マリアーナ・リシャール様は第二王子殿下のご婚約者候補ということです」
「なんだと?! それは本当か?」
「はい。本当です。ローブのイントラス学園のエンブレムも確認できました」
「もしや、第二王子の婚約者候補だから騎士団の護衛がついていたってことか? まだ公には出来ないから口をつぐんだのか。お、おい、彼女はどこにいる?!」
「「留置場です! ザケット班長の指示に従った結果です」」
「うっ! 出せ! 男の方もだ。ここに連れてこい! い、いや、丁重にお連れしろ!」
バン!
「ザケット班長!」
「今度はなんだ?! お前たちは揃いも揃ってなぜノックをしない。ジャン、その顔の怪我どうした?」
「報告します! 拘束中の二人が逃走しました!」
「な、なに?! 探せ! 捕獲しろ! いや、違う保護だ! リシャール伯爵令嬢と王城騎士団、トライアン侯爵家の令息だ! 全班に通達を出せ! 防衛団の敷地から出すな! 幻想の森にでも入ったら大変だ!」
「それは、大丈夫ではないでしょうか。あの男は肩を痛めてたし、剣もなしに幻想の森に入るのは自殺行為でしょう。きっと、この敷地内に身を隠していると思われます!」
「その通りだ! 行け!」
「「「はっ!」」」
慌てて部屋を出ていく部下の後ろ姿を見送りながらウルバーノ・ザケットは、深緑色の前髪をくしゃりとかきあげた。
「こりゃ、まいったな。まあ、高い塀を越えて森に入るのは不可能に近いのを考えると、この敷地の外には出ないはずだ。ひ弱な令嬢をかかえて無謀なことはしないだろう。それにしても本物とは……俺の命もあと少しかも」
そう、つぶやきながらウルバーノは部屋の隅に掛けていた外套を手に部屋を後にした。
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マリアーナside
一方、マリアーナとジークフィードは、難なく高い塀の向こう側、国境沿いに位置する幻想の森へと足を踏み入れていた。
暗闇がどこまでも続く不気味とも思える森の中に、およそふさわしくないジュウジュウという音と食欲をそそる匂いが立ち込める。
と、言っても強固な結界の中なので音と匂いは半径二メートルの内側だけに展開されている光景だ。
「ほら、マリア、肉が焼けたぞ食べろ」
「んん! 美味しい! はい、ジーク先生も食べてください」
変換術で開けた塀の穴から脱出後、治癒魔法で肩が完治したジークフィードが素手で下級魔物のビガンゼを仕留め、只今食事中。
マリアーナが錬金術で作った即席の包丁で魔物を捌き調理をするジークフィード。
その横でマジックポーチからお皿やフォークを準備するマリアーナの姿は暗い森の中でなければまるでピクニックに来ている仲良し兄妹のようだ。
ここに『肩を痛めた剣なし騎士』と『ひ弱な令嬢』の姿はない。
「おっ、美味いな。ほら、マリア、野菜も食べろ。それにしても、悪かったな、マリア。俺がへまをしたばっかりに怖い思いをさせた」
「もう、何言ってるんですか、ジーク先生。あの場面では仕方ないですよ。私はあのウルバーノとかいうおじさんに抑えられてたし、ジーク先生は怪我して思うように動けなかったし。それに、拘束されたのは無意味じゃなかったですよ。だって、この辺境の地から最短でリシャール家に連絡をとる手段がわかったんですから」
「ふっ、そうだな。こんな状況でもいい方向に考えられるマリアはすごいな。じゃあ、これからの俺たちの行動を思案するか。二、三日ならこの幻想の森に潜伏するのもありだな。俺はこの幻想の森の地理に明るい。ほら、前に話したろ? 子豚を丸呑みする怪鳥の雛をみたのはこの森だ」
「えっ? この森で? そんな危険な怪鳥のいる森に潜伏するのはいかがなものかと……。ここは、朝になったらこの森を出て近場の村にでも潜伏しましょうよ。ポーチの中の魔石を換金すれば宿代にも困らないし」
「そうか、わかった。確かに子豚を丸呑みするぐらいだから、マリアなんてひとたまりもないな」
「な、なに物騒なこと言ってるんですか。怖くて眠れなくなるじゃないですか」
