第98話 魔物討伐試験 ③
ダニエルの『遠目』を頼りに第一層と第二層の境界線に位置する洞穴に隠れることになった私達。
二十人の人間が入っても余裕の広さの洞窟だ。
これなら、負傷者も体を伸ばして休むことができるわね。
それになんだろうこれ? ひかるコケ?
岩の隙間に所々生えているコケが発光している。
おかげで洞穴の中なのにぼんやりと明るいのが安心できる。
「よし、とりあえず、ここで休もう。負傷者の容態と皆の体力、魔力の状態を見て今後の行動を決めよう。ここで一晩明かすことになる可能性が高いが」
ダニエルのその言葉に皆が頷く中、悲鳴のように声を荒げるご令嬢がいた。
「あ、あ、あなた、何をおっしゃっているの?! ここで一晩過ごすなんてごめんだわ! ここに魔物が押し入ってきたらどうするの?! そうだわ、入口に強固な結界を張ってちょうだい!」
あら、なかなかお元気ですわね。
ドリーやミルシェさんは魔力の使いすぎで、サムやシリウス達は、安堵と疲れのために岩場に座り込んでぐったりとしているのに。
C組のエミリエンヌ・ベリオーズ、シリウスとは違うチームのベリオーズ侯爵家のご令嬢だ。
そもそも、このご令嬢をかばってサムチームの平民の男の子が怪我をしたって話だけど、それもかばわれて当然のような態度にリリーとドリーは大変お怒りモード。
「落ち着いてくれ。もうすぐ日が暮れる。夜に森を歩くなんて自殺行為だ。それに、今持っている回復薬は帰りの分として温存していた方が得策だ。結界は今、マリアが張ってくれた。だが、これを長時間維持するとなると皆で交代でやるしかないな」
私に向かって、確認するようにそう言うダニエルに頷きながら口を開く。
「そうね。ここに上級の守護魔石があれば、それを媒体にして結界を維持すのは簡単なんだけどね」
溜息まじりの私の言葉にどこからともなく声が響いた。
「はい! だいじょうぶでしゅ! お守りクマしゃん、とうじょうでしゅ!」
ひぇー!
私がウエストに装着しているポーチからひょっこりと顔を出しているのはべリーチェではないですか。
「べリーチェ! な、なんで?! えっ? もしかしてずっとここに入ってたの?」
あわててウエストポーチからべリーチェを引っ張り出すと、嬉しそうに笑いながら抱き着いてきた。
「マリア! あいたかったでしゅ」
あはは……ずっと一緒だったみたいだけどね。
ご丁寧に深緑色の詰襟上着と黒の細身のスラックス、編み上げブーツに黒のローブという私とお揃いの服装だ。
うん、これはランとナタリーの手作りだね。
超絶可愛いから許しましょう。
突然、ウエストポーチから出てきたべリーチェに驚いた様子の一同。
それをしり目に、べリーチェは結界に触れて私の力が持続するように自分に埋め込まれている守護魔石と魔力を連動する。
仕事のできるクマさんだ。
「これで結界はマリアが、かいじょしないかぎりそのままでしゅよ」
「ありがとう、べリーチェ。助かったわ。これで安心して怪我人の治療ができるわ」
「そ、そうだわ。治療だわ。さあ、早く私の腕に治癒魔法をかけて頂戴。何休んでいるのよドリアーヌさん。あなたの仕事よ」
「エミリエンヌさん。ドリーは今休息が必要なんです。怪我の治療は私がやります。ですが、治療の順番は怪我の状態をみて優先順位を決めます。イデオン、怪我人を鑑定して重傷度を教えてくれる?」
「わかった」
「はあ? あなた何を言っているの? どうみてもこの五人の中で最優先されるのは一番偉い侯爵家の私でしょ? それに私の治療は聖巫女のドリアーヌさんがやるのが当然なのよ。あなたは他の人の治療をしなさいな。あ、それとそこの治癒魔法ができる平民も私の治療は遠慮してほしいわ。触られたくないもの」
「エミリエンヌさん、どうして最優先されるのが侯爵家のあなたなのですか? 侯爵家の功績はあなたのお父様のものですよね? あなたが偉いわけではありません。それとも、あなたはご自身の身分に値する功績がなにかあるのでしょうか?」
「功績? はっ、何よそれ? そんなものなくたって私には高貴な血が流れているのよ? 優遇されて当然なの。あなたそんなこともわからないの?」
おお、見事な上流階級意識。
それにあなたの怪我は鑑定したところ大したことないですから。
さてと、その間違えた思想を叩き潰してあげましょう。
「なるほど、父親の威光しか誇れる物はないってことですね。それでは、父親が亡くなった後はあなたには何の価値もありませんね」
「か、か、かち、かちが、価値が、な、な、ない?……」
あら、価値がない発言がよほどショックだったかしら?
