第107話 秘密の地下室

 い、いたたた……って、あれ? 痛くない?

 確か、床が消えてそのまま落下したのに……。

 ふと、自分の状況を確認すると、なんとジーク先生の上に乗っていた。

 どうやらジーク先生がクッションになって落下の衝撃を和らげてくれたようだ。


 やばっ!


「! ジーク先生! 大丈夫ですか?」


 慌ててジーク先生の上から体を起こす。


「うう……。俺は大丈夫だ。マリアは大丈夫か?」


「はい。あ、あの、ありがとうございました」


 お互いの無事を確認していると、ドヤドヤと複数の足音が聞こえてきた。


「マリア! ジークさん! おい、二人とも大丈夫か?!」


「「「マリア! ジークさん!」」」


 男言葉で叫ぶルー先生を筆頭に、皆が口々に声を上げて階段を駆け下りてくる。

 え? 階段?

 どうやら、消えた床の下に地下室への階段があったようだ。





 **************




「ここは、なんだろう?」


 エリアス先生の言葉に皆はあたりを見渡す。

 地下室の部屋に備え付けてあった点灯器に照らされたのは、がらんとした三十畳ほどの空間だった。

 先ほどいた研究室とは打って変わって、石壁がむき出しの殺風景な部屋だ。

 家具らしいものは大きな机と椅子だけ。

 そんな中、目を引くのは部屋の隅にある青い三メートル四方の敷物。

 その周りの床に半透明のごつごつした石が無造作に転がっていた。


「すごいなこの魔石。こんなに大きな物は今の時代ないんじゃないか?」


 床に転がった石を手に取りながらそう言うガイモンさんに、驚きの顔を向ける。


「え? それ魔石なんですか?」


 テニスボールほどの大きさがあるけど。

 どんな魔物から採取できるの?


「ああ、この魔石は鉱物魔石だね」


 エリアス先生が言った耳慣れぬ単語に首をかしげる。


「鉱物魔石?」


「そう。昔は鉱山から魔石が出ることがあったんだよ。鉱物魔石はこれくらい大きなものが発掘されることもまれではないよ。それにしてもすごいね。今は鉱物魔石なんて貴重なものは発掘されないからね。それが六個も転がってるなんて、驚きだよ。この部屋は何のための部屋なんだろうね」


「宝物を隠すための秘密の部屋かもしれないぞ」


「「「宝物!」」」


 ジーク先生の言葉に私はもちろん、メアリーちゃんもエイベル君も目をキラキラさせて反応した。

 きたー! 埋蔵金!

 どこ? どこにあるの? まずは壁に穴でも開けてみますか。

 怪しい空間がないか壁をコンコン叩きだした私とエイベル君に、ジーク先生とエリアス先生が苦笑している。


 フフフ、笑うがいいさ。

 その代わり、埋蔵金発掘してもあげないんだから。

 メアリーちゃんも加わり、ここが怪しい、いや、こっちの方が怪しとコンコン壁を叩く中、そのリズムに乗ってべリーチェとシュガーがピョンピョンと踊りだした。

 すでに埋蔵金を掘り当てたようなお祭り騒ぎの中、机を調べていたルー先生とナタリーが声を上げた。


「あら、この机の引き出しにメモ用紙がたくさん入っているわね。魔法陣の構築のメモみたい」


「あ、本当ですね。たくさんの魔法陣が書いてありますね。あれ? こっちの紙の束に書いてあるこの文字は……以前マリアお嬢様が読んでいたカナコさんの日記に書いてあった文字に似てませんか?」


 ! カナコさんの日記の文字?!

 日本語?

 ナタリーのその言葉に私は机に駆け寄った。


「ど、どれ? ナタリー、それ、見せて」


 ナタリーから問題の紙の束を受け取り、食い入るように凝視した。

 本当だ。日本語だ。

 文庫本サイズのごわごわした紙には、滲んだインクの文字が綴られていた。


『帰りたい。日本に帰りたい。元の世界に帰りたい。元の世界に帰る方法を考えることにしよう。転移の魔法陣は使えるだろうか? とりあえず、近い距離から実験してみよう。まずは、部屋から厩に転移だ』


 こ、これは三百年前にこの世界に来た『界渡りの乙女』が書いた手記だ。

 まって、まって、この部屋の持ち主の名前はなんだった?

