第110話 即決できない男は嫌われる

 すっかり日が暮れてあたりが闇色に染まる中、ぼんやりと明かりがともされた一角が見えてきた。

 どうやら防衛団の本拠地に着いたようだ。

 広い敷地に点在している建物群はまるで軍事基地を連想させる。


 馬から降ろされたところで、気を失っていたジーク先生と目が合ったのでホッとした。

 思わず微笑みを向けると、ジーク先生は目に力を入れながら頷いた。

 そのしぐさに、場違いながらドキリとする。

 イケメンはどんなにボロボロでもかっこいいのだ。なんだか、ずるい。


 詰所と呼ばれる建物に連行された私達は別々の小部屋で取り調べを受けるようだ。

 ここに着くまでの道中に仕入れた情報では、私達が転移したのは北部地区の辺境地。


「ここはアルフォード辺境伯が統治する領地だ。領主である団長は今期の警備報告のために王都に向かっている。単独騎乗の隊列だから予定より早く到着するはずだ。団長が王城に到着次第、ここと繋がってる通信機に連絡が入ることになってる。そうしたらお前達の嘘なんてすぐにばれるぞ。今すぐそれができないのが残念だがな。通信機の起動権限は団長にしかないんだ」

 

 そう言いながら私を取調室の椅子に座るように促す強面のおじさん。

 机と二脚の椅子しかない四畳ほどの質素な部屋。

 木製の椅子に腰掛けながらどこかで聞いたことのある家名に首をひねる。

 アルフォード?

 あれ? そういえば、魔物の討伐試験の時に見事な『傀儡』のスキルを発動したB組のブライアンの家名が『アルフォード』のはず。

 彼のスキルが、悪徳執事を懲らしめるのに大活躍だったのは記憶に新しい。


 ああ、明るい未来が見えてきたぞ。

 ブライアンはこの長期休暇で実家に帰って来ているだろうか?

 まずは、ここの領主のご令息と友人関係だということを説明しなくては。


「さあ、お前たちがどこから来たのか、なんの目的でこの領地まで来たのか洗いざらい話してもらおうか」


「えっと、その前に、ブライアンは実家に帰って来てますか?」


「ブライアンだと? なぜ坊ちゃんの名前を知っている? いや、そんなのは調べれば簡単にわかるな。あっぶねぇ。ついだまされるところだった。あのな、嬢ちゃんよ。子供だからってこっちが優しくしてると思ったら大間違いだからな。明日の朝になったら俺達第一班と交代で第三班の奴らが引き継ぐことになる。あいつらは子供だろうが、女だろうが構わず鞭打ちの刑ぐらいはやるぞ。悪いこと言わない、俺がいるうちに本当のことをはいちゃえ」


「だから、本当に私は王城騎士団総団長の娘のマリアーナ・リシャールです。ブライアンとはイントラス学園の友達なんです。私達のことは、ブライアンに聞いてもらえばわかります。それに、ジーク先生は、私の護衛です」


「護衛? それにジーク先生ってのはどういうことだ? あの男はお前の先生なのか?」


「そうです。せ……」


 しまった! 私の護衛でしかも、教師として潜入していることは秘密だった。


「ん? せ?」


「せ、せ、洗濯日和ですね? あはは……」 


「は? 今は夜だ。おい、それで、あいつはお前の護衛で先生なのか?」


「なんですか、それ?」


「なんですかって、今お前が言ったんだろうが!」


「言ってません」


「はあ?! 言っただろうが! 今さっき」


 突然黙り込んだ私にいぶかし気な視線を向けるおじさん。


「おい、なに黙ってるんだ。あいつは自分で王城騎士団の団員と言ってたよな? なんで騎士団員が小娘の護衛なんてしてるんだ? しかも教師だと? おかしいじゃねえか。王城騎士団が護衛するとしたらよっぽどの要人か、王命が発動した時だろう」


 ああ、その王命ってやつなんですよ……。

 でもこれって言っていいことなんだっけ?

 私に関することって秘匿となっているんだよね?

 むむむ……。


「はあ……やっぱり嘘なのか。あのな、お前たちの嘘には無理がありすぎだ。つくならもっと本当っぽい嘘にするんだな。で、なんでこの領地にきたんだ? 目的はなんだ?」


「ここには東部地区と西部地区の境にある魔術研究所の遺跡探索中に転移の魔法陣が起動して飛ばされたんです。あの、アルフォード辺境伯が王城に着いたら通信機で連絡が取れるんですよね? それっていつぐらいですか?」


「なんだ、あと何日で嘘がばれるのか知りたいわけか?」


 違います。

 あと何日で私達が正しいとわかるか知りたいんですよ。

 おじさんが言うには、アルフォード辺境伯が王都に着くのは二日後ぐらいとのこと。

 王都到着後、参内準備の時間を考慮すると三日後には連絡がつくとみた。


 頭の中でこれからの行動を思索する。

 要は私がマリアーナ・リシャールでジーク先生が騎士団員だと証明できれば良いのだ。

 通信機の起動権限がアルフォード辺境伯にしかないことを考えると、その連絡を待つのがベストではないだろうか。

 ついでにお父様達にこちらの状況を知らせられる。

 そうと決まれば、思いっきり利用させてもらいましょう。


「おじさん、今から黙秘権を施行させてもらいます。聞かれたことは全部お話ししましたしね」


「はあ? 俺はおじさんじゃねえ! まだ二十六歳だ! それに黙秘権とはどういうことだ?」


「もうこれ以上しゃべらないってことです」


「お、お前、何偉そうに言ってんだ。明日には第三班の連中に引き継ぐって言っただろうが。あいつらは本当に容赦ないぞ。鞭で打たれたくはないだろうが。どうなっても知らないぞ」


 鞭打ち!

