第115話 宿屋にて……それぞれの思い



 アンドレ視点



 はあ、眠れない……。

 マリアとジークフィードさんが行方不明になって丸二日たった。

 マリア、どこだ? どこにいる?

 怪我はしてないか? 怖い思いをしていないか?

 考えれば考えるほど、焦りと打つ手のない状況に憔悴感が押し寄せる。


 自分の気持ちを自覚したとたん、マリアに会うことが出来なくなるなんて……。


 僕は遺跡の調査のため宿泊している部屋のベッドの上で、先ほどのガイモンさん達との会話を思い起こしていた。


『あの転移の魔法陣は複雑に構築されている。現代文字にルメーナ文字、それに……界渡りの乙女の世界の文字だ』


 そう言ったガイモンさんの言葉に、心臓がドキリと音を立てた。

 そんな僕に、今度はエリアスさんが話を引き継いだ。


『あの転移魔法陣を構築したのは、エミリ・クロス。三百年前の界渡りの乙女だよ。突然、自分の知らない世界に来てしまった者はまず何を考えると思う?』


 この言葉に僕は、動揺を隠せず声を上げた。


『ま、まさか……あの魔法陣は界を渡るためのものなのか? じゃあ、マリア達は?』


 その問いかけに魔導師団から派遣された魔導師たちが魔法陣から読み取った情報を持論を交えて説明してくれた。

 結論からいうと、あの転移の魔法陣では界を渡るのは不可能とのこと。

 彼らの見解では、魔法陣の亀裂具合やマリア達の立っていた位置から北の方角に飛ばされたのではと言うことだった。

 それを聞いて少しだけホッとした。


 だが……。

 ルーベルトから聞いたマリアが消えた瞬間のことに思いを馳せた。


 あの魔法陣がなんなのか、マリアはすぐにわかったはずだ。

 ルメーナ文字と界渡りの乙女の世界の文字を解読できるマリアなら……。

 なぜ、鉱物魔石に魔力を込めた? 

 なぜ、魔法陣の上に足を乗せた?


 マリア、君は僕たちと生きる道を選んでくれたんじゃないの?




 ***************




 ルーベルト視点



 どうにも眠れなくて、宿屋の浴場で熱いシャワーを浴びて部屋に戻ると、留守番をしていたシュガーがべリーチェの顔を一心不乱に舐め回していた。


「あ、こら、シュガー。そんなにべリーチェをなめたらダメじゃないか。はあ、すっかりベロベロだ。べリーチェが目覚めたら怒られるぞ」


 オレの言葉に、シュガーは伏せをしながら『くーん』と鼻を鳴らす。

 その寂しげな姿に自分の姿が重なり思わずシュガーを抱きしめた。


「シュガー、悪かった。お前もべリーチェが動かなくて寂しいよな。それにべリーチェにはマリアの匂いがついてるもんな」


「ワン!」


 返事をするシュガーの頭をワシワシと撫でた後、よだれでベロベロになったべリーチェにクリーン魔法をかけて綺麗にする。


「マリアがいなくなって寂しいのはオレも一緒だよ」


 いつもそばにいたのに……。

 令嬢としては少しガサツなマリアの世話を焼くのは心地よかった。

 屈託のない笑顔も、美味しそうに食べる姿も、無駄にある行動力もオレの目にはすべて新鮮に映る。


 そんなマリアがいなくなって、心配で居ても立っても居られない……。

 唯一の安心材料は、ジークさんが付いてることだな。


 でも……。

 どうしてあの時、マリアのそばから離れてしまったのか。

 どうしてあの時、咄嗟にマリアに駆け寄ることができなかったのか。

 どうしてあの時……一緒に飛ばされたのがオレじゃなかったのか。


 グルグルと回る思考の中、またべリーチェを舐め始めたシュガーを今度は止めることなく、頭を撫でながらそっとため息をついた。



 ***************




 ガイモン視点



「おい、エリアスそろそろ寝た方が良いぞ」


 宿の部屋で同室のエリアスに俺はそう声をかけた。


「ああ、うん。でも今日、魔導師団の先輩たちが分析した魔法陣のことが気なっちゃって。北の方角ってやつ。僕なりに読み取った情報は北部地区の辺境地だ。でも確証がない。早くマリアを見つけなきゃ。ジークさんと二人でいると考えると、おちおち寝てなんていられないよ」


