第99話 魔物討伐試験 ④

この回は視点が変わります。


マリア→ダニエルと、なります。




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「さあ、僕は何を手伝えばいいのかな?」


 治癒魔法を受けた子達と、疲れが頂点に達した子達が思い思いの恰好で眠る中、先ほどの『お手伝い』の言葉を受けてシリウスが私のもとへやってきた。


「シリウスさんに手伝ってほしいのは真相解明です」


「え?」


 私達の会話にまだ起きているメンバーが興味深げな様子で近くに集まってきた。


 ダニエル、ティーノ、イデオン、シャノンにサムとリリー、そしてシリウスチームのドリーとデレクさん。


 皆は、べリーチェから暖かい紅茶を受け取り、私とシリウスの周りに腰を下ろした。


「シリウスさん、この森の魔物達の動きがなんか変じゃないですか? まるで私達の方に引き寄せられるように現れるなんて。どうしてだと思いますか?」


 私の問いかけにシリウスは一瞬目を見開きすぐに視線を逸らす。


「……なんでそんなことを僕に聞くんだい?」


「シリウスさんなら、何か知っているかと思いまして。まず、私達のチームがワイルドモンキーと対峙しているときにシリウスさんのチームが後ろから現れましたよね? サム達のチームが魔物と対峙している時もシリウスさんのチームが後ろから合流した。そしてだんだんと魔物の数が増えてきた。二つの出来事に共通しているのはいずれも後ろにシリウスさんのチームがいた事です」


「ちょっと待ってくれ。それじゃあ、まるで俺達チームが何かしたような言い方じゃないか。仲間の怪我の治療をしてもらって助かったことは礼を言うが、変な言いがかりをつけるのはやめてくれ。俺達が後方にいたのは単なる偶然だ」


 そう私に向かって声を張り上げたのはデレク・バレール。

 今年の剣術大会の優勝者だ。

 デレクは、黒に近い濃紺の短髪に切れ長の鋭い藍色の瞳の寡黙な美男子。

 ドリー情報によると冷たい表情が女子達に人気らしい。

 

「変な言いがかりでしょうか? 私は結構核心をついていると思ってますよ。これらの現象を引き起こす魔道具を私は知っています」


 私の言葉にダニエルが驚いた声をあげる。


「えっ、魔道具? でも森に入る前に守護と武器の魔石以外を持ち込んだりしないように探知の魔法陣を通ったはずだろ? べリーチェは、守護の魔石として認識されたようだけど、そんな魔道具だったら警報が発動するんじゃないか?」


「そうだ。俺達チームも全員ちゃんと通ったぞ。なあ、シリウス?」


 そう、確かに全員があの魔法陣の上を通過した。

 ただ一つを除いてはね。


「いや、待ってくれ。あの時、確かにシリウスは探知の魔法陣を通過したが、持ち物で一つだけ通過を免れたものがあったぞ」


 さすが、ティーノ、覚えていたわね。

 私はティーノに向けて頷くとシリウスに向き直って声をかけた。


「シリウスさんの胸ポケットに入っている懐中時計は探知の魔法陣を通ってませんよね? あの時、懐中時計が壊れると嫌だという理由をつけてそれを回避したんです。その懐中時計は魔物寄せの魔道具ですよね?」


 私のその言葉に皆は息をのみシリウスを見つめた。

 シリウスは苦しそうに眉を寄せながら、一瞬口を開きかけたがまた閉じてしまった。

 カップを持つ両手が小刻みに震えているところを見ると一応、罪悪感は感じてるのかな?

 素直に認めるにはもっと決定打が必要かな?


「シリウスさん、あなたのチームのロバートさんは右肩を魔物の鋭い爪で切りつけられて腱が断裂している状態でした。あなたは自分のチームに治癒魔法のレベルが高いドリーがいるので安心していたかもしれませんが、治癒魔法は万能ではありません。もし、ドリーの力が及ばない事案が起きたときはどうするつもりだったんですか? もしかしてその時は救うことができなかったドリーのせいにするつもりだったのでしょうか?」


「っ! そんなことはない! ドリアーヌ嬢のせいになかするわけないじゃないか。こんなことになるなんて思わなかったんだ。まさか、上級魔物まで引き寄せるなんて……全部僕のせいだ。僕の……本当にすまない」


「ど、どういうことだ? シリウス、おまえまさか本当に魔物寄せの魔道具を? その懐中時計がそうなのか?」


 デレクの言葉にシリウスはノロノロと顔を上げぽつりぽつりと話し出した。


 今回の魔物討伐試験で誰よりも多くの魔石を獲得し、有能さを父親に示したかったこと。

 そのために魔物寄せの魔道具を持ち込んだこと。

 下級魔物が引き寄せられる魔道具のはずが、中級魔物や上級魔物まで引き寄せたことに驚いたこと。


「本当にすまなかった……。僕の独りよがりの勝手な行動で、君達に迷惑をかけた。明日改めて皆に謝るよ」


 いつも傲慢な態度がデフォルトのシリウスさんが頭を下げる姿になんだかムズムズする。


「素直なシリウスさんはなんだか不気味ですね」


「なっ! 僕だって悪いと思った時はちゃんと頭を下げられるんだ。そ、それに夕食の時のマリアーナ嬢の話にも思うところがあった。あの話はとても衝撃的な話だった」


「マリアで良いですよ。シリウスさん、失敗は誰にだってあります。道を間違えたらまた戻って正しい道を選べば良いんです」


「そうか……マリアは同い年だよな? あ、そ、それと、ダニエル達に対するのと同じようにシリウスと呼んでくれ。敬語もなしで」


 同い年ですが、なにか?

