第101話 懐中時計大量発生

 騎士団に無事保護された私達。

 

 十人の騎士団員に引率され森の入り口近くの開けた草原地帯に着くと、お父様が私達に向かって声をかけた。


「君たちはこの場で待機していてくれ。全員が無事なことを学園長に報告してくる。生徒を危険な目に合わせた責任も追及しなくてはな。マリアにもしものことがあったら、学園長の命をもってしても償うことはできないところだった。私も無駄な血を流さずに済んでほっとしたよ」


 お父様の一言で私の隣にいたダニエルが顔面蒼白になり、シリウスは今にも気絶しそうによろけた。


「お、お父様、落ち着いてください。これには訳があるんです。学園長はなにも悪くないんです」


「も、も、申し訳ありません! すべて僕のせいです!」


「ほう? 君のせいとは? 名は何と申す?」


「シ、シリウス・ニューマンです」


「ニューマン……。ニューマン公爵家の子息か。君のせいでこのような事態に陥ったというのか?」


 体中から冷気を漂わせるお父様にシリウスは壊れた人形のようにガクガクと首を上下に動かす。


 寒い、寒いです、お父様。

 14歳の少年を前に大人げない態度のお父様の前に立ちはだかり、事の顛末を説明した。

 シリウスは騙されたこと、きっとこの場に犯人が来るであろうこと、自分たちでお仕置きする段取りをしてあることを言うとお父様は先ほどとは打って変わって笑顔を向けた。


「なるほど。話は分かった。そのアドルフという者が元凶というわけか。マリアが自分たちの手で仕返しをしたいというのなら止はしないよ。その者の自白が取れ次第騎士団で取り調べを行うことにしよう。では私達は学園長のところに行ってくるよ。森の入り口の関係者待機場所にアドルフという者がいたらここに誘導しておこう」


 そう言ってお父様をはじめとする騎士団の人たちは、草原地帯を後にした。




「マリア、今回は大変な討伐試験になったな」


 不意に声をかけられて驚きながら振り向くと青の騎士団、団長のゴットさんと副団長のドミニクさんがいた。


「ゴットさん! それにドミニクさんも!」


 先ほど私達の頭上を旋回していた三頭の竜も少し離れたところでちんまりとお座りをしている。

 ゴットさんが乗っていたと思われる茶色の竜に、ドミニクさんのバディのラウル、それに体長二メートルほどの白い子竜だ。

 なんだか、私達のために申し訳ない……。

 皆で口々にお礼と謝罪の言葉を口にすると、ドミニクさんが笑いながら言った。


「こんなことくらいなんでもないですよ。マリア嬢はラウルと私の恩人ですからね」


「きゅう、きゅ、きゅー!」


 そうだと言わんばかりのラウルの鳴き声に思わず笑みがこぼれると、隣にいた白い子竜が頭を上下に揺らし『きゅう、きゅう』と鳴きながら私を目掛けて走って来るではないか。


 な、なんだ?

 えっ、ちょっと、さすがに子竜とは言え二メートルの巨体に体当たりされたら怪我するんじゃない?


 思わず逃げようと後ずさりをすると横からべリーチェが一言。


「あれは、クラウドでしゅ」


 へ? クラウド? そ、そう言えば、あの可愛らしい黒い瞳は確かにクラウドのような?


「えー!! クラウド?! な、な、なんで? いきなり成長したの?」


「驚いたか? マリア。俺もこんな事態は初めてだ。クラウドの体長はこれが本当の大きさだ」


 思考が追いつかず口を開けたまま固まる私にゴットさんがさらに爆弾をおとす。


「クラウドは自分が二メートル以上成長したらマリアと離れなくてはいけないと思って自分の体のサイズを小さく変身させていたんだよ」


 うっそ!


「そうなの? クラウド?」


 大きくなったクラウドの首のあたりを背伸びをして撫でるとクラウドの体が見る見るうちに小さくなった。

 いつもの体長60センチサイズだ。

 可愛すぎか!


