第103話 あちらもシスコン、こちらもシスコン

「! エリアス先生とジーク先生、どうしたんですか?その傷」


 学園のお休み返上で魔物討伐試験の追試を受けてリシャール邸に帰って来ると、エリアス先生とジーク先生が傷だらけで工房のソファに倒れこんでいた。


 瞼は腫れてるし、唇の端は切れて血がにじんでるし、洋服もヨレヨレだ。


 私の問いかけにガイモンさんがエリアス先生の顔を冷やしながら口を開いた。


「あーこれはな、リシャール伯爵からの教育的指導が入った結果だな」


「教育的指導? なんですかそれ?」


 今度は、ジーク先生の肩に薬草湿布を貼りながらルー先生が口を開く。


「先週のマリア達の遭難事件が発端ね。『教師として学園に潜入していたにもかかわらず、マリアを守れなかったのは護衛としてたるんでる、鍛え直すぞ!』って騎士団に連れていかれてこの通り」


 あっちゃー。

 お父様ったら。


「す、すみません。すぐに治癒魔法かけますね」


「あ、ダメだよ。それ禁止されてるから」と、エリアス先生。


「うむ。総団長からマリアの治癒魔法は受けてはならんとのお達しなんだ」と、ジーク先生。


 そんな無茶苦茶な。


「もう、そんなの無視ですよ。お父様には後できっちり話をつけますから。はい、やりますよ」


 問答無用で二人に治癒魔法をかけ全身の傷を治す。

 こんな顔で登校したら、大騒ぎになっちゃうもの。

 エリアス先生とジーク先生は今や学園のスターなのだ。

 これは『赤の賢者の真実』が広く国民に浸透した結果だ。


 もともとエリアス先生とジーク先生は端正な顔立ちのイケメンなのだ。

 瞳の色が赤いという理由だけで遠巻きにされていたが、その障害がなくなった今、改めてその魅力に気がついた女生徒が続出。


 私の護衛として学園に潜入していることは極秘事項。

 まあ、この工房で義足を作成したリリーだけは知っているんだけどね。

 それなのに、騎士団総団長にボコられたなんて発覚したらいらぬ憶測を生みかねない。


「それよりマリア。もうそろそろアンドレ様が帰ってくるんじゃない? 正門前で待ってたほうが良いと思うわよ」


 ルー先生の一言にハッとして立ち上がると一目散に走りだした。

 遭難事件の翌日から、アンドレお兄様は私の姿が見えないと血相変えてさがしに来る。

 今日の討伐試験の追試も一緒に付いていくと言って大変だった。

 こっそりと変装してまで付いてこようとするので、代わりにクラウドを青の騎士団へ連れていってくれるようお願いしたのだ。


 自分の体長を偽装してまで私の側を離れたくないクラウド。

 一方、青の騎士団に引き取り飛行訓練をしたいゴットさん。

 双方の間を取って、日中に飛行訓練のため青の騎士団に通うこととなったのだ。

 そのクラウドの送迎をアンドレお兄様にお願いしたというわけ。


 だって、討伐試験にベリーチェを連れていたことで追試になったのに兄の同行が許されるわけがないじゃない?





「お帰りなさい、アンドレお兄様!」


「マリア! わざわざ出迎えてくれてるなんて感激だな。やっぱり、マリアはそこに存在してくれるだけで良いんだ。妹なんて小さな枠にこだわって思い悩んでいた僕がバカだったよ。マリアはマリアなんだ。愛おしい存在ということは間違いないんだ」


