第102話 日本~美月(妹)side
舞台は日本。
満里奈(マリアーナ)がいなくなって三年後の妹sideのお話です。
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「おーい! 美月! こっちよ」
ガヤガヤとした洋風居酒屋で私の名前を呼ぶ声に振り向くとそこにはもう今日の飲み会のメンバーが勢揃いしていた。
私が一番最後だったか。
今日は姉の友人たちとの飲み会なのだ。
私の姉、秋本満里奈が行方不明となって早三年。
当時は『死体なき殺人事件』などど騒がれたが、人の噂も七十五日とは良く言ったもので、あっというまに人々の記憶から忘れ去られた。
事件現場には致死量に値する姉の血痕が残っていたが、死体がないので犯人は不起訴。
私達家族の怒りと、悲しみは言葉には出来ないほどだった。
特に引きこもり時代を支えてもらった私は、足元が崩れていくような感覚に陥った。
そんなわたしに手をさしのべてくれたのが姉の友人たちだった。
『満里奈はどこかできっと生きてるわよ』
『そうだ、あいつは見た目と違って逞しいぞ』
『何年たっても私たちは待っていましょうよ』
そう言って泣いている私の頭を撫でてくれた。
自分達もボロボロ泣いていたのにね。
「「「美月お疲れ~」」」
「はい、皆さんもお疲れさまです」
ジョッキ片手に乾杯。
この飲み会もなんだかんで五回目。
毎年、姉が行方不明になった日と、誕生日にこうして集まっているからね。
お姉ちゃん、私は今年で二十七歳になるよ。
お姉ちゃんがいなくなった時の年齢になったよ。
そして今年も皆集まってくれたよ。
元々は姉の高校時代の友人7名が立ち上げた飲み会だが、今では大学時代の友人や会社の同僚も集まりだし男女合わせて十七名の大所帯。
こうして集まっては姉の昔話を語るのがこの飲み会の主旨なのだ。
「今日の昼飯にカレー食べて思い出したんだけど、高校の校外学習の時のカレーがさ、俺らの班だけ変に甘かったんだよ。後から満里奈に聞いたら隠し味にミルク味の飴を入れたって。もうビックリだよ」
お姉ちゃんの高校の同級生の青木さんがそう言うと、懐かしそうに目を細めて茜さんが答える。
「ああ、あれね。ほら、よくカレーの隠し味にインスタントコヒーとか、チョコレートを入れるじゃない? それで満里奈が、チョコレートは食べたからないけどミ○キーならあるから入れちゃおうってね」
「えっ? それってどんな味なんだ? 想像もつかないな」
大学の同級生の斉木さんが目を丸くする。
「ふふふ。お姉ちゃん、ちょいたし大魔王なんです。よく調理の時に変なもの入れて失敗するんですよ。手先は器用で包丁さばきも完璧なのに、味付けだけはダメ人間でしたね」
「へぇー。見た目は清楚な美人でなんでも器用に出来そうなのにな。そう言えば、痩せの大食いだったよな。そして、けっこう気も強かったな」
斉木さんのその言葉に美奈さんが右手を振りながら声をあげる。
「そうそう、曲がったことが嫌いでね。あ、ほら覚えてる? 私の就活中に企業への口利きをたてに、セクハラした教授。満里奈ったらその教授の股間を蹴りあげて警備員呼ばれてさ」
盛大に手を叩きながら星野さんが口を開く。
「ああ、あったな。怒った教授が、『謝罪しないなら退学だ! 傷害罪で訴えてやる!』って騒いだんだよな」
「そ、それでどうなったんですか?」
勇ましいお姉ちゃんの武勇伝に身を乗り出したのは会社の後輩の深雪ちゃん。
入社当時からお姉ちゃんに仕事を教えてもらっていたらしく、私と同い年ということもあり、今では前からの友達のような存在だ。
「くくくっ、それがね、満里奈ったら、『では、謝罪の記者会見を開きますので報道陣を呼びます』って本当に新聞社に電話しちゃってね。あわてた学長が止めたのよ。その教授からのセクハラの訴えが他の子からも出ててね。それが奥さまにもバレて、結局辞めたのは教授の方だったわね。あの時のことを思い出す度に満里奈に感謝だよ」