「あはは、悪かった。怖がらせたか。まあ、一番近い村までは歩いてもそんなにかからないから。それに、ここは北部の辺境地と言われているが、ナンカーナ皇国と商業取引があるおかげで意外と栄えているんだ。運よく商隊に出会えたら、街まで馬車に乗せてもらおう。ん? マリア? ふっ、眠ったのか。怖くて眠れなくなるって言ってたのにな」
ジークフィードは、自分の肩にもたれて眠っているマリアーナの手からそっとフォークを引き抜くと、あどけない寝顔に目を向けた。
「マリア……不思議な子だな。界渡りの乙女の声を聴くことができる少女……君のそばにいると、マリナとの繋がりを強く感じられるよ。君のことは、俺が命にかえても守るから安心しろ」
そう言って、ジークフィードはマリアーナの頭を優しく撫でた。
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残され男組side
「ほい、リーナ、これは8番のテーブルにもってとくれ」
ここは村で唯一の宿屋の食堂。
東部地区と西部地区の境にある小さな村だが、王都まで行く商人や北部地区へ行く冒険者たちが立ち寄るため宿屋は連日結構な賑わいだ。
夕食時の喧騒の中、看板娘である11歳のリーナは母親の言葉に笑顔を向けた。
「おっ、良い笑顔だね。あちらはお貴族様だからね粗相のないように」
「お母さん、あの人たちの周り、ものすごいキラキラしてない? クマのぬいぐるみの隣に誰が座るかで揉めてるのが気になるけど」
そういうリーナの視線の先には、アンドレ、ルーベルト、エリアスの三人がべリーチェを取り合い、それをガイモンが仲裁をしている光景が展開中である。
これは、マリアーナとべリーチェとの間に物理的距離が開いたことにより、動かなくなったことが発端だ。
べリーチェに反応が出るのを、いち早く察知したいがため、より身近に置いておきたいのだ。
「あ! ワンちゃんが、奪い取ったよ。お母さん、そういえば食堂に犬を連れても良いの? いつもは裏の厩に繋ぐように言うのに」
「あれは界を渡ってきたお犬様だよ。王家の紋章入りの首輪をしてるんだよ。リーナは日中いなかったから知らないだろうけど、あのクマのぬいぐるみは今日の昼間は動いてたんだよ。きっと傀儡のスキルで動かしてたんだろうね。ほら、あの緑色のローブは王城魔導師団の人だよ。さ、おしゃべりはこのくらいにして、これを持って行ってちょうだい」
「はーい」
クマのぬいぐるみが動いていたという母親の言葉に興味を惹かれて、リーナは意気揚々と料理を運んだ。
「ねえ、お嬢さん。悪いんだけど、この犬に味付けしてないゆでた肉をお願いできるかしら?」
リーナにそう声をかけたのはルーベルトだ。
あまりの綺麗な顔にしばし見とれて反応が遅れたリーナは、ルーベルトの女言葉に首を傾げた。
(女の人? で、でも声は男の人?)
「君、聞いているのか? あと、今日部屋を取っていた女性陣と少年一人が飛竜で急遽帰ったから、その部屋をそのまま僕が借ることにする。おかみにそう伝えてくれ」
アンドレのその言葉に、リーナはぽかんと口を開けたままゆっくりと頷いた。
(お、王子様がいる)
「あ、そうだ。明日から魔導師団から人が派遣されてくるから、部屋を二部屋取っておいてくれないかな?」
そう声をかけたエリアスの方に顔を向けたリーナは目を見開いた。
(赤い瞳だ。素敵!)
この宿に出入りする商人から買った『赤の賢者・愛と涙の真実』はリーナの愛読書なのだ。
「こんなに一気に言われたら困るよな。俺がおかみに言うから、君、案内してくれ」
そう言いながら席を立ったのはガイモンだ。
すらりと背の高い青年のほんわかした笑顔に、リーナは顔が熱くなるのを感じた。
(結婚するならこの人だわ。かっこよくて癒されるなんて一度で二度おいしいもの)
四人のイケメンレースは、ガイモンに軍配が上がった。
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