 ん? ちょっと、言ってることがよくわからないけど、取り合えずご機嫌なようだから良しとしますか。




 ***************




 魔物討伐試験の追試も無事に終わり、二年生の学園生活もあと少しとなった。


 因みに追試の結果は私もシリウスも三個の魔石を獲得。

 各クラスの成績は、我がA組は三十五個、サムのB組は三十四個、シリウスのC組はなんと、四十個だった。

 これは、過去の魔物討伐試験で最高の成績だそうだ。

 まあ、魔物寄せの魔道具を使用したから出来たことだけどね。


 シリウスの専属執事だったアドルフはニューマン公爵家の嫡男の命を脅かしたとして拘束され牢屋行き。

 シリウスは改めて父親から『私の跡を継ぐのは、お前しかいない。命をだいじにしてくれ』と言ってもらい安心したようだ。


 これは二人で魔物討伐試験の追試を受けた時に教えてもらったことだ。


 あれからシリウスは傲慢な態度をとることがなくなった。

 それはエミリエンヌも同じ。

 エミリエンヌ・ベリオーズは私達の『魔道具研究部』に入部した。

 取り巻きのご令嬢、ベルナデッタ・カプアーナとカメーリア・コルシーニも一緒だ。

 ソルミュ商会の三男であるダイムに、魔道具を発明して見てもらうと張り切っている。

 いつの時代も恋する乙女のパワーはすごいのだ。


 このC組のツートップの変貌ぶりに様々な憶測が飛び交うなか、なぜか私は『猛獣使いのマリア』という乙女としてはアウトな異名がついた。

 まったくもって、嬉しくない。



 そして季節は変わり、新しい年が明けた翌月に私は14歳になった。

 身長も少し伸び、158センチとなったが相変わらずバストサイズは自己主張が控え目なまま。

 きっと性格に似てしまったのだろう。




 今日はライナンス学園を卒業したメアリーちゃんが帰ってくる日。

 私とガイモンさんは出迎えるべく、正門で待機中。


 学園の三年間を寮で過ごしたメアリーちゃん。

 二年生までは長期のお休みになると、このリシャール邸に帰って来ていたが、三年生になってからは一度も帰って来ず、一年ぶりの再会だ。

 きっとさらに美しさに磨きがかかっているはず。


 本当はガイモンさんが迎えに行く予定だったが、今日の午前中にギルドから義手の依頼があり抜けれなかったのだ。

 代わりに、ルー先生とナタリーが迎えに行っているのだ。


「ガイモンさん、落ちついて下さい。お腹の空いた熊みたいですよ」


 仕方ないか、ガイモンさんも相当なシスコンだものね。


「マリア、ざんねんでしゅが、ガイモンさんはふつうの人間にしかみえないでしゅ。クマに見えるといえばやっぱりルキーノさんでしゅ」


「ワン! ワン!」


「キュー、キュー」


「ほら、シュガーとクラウドもそうだといってるでしゅ」


「ベリーチェ。人間に見えるのは、残念なことじゃないのよ。むしろ熊に見えてしまうルキーノさんの方が残念と言えるわね」


「こらこら、なにげにルキーノさんの悪口言っちゃダメだろう」


「マリア、わるぐちダメでしゅ」


「なんで私のせいなのよ?」


「ワオーン!」


「あ! シュガーが、もうすぐつくっていってるでしゅ」


 ほどなくすると、リシャール家の紋章入りの馬車が門から入ってきた。


 止まった馬車から飛び降りてきたのは赤い髪の美少年。


「ガイ兄さん!」


 少年はそう叫ぶと均整のとれた筋肉質の腕を広げてガイモンさんに抱きついた。


「うっぐぇ」


 思いっきり抱きつかれたガイモンさんは変な声を出しながら倒れないように踏ん張った。


 端から見たら見目麗しい男同士の抱擁だ。

 っていうか、君誰やねん? 


 ガイモンさんと赤毛の美少年が抱擁している背後から、一年前よりも綺麗になったメアリーちゃんが降りてきた。


「はあ……目の前で男に抱きつくのは止めてもらいたい」


「メ、メアリー、これは違うんだ。何かの間違えだ」


 しどろもどろのガイモンさん。

 まるで浮気現場を目撃された夫のようだ。


 馬車からは順にナタリーとルー先生も降りてきた。

 目の前に繰り広げられているBとLの世界を横目に私のところにゆっくりと歩いてくる。


「メアリー、本当だ。まったく知らない子なんだ。き、君、離れてくれ」


「ひ、ひどいわ! ガイ兄さん。私よ、わかるでしょう?」


 ま、まさか、ガイモンさんったらそっちの世界の人だったのか?


「ガイモンさん。責任はとった方がいいかと。私はガイモンさんがどんな性癖を持っていてもお仕事のパートナーとして尊敬してますからね」


「マリア! 誤解されるような言い方はやめてくれ。本当に知らない子なんだよ」


 赤毛の美少年にガッツリと抱き締められているので身動きが取れないガイモンさん。


「いや、俺もそういう趣味はないんで。ほら、メアリー、まずは離れてくれ」


 ん? なぜにメアリーちゃんが赤毛の少年を『メアリー』と呼ぶのか? しかも『俺』って言った?


「マリアお嬢様。なんだか大変なことが起こってるんです」


 ナタリーが私の耳元で困ったような声を出す。

 反対の耳元でルー先生がため息混じりに喋りだした。


「なんだかね。赤毛の少年とメアリーの中身が入れ替わったっていうのよね。迎えに行ったあたし達も驚きで声も出なかったわよ。取り合えず、二人とも連れてきたの」


 はあ?!

 入れ替わった?!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る