第104話 メアリーちゃんと赤毛の美少年

「今、大変困った状況なんです。どうか、俺たちを助けてください」


 工房のダイニングに案内したはいいが、椅子を勧める間もなくそう言って頭を下げるメアリーちゃん。


 赤毛の美少年は潤んだ瞳でガイモンさんの腕にしがみついている。


 ライナンス学園の制服である藍色のローブの上からでもわかるほど均整のとれた体躯、形の良い耳を出した赤いくせ毛は長すぎず、短すぎず。

 ややつり上がった水色の瞳の爽やか系美少年。

 一方、すらりとした長身にサラサラの茶髪、優し気なチョコレート色の瞳の癒し系美青年のガイモンさん。

 なんだか、見てはいけない絵面が展開中である。


「とりあえず、メアリーの話を聞こう。座ってくれ。君もそちらに掛けてくれ」


 自分の腕にしがみついている赤毛の少年を引き離そうと向かい側の椅子を勧めるガイモンさん。

 しぶしぶと言った感じでメアリーちゃんと並んで座る赤毛の少年。

 その向かい側にガイモンさん、私、ルー先生、そしてベリーチェとクラウドがひとつの椅子に一緒に座った。

 シュガーは私とルー先生の足元に寝そべった。

 皆が席に着くと、ナタリーはお茶を入れるためにキッチンへ向かった。


 そんな中、メアリーちゃんはべリーチェとクラウドを興味深げに見つめた後、私達に訴えかけるように口を開いた。


「今の俺の姿はメアリーですが、中身はエイベル・コルケットと言います。エイベルと呼んでください。メアリーと同じライナンス学園のクラスメイトです。信じられないかも知れませんが、俺たちは中身が入れ替わってしまったんです」


「ちょっと、待ってくれ。そんな話、すぐに信じられると思っているのか? あ! もしかして、あれか? ほら、学生時代によくやる悪ふざけ。俺たちが信じた様子を見せたら思いっきり笑おうと思っているんだろ? メアリーも人が悪いな」


 えっ、まさかのドッキリ企画?

 そうなの?

 物陰からプラカード持った人が現れちゃうの?

 怪しい人影がないかキョロキョロしだす私にルー先生が声をかけた。


「マリア、落ち着きなさい」


 はい……。


「本当なのよ。信じてちょうだい。どんな時も私のことを守るって言ってくれたじゃない」


 エイベル君がそう訴えると、ガイモンさんが困った顔で答えた。


「いや、君のことを守るなんて言った覚えはない」


「ひどいわ! 言ったじゃない」


「男を守る趣味はない。しかも見ず知らずの男はな」


「見た目は男だけど、中身は女よ! それに見ず知らずの仲じゃないわ。私達はずっと、一緒に暮らしてたもの」


 なんだか、男とオカマの痴情のもつれに見えるのは私だけだろうか?


「だから、私がメアリーなのよ。もう! あ、マリア様ならわかりますよね?」


 ふ、ふらないで……。

 助けを求めるようにルー先生に視線を向けたがスッとそらされた。

 裏切者め。


「えっと、そ、そうですね。メアリーさんは一年会わないうちにさらに綺麗になりましたね。もうびっくりです」


 ええ、もう色々な意味でね。


「まあ! マリア様ったら。ありがとうございます。でもマリア様の方が一段と麗しくなりましたよ」


 もじもじと照れて赤くなるエイベル君は、どこからみても立派なオカマちゃんだ。


「だいたい、君がメアリーだと言う証拠はどこにあるんだ?」


 ガイモンさんの言葉がちょうど終わったタイミングで、ナタリーがトレイにカップを乗せて戻ってきた。


 それをエイベル君がひきとりそれぞれの前に置いてくれた。


「はい、マリア様はひまわりの柄のカップね。お砂糖は二杯。ガイ兄さんは緑のマグカップ。ルーベルトさんは青のカップ、早く冷ますようにスプーンを入れときますね。ナタリーさんはイチゴの柄のカップね。ここに置いときますね」