「私も、満里奈先輩に助けられたことがあります。新入社員の時に課長にしつこく飲みに誘われて困っているときに、『課長、では私が奥様にお電話しておきますね。課長が新入社員の女の子をしつこく飲みに誘っているので夕飯はいりませんって』そう言って本当に電話しちゃったんですよ」
深雪ちゃんの話にドン引きの男性陣。
「うわー。その課長さん、敵にまわしてはいけない相手を敵にしたな。でもさ、満里奈らしいよな」
斉木さんのその言葉にちょっとしんみりする。
「満里奈ってさ、良い意味で子供だったよね。純粋な心のまま大人になったっていうか。今の言葉で言うと天然? 高校の時にね。本人は隠してたけど、誰が見てもズラだってわかる化学の先生がいてね。その先生に向かって、『髪が右にずれてますよ』って言って直そうとするから私と茜で羽交い締めにしたことがあるのよ。本人まったく悪気なし、むしろ親切心MAX」
「あ! 似たようなことが会社でもあったわよ。社長の頭を見てクスクス笑ってた新入社員に『あなたたち、ズラに見えるからって笑うなんて失礼よ』って大きな声で注意しちゃって。エレベーターの中、しかも社長も一緒の時だったのよね。もうあわてて次の階で降りたわよ。もちろん満里奈を引きずってね」
ううっ、早苗さん本当にすみません。
お姉ちゃんは、ちょいたし大魔王のうえに失言大魔王でもあるんです。
恐縮する私をよそに皆さんは爆笑している。
「本当に、満里奈は見た目と中身のギャップがすごかったよな。見た目だけで近づくと痛い目をみる」
赤井さんの言葉に男性陣が一斉に頷く。
「そうね。あの満里奈のストーカーは見た目だけしか見てなかったのよね。だから反撃されてさぞ驚いたでしょうね」
「自分が刺されても、そのナイフを犯人の足に突き立てるなんてさすが満里奈よね。転んでもただでは起きない的な」
「でも、なんでストーカー被害に遭ってるって私達に相談しなかったのかしら? 相談してくれてたらこんなことには……」
あ、いつもの落ち込みタイムだ。
いつもこの話題になって一旦みんなどん底まで落ち込んでそれぞれが後悔の念を抱くんだ。
そして、お姉ちゃんのことを強く心に刻む。
「あ、あのさ。次回のこの会に連れてきたい人がいるんだけどいいかな? 俺たちの会社の技術開発部の先輩。満里奈の事件の日に一緒に仕事をしてた麻生さんっていうんだけど、あの日から毎日自分を責め続けてるんだ」
お姉ちゃんの会社の同期である松本さんの話によると、あの日一緒に仕事をしていた麻生さんは自分は残業するからと、お姉ちゃんを先に帰したそうだ。
あの時、自分が一緒に帰っていればこんなことにはならなかったと言って、三年たったいまでも後悔しているらしい。
麻生さん……その名前なんか、聞いたことがあるような気がする。
会ってみたいと思った。
いや、むしろ会わなきゃいけないよね。
お姉ちゃんのことでもう苦しんでほしくないもの。
だって、お姉ちゃんはそんなこと望んでないし、きっと、どこかで生きているはず。
「松本さん、ぜひ今度麻生さんを連れてきてください。私が面と向かって言ってあげます。『あなたのせいではありません』って。それにお姉ちゃんは生きてますから。どこかできっと生きてますから」
***************
「へっくしょん! へっくしょん! おおっと、なに? 誰かが噂をしている?」
「マリアお嬢様、お下品ですよ。ちゃんとハンカチで口元を押さえてください。またお腹出して寝てましたね? 今週末はお休み返上で魔物討伐試験の追試ですからね。風邪なんてひいてられませんよ?」
「わ、わかってるわよ。シリウスと一緒に追試を受けるんだから負けていられないわ。絶対に多く魔石を集めてみせるわよ」
「さすが、マリアお嬢様。でも、今度は遭難なんてしないでくださいね。再度マリアお嬢様になにかあれば、旦那様がシリウス様に何をするかわかりませんよ。シリウス様のお命は、マリアお嬢様が握っていると言っても過言ではないですからね」
「も、もちろんよ。遭難なんてしないわよ」
命、だいじ、とってもね。
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