 シリウス、とっくに心の中では呼び捨てさ。


「わかったわ。じゃあ、シリウス、その懐中時計を見せてくれる? 下級魔物用を購入したのよね? この懐中時計型の魔道具の効果封じはどこにあるの?」


「効果封じ? それはなんだ?」


 効果封じを知らない?

 もしかして購入時に説明を受けてない?


「魔物寄せの魔道具は駆け出しの冒険者やレベル上げをしたい冒険者が購入するものなの。だいたいがアームバンド型でそれには対になるように効果封じのバンドが必ずついているのよ。それがないと、ずっと引き寄せの術が発動しっぱなしになるから。この懐中時計型の魔道具には効果封じとなる部品がついてないわ。これだとこの結界から出たらまた魔物に囲まれることになるわ。リリー、この魔法陣を読んでみて」


 魔法陣の解読が得意なリリーに懐中時計を渡すと、蓋の裏にはめ込まれた黒光りする魔石の上に魔術杖をくるくると回しながら眉を寄せた。


「これ、下級魔物用じゃないわね。上級魔物までを引き寄せる陣が構築されているわ。それに……魔石の周りに書かれている文字は呪いまじない文字だわ。一見、蔦と鳥の絵のように見えるけど。呪詛のような強力なものではないけど、『汝、絶望の暗闇に身を投ぜよ』と書かれているわ」


「「「! どういうことだ?!」」」


 その場にいたみんなが驚愕の声をあげた。


「シリウスは、誰かに嵌められたということよ」


 その後は本当に真相解明の話し合い。


 事の始まりはシリウスの父親が分家筋の少年を自分の跡継ぎとして養子に迎え入れよう準備をしているのを知った事だった。

 シリウス付きの執事である、アドルフさんが父親と執事長の会話を偶然聞いてしまったという。


 あまりのショックに目の前が真っ暗になったシリウスは、何度か寮からニューマン公爵領へ手紙を出したが返事がくることは無かったらしい。

 思い悩んでいたシリウスにこの魔物討伐試験で優秀な嫡男だということを示す提案をアドルフさんから受け、今に至ると。

 この魔物寄せの魔道具もアドルフさんが用意したものだ。


「その専属執事は怪しいな。きっと、分家筋から養子を取る話もでたらめだ。そんな話があったら六公爵家の中でも話題になってるはずだ。大方、シリウスが出した手紙はそいつが止めていたんだろう。」


 サムのもっともな意見にみんな大きく頷く。


「わからない……。アドルフが? どうして?」


「なんにしても、人を陥れようとする者にはそれ相応のお仕置きが必要ね。あ、リリー、その懐中時計の魔法陣、書き換えておいてね」


 さて、どんなお仕置きをしましょうかね。




 **************




「マリア、まだ寝ないのか? あれ? べリーチェはどこだ?」


 皆が寝静まった真夜中、ぼんやりと洞穴の入り口から月を見ているマリアに俺は声をかけながら隣に腰をおろす。


「うん? べリーチェはあそこ。ほら、ドリーの抱き枕になってる。ダニエルこそまだ寝ないの? もしかしてキチンとしたベッドじゃないと寝れない?」


「いや、俺の体はそんなお上品にはできてないぞ。マリアこそ寝れないのか?」


「んー。明日の段取りを考えてるとこ。皆をちゃんと親元に返さないとね」


「あはは、まるで引率の先生みたいだな。まあ、今日の夕方に集合場所にいなかった時点で学園側も相当慌ててると思うぞ。明日は騎士団から捜索隊が派遣されてるだろうな」


「ううっ……だ、だよね。うわあ、ものすごい大事になりそうな予感……」


「だな。……あ、あのさ。マリアは、まだ婚約者の選定はしないのか?」


「婚約者? ない、ない。お父様も政略結婚とか考えていないし。えっ? なに? もしかして、ダニエルは婚約者とかいるの?」


「い、いないよ! マリア、俺、学園を卒業したら騎士団に入団する」


「そう。ダニエルならきっと立派な騎士様になると思うよ」


「ん。そう言ってもらえるとがぜん頑張れるよ。マリアは? 卒業したらどうするんだ? なんか、夢とかあるのか?」


「夢か……今のところ目標は、寿命まで生きることかな」


「へ? なんだその目標? 相変わらずご令嬢らしからぬ言動だな。まあ、そこがマリアの良いところなんだけど。見た目とのギャップがありすぎるよな。あ、こ、これは良い意味だぞ。そ、その、そういうマリアのことが、す、好きというか、えっと、マリア、俺、絶対に立派な騎士になるよ。それまで待っててほしい。だからマリア、って、おい、寝てんのかよ。はあ……」


 俺の肩にもたれて寝ているマリアがあまりにも可愛くて胸が苦しくなる。

 はあ、無防備だな……。

 これ、この場に二人っきりだったら、俺は冷静でいられる自信がないぞ。


「んん……。もう……おなかいっぱいれす……たべれましぇん……むにゃむにゃ」


「くっそ、可愛すぎるだろ……」


 マリアを起こさないようにそっと抱き上げて奥に移動する。


「マリアはここに寝かせるでしゅ。ダニエルは離れるでしゅ」


 べリーチェだ。

 なるほど、マリアのお守りクマさんか。

 なかなか、仕事熱心だ。


「ダニエル、もっと、もーっと離れるでしゅ! ずっと、ずーっと、向こうに行くでしゅ」


 これ以上離れたら外に出ちゃうだろうが!

 俺を魔物の餌食にする気か!



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