「「「メアリーだ!」」さんだ!」


 私達の声が重なった。


 見た目エイベル君は躊躇することなく、個人のお気に入りのカップをそれぞれの前に置いたのだ。


「なるほど、入れ替わったというのは本当のようだな。信じられないが、信じるしかない。なにが原因なのかわかるのかい?」


 ガイモンさんの一言に安心したように息をつく、見た目メアリーちゃんで中身エイブル君と、見た目エイブル君で中身メアリーちゃん。


 それにしても面倒くさい。

 これはもう中身の名前で呼ばせてもらいますかね。


 さあ、エイベル君の話を聞きましょう。


 この入れ替わり現象が起こったのは校外での試験中。

 なんでも、今年のライナンス学園三年生の試験は遺跡探索だったという。


 四、五人のグループに分かれて東部地区と西武地区の境界にある遺跡の魔方陣を読み解くという試験だったそうだ。


 この遺跡は四年前、新たに発掘されたおよそ三百年前の建造物。

 王城騎士団と魔導師団が調査を終え、危険はないと言うことで試験会場使用の許可が降りたそうだ。


 この建造物、元は魔術研究所だったようでいたるとこに魔法陣が敷かれているので試験にはもってこいらしい。

 夏の長期休みの前に行われたこの試験。

 毎年帰省していたメアリちゃんが、昨年だけ帰省しなかったのはこの入れ替わり現象のせいだった。

 夏の長期休み期間に何とかこの状況を打破しようと奮闘したが結果がでず、今に至るということだった。


「寮生活をしている時は二人で協力して周りにばれないように過ごしてたんですど、卒業した今、なんとしても元に戻らないといけないんです。俺は、四月の半ばにある赤の騎士団の入団テストを受ける予定なんです」


「赤の騎士団?」


 首をかしげる私にルー先生が教えてくれた。


「騎馬隊と呼ばれる集団よ。赤の騎士団希望ってことはエイベル君はテイマーのスキル持ちね」


「はい。そうです」


 なんでも赤の騎士団は騎馬隊と言っても馬だけじゃなく、魔獣を使役するらしい。

 そのためテイマーのスキル持ちじゃないと入団できない。

 テイマーは自分の使役魔獣をいろいろな場所に召喚するために魔法陣を自在に操る技術が要求される。

 十二歳の時に学園選択で迷ったエイブル君はギルドでスキルを鑑定してもらいライナンス学園を選んだそうだ。

 ライナンス学園は魔術関係の教育水準が高いものね。

 

 エイベル君は代々騎士団に籍を置くコルケット男爵家の四男。

 頭の固い両親にこの状況を説明してもなんの解決にならないと思い、メアリーちゃんのお家に一緒に来たというわけだ。


「その入れ替わり現象が遺跡で起きたなら、その遺跡に何かがあるのかもしれないな」


「俺達もそう思って遺跡に行ってみたんですけど何が引き金になったのかわからず、途方にくれてます」


「そうなの。この入れ替わりが起こったのは試験中だけど、私達は違うチームで、いた場所も違ったのよ。だから何が原因かが本当にわからないのよ。何回か同じ場所に行ってみたんだけど……」


 ふむ……。

 それは困りましたね。

 何にしても、エイベル君の入団テストまでに問題解決しなくちゃ、中身メアリーちゃんが受けるはめになっちゃうものね。

 みんなで頭を悩ませる中、イントラス学園で卒業パーティーの跡片付けが終わったエリアス先生とジーク先生が帰ってきた。


「あれ? 皆なに深刻な顔してるのさ。あ、メアリーちゃん、お帰り。卒業おめでとう」


「ああ、メアリー、帰って来たんだな。無事卒業おめでとう。お? 彼氏も一緒に連れてきたんだな。そうか、もしかしてガイモンさんに結婚の申し込みにきたのか?」


「な、な、なに言ってるんですか?! ジークさん! け、結婚なんてまだするわけないじゃないですか! 私はこれからガイ兄さんの役に立てるようにお仕事をお手伝いするんですから」


「君、メアリーを目の前にして結婚するつもりはないなんて言ったらダメじゃないか。女性は傷つくと思うぞ」


「そうだよ。それに、すでにガイモンさんを兄と呼んでるということはそういうことなんだよね?」


 ああ、そうだよね。

 知らない人が見たらそう思うよね。


「あの、ジーク先生にエリアス先生。違うんですよ。エイベルさんがメアリーさんで、メアリーさんがエイベルさんなんです」


「「はあ?」」


 ですよね。




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