 人権の侵害だ。断固として拒否させてもらいます。


「おじさん、もし、私達に手を上げた後に私達の主張が正しかったことが発覚した場合はどうされるおつもりですか? 貴族の令嬢を鞭打ちの上、肌に傷をつけた代償はとてつもなく高くつくと思いますよ。しかも私は王城騎士団、総団長の娘。ちなみに、伯父は宰相をしております。それに、ジークせん、いえ、ジークさんも由緒正しいトライアン侯爵家の次男です。貴族の令息で騎士団員ということです」


 ああ、なんか、こういう権力をちらつかせるのは本意ではないんだけど、今の状況では許していただこう。


「どうします? 私達をその野蛮な第三班の方々に引き渡しますか?」


「……はあ……とりあえず、お前たちは留置場で待機だ。飯もそこに運んでやる。待ってろ今女性の団員に案内させる。ちなみに俺の名前はウルバーノ・ザケットだ。ウルバーノと呼べ。おじさんじゃねからな」


 とりあえず待機ということは、第三班の連中に引き渡すか思案中ってところか。

 即決できない男は嫌われちゃうぞ。


 では、こちらは逃亡の道を選択させてもらいましょう。

 逃亡期間は三日間。

 王城への通信が可能になった時期に防衛団に足を運ぶのが良いかな。

 それまで、北部地区の村にでも潜伏するとしますかね。






 女性の防衛団員二人に挟まれて移動中。

 途中、道順を頭に入れながら先ほど思索した計画を反芻する。

 

「あの、すみません、薔薇を摘みに行きたいのですが……」


 立ち止まりそう声を上げる私に二人の女性は目を見開いて私のことを見た。


 この『お花摘み』はいわゆるトイレの隠語ね。

 王都ではなぜか薔薇の花限定なのだ。理由は不明。

 一度違う花の名前を言ったら、ランにめちゃめちゃ怒られたのできっと意味があるのだろう。


「あ、はい。ご案内します」


 礼儀正しく敬礼されておトイレに案内された。


「あの、この手の拘束、一時外してもらえませんか? 手が使えないとちょっと困るので。あと、泥だらけなのでクリーン魔法をかけたいんですが……」


 ダメ元で言ってみるもんだ。

 魔力封じの手錠をはずしてもらい個室に入る。

 私は素早くローブの内ポケットから魔術杖を取り出し、魔力封じを無効化する魔法陣を構築する。

 

 片手に小さな結界を作ってその中に魔法陣を隠し、再度手錠をはめられる瞬間に魔石に注入だ。

 クリーン魔法は女性の団員さんがかけてくれた。

 所々破けたローブは戻らないけど、顔や髪についた泥や草が取り払われてだいぶさっぱりとした。

 ボサボサだった髪の毛もさらっさらだ。


「ふう、ありがとうございます」


 そう言って顔を上げると、二人とも驚愕の表情で私を見つめていた。


「わ、私は、ザケット班長のところに行ってきます!」


「えっ、ちょ、ちょっと、エドラ! お待ちなさい。私が行くわ!」


「モニカ先輩はお嬢様をお願いします!」


 そんな会話の後にエドラと呼ばれた女性が踵を返して走って行き、その後姿をモニカ先輩とやらが呆然と見送っていた。

 いったい何事が起ったのだろう?


 モニカさんに案内された留置場はベッドマットも上掛けもない寝台がぽつんとある六畳ほどの部屋だった。

 その寝台に座り、モニカさんが立ち去る足音が完全に聞こえなくなるの待つ。


 さて、行動を起こしますか。

 まずはジーク先生と合流だ。

 手錠を外し、鉄格子を変換術で変形させ、隙間の幅が広がった鉄格子をすり抜ける。

 特に監視人がいないところをみると、ここは取り調べを待つ控室みたいなところなのだろう。


 ジーク先生を探すため先ほどの取り調べ室を目指して廊下を進む。

 すると、ちょうど十字路の右方向から数人が争うような音が耳に届いた。

 間を置かず、私の名前を叫ぶ声。


「マリア! マリア! どこだ?!!」


「は、はい! ここです!」


 私の返事と共にいきなり十字路の向こうからジーク先生が姿を現した。


「マリア! 大丈夫だったか?! なにもされてないか?!」


「ジーク先生! 良かった会えて。私は大丈夫です。ジーク先生こそ大丈夫ですか?」


「ああ、大丈夫だ。それよりここから出るぞ!」


「はい!」


 走りながらジーク先生の手錠を外すと、後ろからドヤドヤと追いかけてくる団員たちが視界に入る。

 ああ、そうだ! こんな時に役に立つものがあったはず。

 ウエストポーチを探り、イデオンからもらった煙幕瓶を手に取った。

 これ、魔物だけに効くように調合が成功する前の失敗作ね。

 つまり、人に効く。

 それを思いっきり後ろの床にたたきつけた。


 バリン!!


「「「うおっ!!! なんだこの煙?!」」」


「「「目が! 目がしみる!!!」」」


 おお! 効き目抜群!

 さて、この隙に逃げるとしますか。

 手っ取り早く、壁に穴を開けて外にでましょう。

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