でもまだまだよ。
「いいですか、侯爵家は領民から税金を徴収する代わりに領民を守るという義務が発生します。あなたがベリオーズ侯爵家の名を盾にするのなら平民を守る立場にいるということです。もしベリオーズ侯爵領から領民が一人もいなくなったら、どうなると思います? 今のあなたの生活を支えているのは高貴な血筋ではありません。領民です。すなわち、平民なんですよ」
「まものはその血がこうきかどうかなんてわからないでしゅよ? ここにいるみんなは、いっしょでしゅ。みんなあかい血がながれてるんでしゅ。こんなまものがいる森で、ちすじなんてなんの意味もないでしゅよ」
よく言ったベリーチェ。
さすがのエミリエンヌさんも口をパクパクしながらも言葉が出て来ないようだ。
「マリア、鑑定が終わったよ。一番重症なのはC組のこの女の子だ。すぐに治療して欲しい」
はい、それでは治療に取りかかりますか。
負傷者の治療も無事終了。
あんなにうるさかったエミリエンヌさんは少し憮然とした態度で私の治療を受け、痕も残らずキレイになった腕をホッとした表情で撫でていた。
そして、夜のごはんタイム。メニューはもちろんA級ランクのワイルドモンキーだ。
「ああ、疲れた。美味しいお肉が食べたいな。誰かA級ランクのお肉もってないかな~」と、呟いたところ、シリウスチームのロバートさんがそそくさとマジックポーチから出してくれたのだ。
「怪我を治療してくれてありがとう」の言葉を添えて。
解体はティーノと私でやり、お料理は、『調理』のスキル持ちのドリーとミルシェさんが担当。
洞窟の入り口に土魔法で即席のかまどを作り、火を起こす。
大鍋にはビガンゼとキャベツのスープ、鉄板にはサイコロステーキがジュージューと音を立てて焼かれている。
「マリア、その手に持ってる薬草、まさかスープに入れるつもりじゃないよね? はい、没収」
あ、ティーノに見つかってしまった。
「しかし、よくこんな大鍋と鉄板なんて持ってきてたな。野菜や調味料までそろってるなんて驚いたよ。おかげで助かったけど」
「マリアは荷物のせいりが、にがてなんでしゅ。もってきたというより、まえにつかったものがそのままバッグにはいってただけでしゅ。まえに入れてたものも覚えてないからでかけるたびに荷物がふえるでしゅ」
べリーチェの言葉になぜかみんな納得顔だ。
失礼な。
だけど、さすがに大鍋や鉄板が五個ずつ、お皿やカップがそれぞれ三十個出てきたのには自分でも驚いたわね。
さあ、料理が出来上がったのでみんなで食べましょう。
あら、べリーチェったら、あちこちに呼ばれみんなに頭を撫でられているわ。
おお! さすがA級ランクのお肉。
この絶妙な焼き具合は、『調理』スキルのなせる業なのだろうか?
うまうまと食べていると、突然対面にいるエミリエンヌさんが顔をあげ、私を睨みつけながら口を開いた。
「わ、私は、物心ついた時から、ベリオーズ侯爵家の名に恥じないようにと教育を受けてきたのよ。立ち振る舞いやダンスも完璧を目指して、立派な淑女になるためにたくさん努力をしたわ。それをあなたは価値がないなんてひどいわ!」
「私の言葉をきちんと聞いていましたか? 価値がないのは父親が亡くなった後の何の功績もないあなたのことです。お聞きしますが、あなたの目指す淑女の基準はなんでしょうか? 立ち振る舞いもダンスも完璧で容姿も美しく、そして自分の生活を支えてくれている平民に対して暴言を平然と吐く女性のことでしょうか?」
「……」
あら黙っちゃったわ。
「本物の淑女というのは立ち振る舞いも完璧で心の綺麗な女性のことではないでしょうか? 間違っても弱い立場の人を権力をかざして見下すような女性ではないでしょう。違いますか?」
「……」
ふう……。
ちょっとは考えてるかな?
では、あと一押しといきますか。
「むかし、むかし、ある国のある街で、領主の非道な重税に苦しんでいる領民がいました。見かねた領主の妻は、領民のために夫に減税を訴えます。何度も、何度も訴えます。時には怒鳴られ、時には頬を叩かれても訴えることはやめませんでした。そのうちに面倒になってきた領主は自分の妻に無理難題を押し付けます。『お前が全裸で馬にまたがり、白昼この街を一周したら望み通り減税をしてやろう』と」
突然語りだした私の話にいつの間にかその場にいたみんなが聞き入っている。
前世では誰もが知ってるチョコのロゴマークになった夫人の話だ。
「そ、それでどうしたんだ? その領主の妻は?」
「まさか、そんな無理なことやるわけないわよね?」
ダニエルとシャノンの言葉にみんなが食べる手を止めて頷きながら私の次の言葉を待つ。
「領主の妻は夫にこう言います。『本当ですね。でしたらわたくしは仰せの通りにいたします。全裸で馬に乗りこの街を一周いたしましょう』と」
「「ひっ!」」
女子チームは悲鳴にならない声をあげ、男子チームは驚愕に目を見開く。
「その話は瞬く間に領民の間に広がりました。領民たちは考えます。慈悲深い領主の妻のことを。領民たちはこの慈悲深い領主夫人を辱めてはならないと心を一つにします。その日、街中の家の窓とカーテンは閉じられ、誰一人家から出ることはありませんでした。そして、誰もいない街を領主の妻は一糸まとわぬ姿で馬に乗り、見事に一周しました。領主は約束通り減税し、領民の生活は楽になりました」
「「「ふぅ~」」」
息を詰めて聞いていた皆からため息がもれる。
「エミリエンヌさん、このお話の領民の行動は領主の妻がそれに値する価値のある女性だったからです。価値を決めるのは周りの人間なんです。そしてそれは自分の言動から判断されるんです」
「わ、わたくし……」
そういったまま俯いてしまうエミリエンヌさん。
あ、やばい、泣いてる?
い、いかん、つい本気になって泣かしてしもた。
「わ、わたし、そんな風に思ってもらえるような価値のある女性になりたい……」
「なれますよ」
「え?」
「今の私の話を聞いてそう思ったあなたならきっとなれるはずです。こうして今この場に私達が居合わせたのは何かしら意味のあることかもしれませんね。さあ、治癒魔法を受けた方々はそろそろ休んだ方が良いですよ。シリウスさんは私のお手伝いをお願いします」
「え? 僕? わ、わかった」
突然名指しで呼ばれた少年は戸惑いながらも返事をする。
君はこれから尋問です。
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