「きゅう、きゅう」


 抱き上げたとたん、満足そうに鼻筋を私の頬に摺り寄せるクラウドの様子にゴットさんが苦笑しながら口を開いた。


「マリア、とりあえず今日の事態が落ち着いたらクラウドの今後を相談しよう」


 そう言って、ゴットさんとドミニクさんは帰って行った。

 その後ろ姿を見送っていると、森の入り口から一人の青年がこちらに向かって歩いてきた。


 その姿を見て、シリウスがギュッと両手を握りしめる。


「シリウス、もしかしてあれがアドルフ?」


「ああ、あいつがアドルフだ」


 切れ長の青い瞳にブルーグレーの短髪。

 執事服に身を包んだ二十代前半の青年だ。


「シリウス様、ご無事で何よりです」


 シリウスが無傷で帰ったことに表面上は喜ぶふりをしていたが、一瞬顔を醜く歪めたのを見逃さなかったよ。

 さて、いよいよお仕置きの時間ですね。


 皆がそれぞれの顔を見合わせながら頷きあい、あらかじめ相談していた位置についた。

 私は素早くアドルフの逃げ道を塞ぐように結界を張った。


 結界の外では、平民の子達が騒ぎ出す先生や保護者を押しとどめているのが見える。


 突然張られた結界にキョロキョロと周りを見るアドルフに向かって、シリウスが例の懐中時計をポンと投げた。


「アドルフ、これありがとう」


 無意識にそれをキャッチするアドルフ。

 それと同時に皆の陰に隠れていたエミリがマジックポーチからワイルドモンキーの死体を出す。

 すかさず、その死体を『傀儡』のスキル持であるB組のブライアン・アルフォードが動かす。


 突然現れた魔物に、アドルフはあわてて手の中にある懐中時計を投げ捨てた。


「う、うわー! ま、魔物だ!」


「アドルフさん、これ落としましたよ。大事なものでしょう?」


 そう言いながら私は拾い上げた懐中時計をアドルフの執事服の胸ポケットに押し込んだ。


「や、やめろ! これは懐中時計じゃない! 魔物寄せだ! くっそ、ポケットから出ない!」


 必死に胸ポケットから懐中時計を取り出そうとするアドルフにブライアンはワイルドモンキーの死体をまるで自分で歩いているかのように近づける。


「た、助けてくれ! ま、まずいぞ、こうしてる間に上級魔物までも集まってくるぞ! そうしたら君達も巻き添えだぞ! 早くこの懐中時計をポケットから出してくれ!」


「上級魔物? なに言っているんだ。その懐中時計にそんな効果はないだろ?」


「そ、それは、ああ! くっそ! っつ、やっと取れた! これはシリウス様用なんだ。お返ししますよ」


 そう言ってポケットから取り出した懐中時計をシリウスに向けて放り投げようとしたアドルフの動きが止まった。


「な、なんだ? 石? 嘘だ、さっきは確かに懐中時計だった」


「あ、すみません。私としたことが。懐中時計はこちらでした」


 そう言って再度、懐中時計をアドルフの胸ポケットに入れる私。

 サービスで三個ほど、入れてあげましょう。

 え? なぜ懐中時計がそんなにあるのかって?

