第106話 遺跡探索 ②
長い年月が経過しているにもかかわらず見た目は意外にも朽ちていない。
三百年前の魔術研究所の建造物は、石造りの平屋建て。
蔦に覆われた灰色の四角い箱は、なんだかテーマパークにあるお化け屋敷のようなたたずまいだ。
もっとボロボロかと思ったけど意外としっかりしてるわね。
「先生の話だと、この建物の四方に劣化を防ぐ魔法陣と地面の揺れに耐える魔法陣が施されているらしいです」
エイベル君の言葉になるほどと、頷く。
「その効果が三百年も続いているなんて相当レベルの高い魔術師だね。ぜひとも、魔導師団にほしい人材だよ」
そういいながら大きな両開きの扉を開けるエリアス先生。あとに続いて建物の中へ足を踏み入れる。
懐かしい匂いがするのは気のせいだろうか?
「この研究所は左側が食堂や倉庫になっていて、右側が魔術師達の研究室になっているんです。それぞれ個室になっていて、部屋は五部屋。まず個室のドアに書かれている魔法陣を解読して部屋に入るところから、試験となります」
天井の高いエントランスホールに全員がそろったのを確認すると同時に、メアリーちゃんの姿のエイベル君が解説しながら奥へと進む。
右側の壁には研究室と思われる部屋のドアが五つ並んでいて入り口から一番遠いドアの前で立ち止まった。
「メアリー達のチームがこの第五の部屋の探索をしている時に入れ替わりが起こったんです。だからこの部屋に何か原因があるのかと思うんですけど……」
「とりあえず、入ってみるか」
ジーク先生の言葉に皆うなずいた。
ドアに書かれた魔法陣にはこの部屋の持ち主と思われる名前と、入室の許可をしている条件が組み込まれているが、魔法陣の一部が壊されていてその条件が起動しないように処置されている。
なるほど、調査隊が入った時にこの処置を全部のドアの魔法陣にしったてことか。
この部屋の主の名前はエミリ・クロス。
名前から察するに女性ね。
部屋に入ると想像をはるかに超える広さだった。
いやいや、これってどう見てもおかしい空間の広さだよね?
ドアの間口から換算した部屋の広さの四倍はあるんじゃない?
「へぇー。空間膨張の術か。今もそれがちゃんと起動してるなんてよっぽど正確な魔法陣を構築したんだね。ますます魔導師団にほしい人材だよ」
空間膨張術! なるほど。
今度自分の部屋で試してみよう。
部屋の中央には二メートル四方の作業台が二台並んでいて、右手の壁一面には本棚と思われる木製の家具が置かれている。
本が一冊もないってことは、調査隊がすべて回収したってことね。
三百年前の本か……。
ん? 三百年前?
「あれ? 三百年前って製本の技術なんてあったの?」
「何言ってるんだマリア。もっと前からあるさ。まあ、昔は紙の質も悪くって現代の接着剤より粗悪だからすぐにページがバラバラになったみたいだけどな」
ガイモンさんの言葉に目を丸くする。
「マリアお嬢様がよく足を運んでいた王城の図書室には、約四百年前の本もありましたよ」
よ、四百年前?! ナタリーの言葉に驚いていると、シュガーとじゃれあっていたべリーチェがため息交じりに言った。
「まだ卵だったクラウドとおいかけっこしてるときに、こわさないでよかったでしゅ」
「ワン! ワン!」
今更ながら深夜に忍び込んだ図書室のことが頭をよぎり青くなる。
本当に、歴史的な貴重な本を壊すことなく済んで良かった。
左の壁には上に向かって階段があり、どうやらメゾネット式になっているようだ。
もしかして上は住居スペースかな?
