第108話 クラウドの飛行訓練は大忙し アンドレ視点

 青の騎士団の訓練場である小高い丘の一角に腰を下ろし、僕は大空を悠然と飛行するクラウドを見上げた。


 遺跡探索のため遠出しているマリアに頼まれてクラウドを連れて来た僕は、人を乗せての訓練に飛び入りで参加する形となった。

 先ほどまで、クラウドの背中に乗り街の上空を旋回し、解放感ある空間と飛行のスリルを満喫していたが、さすがに二時間ぶっ続けの飛行は初心者にはきつい。

 まだまだ飛び足りないクラウドをなだめすかし、休憩するため下ろしてもらった。

 今は、ゴットさんがクラウドに付き合って上空を旋回している。

 

 リシャール邸では、体長を小さくしているクラウドも青の騎士団にくると本来の大きさに戻れるため伸び伸びしているように見える。

 窮屈な思いをしてまでもマリアのそばにいたいなんて、まるで自分をみているようで感慨深い。

 そんなことを思いながら飛行訓練を見学していると、城の方から誰かが歩いてくるのに気が付いた。


 あれは……ラインハルトか?

 我が国の第二王子は相変わらず自由だな。

 青の騎士団の敷地内とは言え、護衛はどうした?

 今頃、血相変えて捜索されてるんじゃないか。

 僕に向かって大きく手を振るラインハルトに苦笑しながら片手を上げて答えた。




「リシャール邸に伝達蝶を飛ばしたら、ここにいるって聞いてね。アンドレ、お前、バウスシュール学院の入寮申請忘れてるだろう? 僕が出しておいたぞ」


 僕の隣に腰を下ろしたラインハルトの言葉に、ため息とともに口を開いた。


「寮の申請か……。入寮するつもりで準備はしていたんだが、実は迷っていて出しそびれた」


「おいおい、まさかリシャール邸から通うつもりじゃないだろな? さすがに通学に三時間は無理だぞ」


「無理だろうか?」


「え? まさか、本当にリシャール邸から通う気だったのか? なんで?」


「なんでって……寮に入ったら、マリアと離れなきゃならないじゃないか」


「あのな、一生の別れじゃないんだぞ? 長期の休暇に会えるだろう? って、アンドレ、なんて顔してるんだ。まるで恋人との仲を引き裂かれる男みたいな悲壮感がただよっているぞ」


「恋人……。マリアが僕の恋人……」


「おい、大丈夫か? マリアは恋人じゃなくて、お前の妹だ」


「違う、妹じゃない」


「はあ? 何言ってるんだ。マリアはお前の実の妹だろう? 僕も小さな頃から知ってる」


「あの子は……昔のマリアとは違う。今のマリアは僕の妹のマリアじゃない」


 まるで頭のおかしい奴を見るような目を向けるラインハルトに今まで自分が感じていたマリアへの違和感について話して聞かせる。


 事の始まりは、屋敷のバルコニーから転落をして死にかけ、今までの記憶を無くしていたことだった。

 マリアの記憶喪失についてはリシャール家の中でもマリアに近い関係の者しか知らないことだ。

 そのため、ラインハルトは驚きの顔で僕の話に聞き耳を立てる。


「なるほど、記憶喪失か。道理で僕の名前を口にするときに戸惑っていたわけだ。しかし、殺されかけたんだ、ショックでそれまでの記憶がきれいさっぱりとなくなるのはありえることだと思うが……」


「ああ、そうだな。それは僕も否定はしない。だが、根本的な本質まで変わるだろうか? 転落して間もない食事の席で、マリアはあんなに嫌いだったニンジンを食べたんだ。それに、ずっと心に引っかかっている出来事があるんだ」


 そう言った後、僕はマリアが竜のラウルの義翼作成で倒れた時のことを話した。

 魔力切れで眠り続けるマリアの手を握りしめてウトウトしていた僕に向かって『アンドレ君だっけ?』と呟いたこと。

 目が覚めた僕に、思わずといった感じで『アンドレ君』と呼び掛けて慌てて言い直したこと。


「まるで、他人のような言動だろ? それからずっと、マリアを注意深く観察していたんだ。そして行き着いた答えは、記憶がなくなる前と人格が違う。つまり、まったくの別人だ」


「人格が違う? まったくの別人って……ちょっと待ってくれ。そんなことが現実に起こるか? ……いや、そう言えば、魔力の属性も増えていたな。異世界の神の加護の恩恵ということで特に気にも留めなかったが、基本の四属性に加えて光属性。それに、ルメーナ文字ができるんだよな?」


「そうだ。そんなとてつもない魔力の持ち主に僕は心当たりがある。きっと君もあるはずだ」


「え? ま、まさか?」


 ラインハルトの強い視線をまっすぐに受けて僕は頷いた。


「「界渡りの乙女だ!」」


 二人の声が重なった。


「これは推測に過ぎないが、きっと真実だと思うよ。マリアの今までの行動がそれを物語っている」


「それって、どういうことなんだ? じゃ、じゃあ、本物のマリアは?」


「ラインハルト、四年前の出来事を覚えているかい? 界渡りの乙女が亡くなった時と、マリアが転落のあと目覚めた日は同じだ。そして、マリアは毎年、その亡くなった界渡りの乙女の墓参りに王城の墓地に通っている。そういえば、君もマリアと墓地で会ったと言ってたな」


「……なんてことだ。アンドレ、お前の気持ちはどうなんだ? 言ってみれば、彼女はお前の妹の身体を乗っ取って、のうのうと生きているってことだろう? 本来なら、その身体は本物のマリアのものだ」


「それは違う。調べたが、界渡りの乙女がこの世界に来る前に妹のマリアはバルコニーから転落して昏睡状態となっていた。今思えば、すでに亡くなっていたんだろう。だから、マリアの身体を乗っ取ったというよりは、引き寄せられた感じだろう」


「なるほど……」


「思い出したんだ。四年前、あの子は自分の遺体と対面して泣いていた。あの時、きっと、マリアーナ・リシャールとして生きる道を選んでくれたに違いない。転落事件が解決した時は、父上と僕を必ず幸せにすると言ってくれたんだ。その言葉に救われたよ。僕も、父上も。優しくて、大人びた言動をとる反面、どこか子供っぽい彼女のことが今はどうしようもなく愛おしい……この感情はなんだろうな?」


「アンドレ……。お前、そのことは彼女には?」


「もちろん言ってないよ。言えるわけない。いや、今の関係が壊れるのが怖くて言えないってのが正解だな。そばにいるだけで幸せなんだ」


「言えよ。言って、自分の気持ちを伝えろ。彼女の真実を追及しろ。今の関係は壊れたりしない。恋人と違って、兄妹の絆ってのはそうそう切れるもんじゃない。そうじゃないとお前はこの先、前に進めないぞ。幸せだと言いながらそんな苦しそうな顔するな」


 マリアに真実を追求する?

 頭の中をラインハルトの言葉がグルグルと回る中、突然クラウドが甲高い鳴き声を上げてこちらに飛んできた。


「キュー!!! キュー!!!」


 な、なんだ?

 クラウドの背中に乗って飛行訓練をしていたゴットさんがひらりと僕の前に着地した。


「アンドレ君、クラウドの様子が変なんだ。もしかしたら、マリアになにかあったのかもしれない」


 落ち着きない様子で僕の前に進み出たクラウドはバタバタと翼を動かしながら「キュー! キュー!」と鳴きわめく。

 まるで僕に何かを訴えているみたいだ。


「クラウド、マリアのところに行こう! ゴットさん、魔術研究所の遺跡まで飛びます!」


「わかった。俺もすぐに追いかける。先に行ってくれ」


 ゴットさんはそう言うと、草原で休憩している竜達のもとへ駆け出した。


「ラインハルト、悪いが騎士団にいる父に連絡を頼む。それから、さっきの話は……」


「わかってる。安心しろ。何年お前の悪友やってると思ってるんだ。まかせておけ」


 ラインハルトの言葉に頷きながら、僕はクラウドの背中に飛び乗った。



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