 そりゃあ、作ったのさ。変換術でね。

 もとはただの石。


「っつ! やめろ! 入れるな! このくそ女!」


 その瞬間、一気に周りの空気の温度が下がった気がした。

 この結界の中での会話を風魔法が得意なC組のコンスタント君とジェフリー君が結界の外の皆さんへと送っているのだ。

 当然お父様も聞いているはず。


「なんだ? 俺もそれと同じ懐中時計を持ってるぞ。森で拾ったんだ。アドルフさんのだったのか。返すよ」


 そう言ってサムは反対の胸ポケットに懐中時計を三個ほど入れる。


「や、やめろ!」


「おお! それなら俺も拾ったぞ。ほら返すよ」


 手を振り回しながら抵抗するアドルフの隙をついて、ダニエルはスラックスのポケットに四個ほど滑り落とす。


「やめろといってるだろが!」


 アドルフの言葉を笑顔で聞き流し、ダニエルがさらに反対側のポケットに四個入れる。


 アドルフは身をよじりながらポケットの懐中時計を取り出そうと必死だ。

 だが、ぱんぱんになったポケットからは、なかなか取り出せない。

 よく見れば、大きさもまちまちで全部偽物とわかるのだが、次から次へと同じような懐中時計が出てきては自分の服のポケットに入れられる事態に思考が追いつかない様子のアドルフ。


 さあ、そろそろお仕置きの主役に登場してもらいますか。

 陰に隠れて、ウエストポーチから素早くワイルドモンキーキングの死体を出すと、ブライアンが操りだす。

 それを見たアドルフが悲鳴を上げた。


「ひぃー!! 上級魔物だ! お前らは馬鹿なのか! この懐中時計は上級魔物寄せだ! 早くこれを遠くに投げないともっと魔物が押し寄せてくるぞ!」


「上級魔物寄せ? アドルフは僕に渡すとき『下級魔物用』だと言ってたよな?」


「そんなの嘘に決まってるだろ! 早く、早く懐中時計を! この懐中時計には効果封じをつけてないんだぞ! 魔物が、魔物がくる!」


「嘘? なんでそんな嘘を? 理由を言ったら魔物から助けてあげるよ」


「理由だと? 俺みたいな優秀な人間が、没落寸前の男爵家の生まれというだけでお前みたいな生意気なガキに仕えなきゃいけないのが我慢ならなかったからだ! くっそ、怪我の一つもしてないなんてどうなってるんだ! 早くこの魔物達をなんとかしろ!」


 なんつう、自己中男だ。


「あなたのような性根の腐った奴が専属執事なんて、シリウスに深く同情するわ。確かに、シリウスは傲慢で生意気でこれっぽっちも可愛げがないけど、勉強も魔法も剣術も人一倍努力しているのよ。あなたのように努力もしないで人を恨むだけの大馬鹿が傷つけて良い相手じゃ無いのよ!」


「悪かったな、可愛げがなくて」


「あっ、えっと……。聞こえた?」


「当たり前だ。目の前で言っておいて聞こえないとでも?」


 ですよね……。





 その後、結界の外から会話を聞いていたお父様達がアドルフを騎士団まで連行して行った。


 私達はそれぞれの担任教師のもとに集合。

 クンラート先生の充血した目を見るとかなり心配をかけたことがうかがえる。


「お前たち、本当に無事に帰ってきてくれて良かった。俺は寿命が十年縮んだぞ。獲得した魔石を出してくれ。上級魔石と中級魔石もあるのか。全部で十五個?! これはすごいな。一人当たり三個ってとこだな。じゃあ、マリアの分の三個を差し引いた十二個がお前たちのチームの成績だ」


「えっ? な、なんで私の分を差し引くのでしょうか?」


「お前は追試だ。このピンクのくまっこはゴーレムだろ? ゴーレムの持ち込みなんて禁止に決まってるだろが」


「おじちゃん。くまっこ、ちがいましゅ。べリーチェでしゅ」


「べリーチェ、だめよ。どんなにおじさんにしか見えなくても、お兄さんと呼ばなきゃいけないって前に教えたでしょ?」


「あい。おじちゃん、ごめんなさいでしゅ。おじちゃんはおにいしゃんです。老けてみえるけど、おにいしゃんでしゅ」


「ちゃんとごめんなさいができて偉いわねべリーチェ。老け顔に罪はないものね。それにつっこむとこはそこじゃないのよ。あの、クンラート先生、べリーチェは守護の魔石の扱いというわけには……」


「いかないな。なぜなら、守護の魔石はしゃべらん。そして俺の独断で筆記テストもたった今追加した。俺は意外と心が狭いんだ」


 ええー!!

 そんな!





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