「ん? この場合、ジークさんと一緒にいる方が安心だろ? なんてったって、ジークさんはマリアの護衛なんだから」


「そう、それだよ。護衛っていう存在。知らない場所に突然飛ばされて不安なところに常に自分を守ってくれる存在がいるんだよ?」


「だから、マリアにとっては安心だろ?」


「まったくもって、安心じゃないよ! マリアの身に何かあったらと考えるだけで気が狂いそうだし、そんな状況でマリアがジークさんに惚れちゃったらどうするの?!」


「惚れたらって……え? もしかしてエリアスはマリアのことが? 恋愛的な意味で?」


「はっ! い、いや、あ、あの、ああもう! そうだよ。好きだよ。大好きだ」


「いやいや、マリアはまだ子供だぞ?」


「子供じゃないよ。もう14歳だ。婚約者がいてもおかしくない歳だよ。リシャール伯爵が、マリアに政略結婚をさせる気がないことが救いだよ。マリアが成人するあと二年の間に、僕は自分の地位を上げるつもりなんだ。その間に変な虫が近づかないように牽制していたところに今回の事故だよ」


「牽制って。王城騎士団、総団長の娘に近づく勇者はいないんじゃないか?」


「何言ってるの。近づく男は僕が蹴散らすけど、マリア本人が好きになっちゃったらどうしようもないじゃん。あ、ガイモンさんも一応、変な虫認定だから。この宿の看板娘のリーナちゃんを落とした実績からリスト入りだよ」


「は? リーナこそお子様だろうが。それに落としたってなんだよ?」


「まさか、気づいてないの? 毎食、ガイモンさんの分だけ多いし、ガイモンさんに向ける笑顔はキラキラしてるじゃん」


「それは、気のせいだ。俺は妹がいるから小さい女の子の扱いに慣れてるんだ。それで、懐かれているだけだろう。だいたい俺が変な虫なら、ルーベルトはどうなるんだ? 本邸でマリアの部屋の近くで生活してるだろ? 俺を心配するよりそっちを心配しろよ」


「もう、ガイモンさん。それこそ、気のせいだよ。ルーさんの心は女性なんだよ。どっちかって言うと、僕やガイモンさんの方が狙われる確率が大きいでしょ。まあ、今のところそんな兆候はないけどさ」


 うーむ。

 そうか、エリアスはルーベルトの女言葉が偽物の姿だと気づいてないのか。

 どうしたものか……。

 俺の目には一番牽制しなくちゃいけないのは、ルーベルトだと思うんだが。

 年齢不詳の美しい容姿の男性は、あの年代の少女にとって憧れの的だろう。

 しかも一番身近で甲斐甲斐しく世話をされているんだ。

 まあ、世話の仕方が母親のようでもあるが……。

 少しの間黙り込んでいた俺を見てエリアスが口を開く。


「あ、ガイモンさん。余計なことはしないでよ。僕はその時が来たら、ちゃんとマリアに気持ちを伝えるから」


 どうやら俺が何か企んでいると思われたようだ。

 ここは余計なことは言わない方が良いな。

 話を変えるか。

 そこで、俺は今まで考えていた構想をエリアスに話すことにした。


「もちろん、何もしない。そう言えば、あの鉱物魔石にマリアの魔力が残っているなら、べリーチェの核魔石にその魔力を移したらどうだろうか? べリーチェには強力な守護の術が込められているから起動することによってマリアの居場所がわかるかもしれない」


「! ガイモンさん! あんたは天才だよ! 転移の魔法陣の方にばかり注目していたけど、その案は試してみる価値はある。早速、明日の朝試してみよう」


 おお、マリアとジークさんを見つける糸口が開けたぞ。

 期待を胸に俺達は眠りについたのだった。




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