 えっと、たしか……『エミリ・クロス』

 クロス……くろす……黒須か!


『エミリ』は一見するとこちらの世界の女の子の名前に見えるけど、こちらは三百年前でも日本での時間は、ほぼ私がいた時代と変わらないはずだ。

 外国でも通用する名前を付けるのが流行ったりしたもの。

 どんな漢字を書くかはわからないけど、界渡りの乙女の名前は『黒須えみり』だ。

 こちらの世界に思いがけず来てしまったが、元の世界に帰ろうとあがいていたんだ。

 どうなったんだろう? 界を渡る魔法陣は成功したのだろうか?

 ドキドキする胸を抑えながら、紐で一つに纏められた紙の束をめくっていく。


『転移の方法はいくつかある。まずは、自分の魔力を使う方法。これは自分の行ったことのある場所限定のうえ、距離も魔力量によって違いが出るようだ。界を渡るのにどれほどの魔力がいるのだろうか?』


 えみりさんは、転移の方法を色々と比較していたみたい。

 現代文字で構築した転移魔法陣とルメーナ文字で構築した転移魔法陣の魔力の消費と転移の正確さを手記に残している。


 そして、最後のページをめくったところで目が釘付けになった。


『たぶん、この魔法陣がきちんと起動すれば元の世界に帰れるはず。ただ、起動するための魔力が足りない。今日から少しずつ私の魔力を魔石に込めることにしよう。万が一他の誰かが魔石に触れても反応しないようにしなくては。あとは、私のようにこの世界に落ちてきた来てしまった者のために魔力挿入の条件を組み込んでおきましょう。魔力が溜まるまで転移魔法陣はラグで隠しておこう』


 まさか! 界を渡る転移の魔法陣がこの部屋にある?

 ラグで隠すって、あの青い敷物の下に転移の魔法陣があるの?

 元の世界に……日本に帰れるの?


「マリア! おい! 大丈夫か?」


 紙の束を握りしめて呆然とする私に慌てたように覗き込むルー先生。

『ああ、ルー先生はやっぱり男言葉の方が素なんだなぁ……』と、ピント外れなことを思いながら見つめ返す。

 ルー先生の完璧な美貌をぼんやりと見つめていると、後ろからエリアス先生に手を取られた。


「マリア、あまり握りしめたらぐちゃぐちゃになるよ。これに何が書いてあったの?」


「エリアス先生。これには……」


 そうだ、転移の魔法陣を確認しなきゃ。

 言葉の途中で思いたった私は部屋の隅に駆け寄り、青いラグを引きはがした。


「「「魔法陣だ!」」」


 そこに現れた三メートル四方の魔法陣に皆は驚きの声を上げた。


「なんの魔法陣だ? これは……転移の魔法陣? あの六つのくぼみは、魔力含石の置き場か?」


 エリアス先生の呟きが耳を滑る中、私は床の魔法陣に書かれた文字を指でなぞった。

 日本語で書かれた住所だ。

 懐かしい地名に思わず胸が締め付けられる。

 無意識のうちにそばに転がっている鉱物魔石を拾い上げた。

 この魔石に魔力を込めてあのくぼみに装着すれば元の世界帰れるの?

 そう思ったとたんに手の中の魔石にぐんぐんと魔力が吸い取られいく。

 な、なに? 魔力が……。


 思わず、手に持った魔石を落とすと、ごろんと転がってくぼみの一つに納まった。


 ゴゴゴゴゴ……グラグラ……!!


 そのとたん、地響きと共に床が揺れだした。

 えっ? 今度は 地震?

 あ! 転移の魔法陣に亀裂が!

 咄嗟に魔法陣の中央に進み出て亀裂を押さえる。

 そのとたん、白い光に包まれた。


「マリア! だめだ! 戻って!」


「マリア! 危ない!」


「マリア!」


 エリアス先生とルー先生が叫びながら私に手を伸ばす中、素早く私のもとに駆け付けたジーク先生に抱き留められた。

 その瞬間に、魔法陣の床が割れて物凄い力に引っ張られるようにジーク先生もろとも空中に放り出された。


 ふわっと感じる浮遊感の後、下へ下へと落ちていく。

 結構な魔力が吸い取られた私は、なすすべもなくそのまま意識を手放した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る