恐るべし空間膨張術。
建築容量まったく無視。
狭小住宅に喘ぐ日本の皆様にこの技巧をおすすめしたいくらいだ。
「ねえ、メアリーはこの部屋のどこにいたときに入れ替わりが起きたの?」
ルー先生の言葉にエイベル君の姿のメアリーちゃんが階段を指さして答える。
「あの階段の近くです。階段下の壁にピン止めしている絵が下に落ちていたんです。それを気が付かず踏んだ瞬間です」
メアリーちゃんの言葉に階段下の壁に目を向けると、三枚の絵が小さな釘のようなもので止めてあった。
「ふむ。エイベル、君はどこにいたんだい?」
ジーク先生の問いかけにメアリーちゃんの姿のエイベル君が窓の外を指さす。
「外のあの木のところです。僕たちのチームはすでに探索を終わっていて他のチームが探索を終わるのを外で待ってたんです」
なるほど。
その落ちていたという絵が怪しいわね。
「その絵はどれなの?」
私の言葉にエイベル君の姿をしたメアリーちゃんが壁から外した絵を持ってきて作業台に広げた。
「これなんですけど、私達も最初にこの絵が怪しいと思って同じ条件で踏んでみたんですけど、なにも起こりませんでした」
みんなで問題の絵を覗き込む。
大きさは50センチ四方の優しい色彩で描かれた花の絵だった。
少し破れているのはメアリーちゃんが踏んだ名残かな?
「「あ!!」」
私とガイモンさんの声が重なった。
「これ、ただの花の絵じゃないぞ」
「この花の絵の下にルメーナ文字の魔法陣が書かれてます。しかもこれは転移の魔法陣ですね」
「「「転移の魔法陣?!」」」
驚く皆をよそに、私とガイモンさんはこの魔法陣の解析をする。
「この魔法陣に書かれている転移先がエイベルさんがいた外のあの木の場所みたいですね」
「三百年前のあの場所は厩だったみたいだ。この部屋の住人は外へ出るのが面倒だったんだな。ここから直接厩に行けるようにしようだ」
「なるほど、ルメーナ文字の転移魔法陣か。確かに自分の魔力で発動する転移魔法だと、魔力量で飛べる距離に違いが出るし現代文字の転移魔法陣は正確な場所の計算が必要で面倒だ。だが、ルメーナ文字なら文字自体に魔力がある。目的の場所を綴ればいいだけだ。多分、この魔法陣が書かれた用紙に手を触れれば何人でも一気に転移ができるだろうな」
「それってすごいわね。でもその転移の魔法陣でなんで入れ替わり現象が起きたのかしら?」
ルー先生の言葉に私は自分の推理を話す。
「それは、守護の魔石が反応したからだと思います」
「「「守護の魔石?」」」
メアリーちゃんの義足に使用した核魔石。
これには、ルメーナ文字で綴った強力な守護の陣が組み込まれているのだ。
あの絵を踏んだ時に普通は一瞬で外に転移するはずが、危険と感知した守護の力がメアリーちゃんの転移を阻止、その結果魂だけが飛ばされ、たまたま転移先にいたエイベル君の中に、そしてはじき出されたエイベル君の魂がメアリーちゃんの中に納まったのではないかと。
二回目にメアリーちゃんとエイベル君が試したときはこの絵が破れていたので何も起こらなったにちがいない。
「「「なるほど……」」」
そうと分かれば、入れ替わり大作戦だ。
ガイモンさんと私で絵に描かれたルメーナ文字の魔法陣を再現、その魔法陣に確実に入れ替わりが成功するように新たに条件を構築した。
無事にメアリーちゃんとエイベル君の入れ替わりが成功。
八か月ぶりに自分の身体に戻った二人はお互い抱き合って喜びをかみしめていた。
「ああ、良かった。本当に皆さん、ありがとうございます」
「これで無事に赤の騎士団の入団テストが受けられます。皆さん、ありがとうございました。お兄さんありがとうございました」
そう言って、エイベル君がガイモンさんの手を握る。
「俺は君の兄じゃない!」
「ガイモンさん、おとなげないでしゅ」
「ワン!」
「無事に戻って良かったな。さあ、日が暮れる前に山を下りるとしょう」
「あ、待って。ジーク先生。これを元の場所に戻してきます」
私は作業台の絵をもとの場所に戻すべく階段下の壁に近づいた。
ガタガタガタ
え? なに、地震?
私の足元の床が突然揺れだしたと思ったら、あっという間に床が消えた。
ひえー! お、落ちる!
「きゃー!!!」
「マリア!!!」
私の悲鳴とジーク先生の声が混ざり合う。
瞬間、ジーク先生に抱き留めながらぽっかり空いた穴へと落ちていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます