第94話 噂の恋愛小説 ②

 この回は視点が変わります。

 カタリナ→マリアーナとなります。



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「も、もうしわけありません! もう決してこのようなことは致しません。なにとぞ、お許しください!」


 放課後、マリアーナ様のご指定場所の魔術科教室に出向いた私は開口一番、そう言いながら頭を下げた。


「まあ! 頭を上げてください、グラント様。今日お時間を頂いたのは折り入ってあなたにお願いがあるからです」


 お、お願い?


 マリアーナ様のお願いというのが、私に『赤の賢者』にまつわる物語を執筆してほしいというものだった。

 しかも依頼は国王陛下から。


「む、む、無理です! 王家の歴史に関わる書籍の執筆など恐れ多すぎます!」


「ふふふ、想定内の反応ですね。あ、そうですわ。これって、グラント様がお書きになった小説ですね? どなたが落としたのか気になりましたので中身を読ませてもらったのですが、もしかしてこの小説のモデルは私でしょうか?」


 ま、まずいわ。

 やはり、リズモンドの予想通り、お怒りなのかしら?

 それにしても可憐な微笑みのままだけど……。

 はっ、もしや、モデル料の請求?

 い、いや、精神的苦痛による慰謝料の請求かしら?


 確かに勝手な妄想を小説にし『読書部』の部員達と楽しんでいたのは認めよう。

 でも、悪意は一切ない。

 むしろ、好意だけしかないのだ。

 麗しい令嬢と美形の従者との恋愛模様は乙女の大好物なのよ。

 まあ、どちらにしても我が貧乏グラント男爵家には払えるお金はなし!


「やります! やらせてください、マリアーナ様!」


「まあ、引き受けてくださるのですね。ありがとございます。私のことはマリアとお呼びください。様もいりません。グラント様の方が先輩ですもの」


「わ、私のことはカタリナとお呼びください!」


 ここからの展開は早かった。

 リシャール邸に連れて行かれたかと思ったら、120年前の記憶鏡を見せられ、衝撃の事実に驚愕した。

 そして、エリアス先生が『赤の賢者』の子孫でずっと真実の追求をしていたことも驚きだった。


 なんてこと……。


 今まで自分たちが聞いていた『赤の賢者』の俗話が間違えていたなんて……。


 伝えなきゃ。

 本当の『赤の賢者』の姿を。

 熱い感情が私の体中、駆け巡った。


 マリアさんからはブラッドフォードさん、カナコさん、マウリッツ王子の人間模様にスポットをあて、恋愛小説風に仕上げてほしいと要望があった。

 望むとこです。私の有り余る妄想を爆発させて見せましょう。

『赤の賢者』の真実の物語は基本的に私に一任されたが、一つだけマリアさんから注文を付けられたことがあった。

 それは、物語にある登場人物を追加することだった。

 

 そして、私は学園の長期休暇期間も寮の部屋に籠り執筆活動に明け暮れた。


 小説が無事に完成したのは記憶鏡を見せられた二か月後のことだった。


 ブラッドフォードさんとマウリッツ王子の深い愛に翻弄されるカナコさん、そしてその愛ゆえに残酷な最期を迎える事になる物語。


 読んだ人の心に届くだろうか?

 とりあえず、マリアさんと王妃様の太鼓判は頂いたのでひとまず、ほっとした。


 出版社には国王陛下の署名入り原稿を持ち込み、本を量産。

 王都に二社ある出版社の選択の際には、僭越ながら私の体験談を述べさせてもらい変態編集者がいる出版社は除外してもらった。


 ささやかな復讐です。



 先日行われた王家主催の舞踏会で120年前の真実が語られた際には、新たな真実にその場にいた貴族達は騒然となった。


 詳しく説明を求める人々に、「詳しいことは後日発売の本を読んでほしい」と締めくくり購買意欲をかきたてると共に、自領の民に真実を伝えるようにと明言した。


 そしていよいよ明日、本屋に私の小説が並ぶ。


 題名は『赤の賢者・愛と涙の真実』だ。




 ***************





 本日はイントラス学園の学園祭。

 なんと、二日間にわたり開催だ。

 一日目の今日は午前中騎士科の生徒達の剣術戦、午後からは各部活動の催しだ。

 初めての学園祭と言うことで来園する保護者達も緊張の面持ちだが、我が子の学園での様子を間近に見られて安心しているようだ。


 カタリナ先輩の著書、『赤の賢者・愛と涙の真実』は世の女性のハートを鷲掴みにした。


 発売日は王都の本屋はてんやわんやの大騒ぎだったらしい。

 結果、重版出来が決定。


 そして迎えた今日の学園祭。


「さあ、カタリナ先輩、人気作家の書下ろし小説の販売といきま

 すよ!」


「は、はい! 頑張ります!」


 あのナタリーが拾った原稿を書いた本人は、私の声掛けに力強く頷いた。

 明るい茶色の髪に、チョコレート色の瞳の読書部三年生。

『カタリナ・グラント』の名は今をときめく新鋭作家として一躍有名になった。

 なんと言っても国王陛下のお墨付きだものね。


 シャノン、リリー、ドリーの三人もカタリナ先輩の本を読んで大ファンになったようだ。


 ドリーは『赤の賢者の真実』を知ってから、今まで前髪で隠していたピンクの瞳を隠すのをやめた。


 途端にあらわになった美貌に、男子達はメロメロだ。

 もともと後ろ姿美人と男子の間では有名だったようだが、前姿までも美しいことがわかったもんだから大変だ。

 加えて、ドリーは『聖巫女』の称号持ち。

 モテないわけがない。

 変な男が近寄らないように私達がしっかりとガードしなければね。


 

 今日は、私たち『魔道具と赤の賢者研究部』、『読書部』と『絵画部』の合同で『赤の賢者・愛と涙の真実』の本を売りさばくのだ。

 といっても売りさばくのは、『赤の賢者・愛と涙の真実~その後のもう一つの物語』と『絵小説版 赤の賢者・愛と涙の真実』だ。


 本屋で売っているものと同じものを売るわけにはいかないので、私たちは『赤の賢者・愛と涙の真実』のブラッドフォードさんとカナコさん、そしてマウリッツ王子のその後をハッピーエンドの物語として仕上げたのだ。

 あの惨劇をあらすじで掲載し、その後日談としてブラッドフォードさんはカナコさんと天国で幸せにくらし、マウリッツ王子はその100年後に生まれ変わり、同じくその時代に生まれ変わったカナコさんと出会い、幸せになる物語。


 そして、『絵小説版 赤の賢者・愛と涙の真実』はいわゆる漫画だ。

 絵を書くのが好きな子達が結成した部活に依頼して、小説をコミック化してもらったのだ。


 もちろん、この世界に漫画という概念はないので、見やすいコマ割りや吹き出しの挿入を指導。

『絵画部』の子達は漫画の魅力に取りつかれ、『絵小説部』と改名することを検討しているらしい。


 この『絵小説』も出版社に掛け合い製本化、この世界に漫画という文化がないがため、先行して学園祭で売り、学生たちの反応をみることになったのだ。

 反応が良ければ重版となり、本屋で販売となる。

 これらの製本にかかった費用は陛下持ちなので、売上はそのまま私たちの収入になるのだ。


 貴族のご令嬢なのにお金勘定に敏感なしっかり者のカタリナ先輩は、100冊ずつ用意された二種類の本を全部売り切るまで帰らないと意気込んでいたが、心配は危惧に終わった。


 なんと売り出し二時間もしないうちに完売してしまったのだ。

 自分の分をお取り置きしていて良かった。




 学園祭、一日目が終わり、シャノン達が帰った魔術科の教室。


 私は、エリアス先生のために購入した『赤の賢者・愛と涙の真実~その後のもう一つの物語』と『絵小説版 赤の賢者・愛と涙の真実』を手にいつもの窓際の席に座った。


 パラパラとページをめくりながらブラッドフォードさんとカナコさん、マウリッツ王子に思いをはせる。


 本当にこんなハッピーエンドの物語があるといいな……。


「あれ? マリア、まだ帰ってなかったんだ。ルーベルトさんのお迎えはまだなの?」


 いつの間にか教室に入ってきたエリアス先生の声で我に返った。


「あ、良かった、エリアス先生を待ってたんです。これ、エリアス先生にプレゼントです」


「おお! ありがとう。でもこれ帰ってからでも良かったのに」


「一刻も早くエリアス先生に渡したかったんです」


「っつ、そ、それは嬉しいな。そういえば、カタリナ嬢にマウリッツ王子に死者蘇生の禁術をやるようにそそのかしたは王弟派の魔導師だと物語に盛り込むように言ったんだって?」


「あ、はい。ちゃんと陛下にも許可をもらいましたよ。それにあながち間違ってはいないと思ってます」


「それはなぜ?」


「えっとですね、マウリッツ王子が親善大使として派遣された国はトリガナ帝国です。この国は魔因子が薄く魔力持ちはごくわずか。そのため魔法なしでも快適な暮らしができるように生活用品が発達していると聞きました。マウリッツ王子も逗留している間は、魔法を使うことはなかったと思いますよ。そんな環境に5年もいたんです。帰国してそうそうに病で臥せっているカナコさんをみて『闇の下界王』のことをぱっと思い浮かべるでしょうか?」


 きっと、マウリッツ王子に『闇の下界王』のことを囁いた者がいるのではないだろうか?


 しかも『死者蘇生』は禁術なのだ。

 知っているのは王城魔導師団の団員。

 いくら、王子の頼みでもまともな団員なら教えることはないだろう。

 あっさりと教えたとしたら裏がある。

 それにあの術は……。


「エリアス先生、あのカナコさんがかけられた術は、本当に『死者蘇生の術』だったんでしょうか?」


「えっ? それはどういう意味?」


「記憶鏡の映像を見た日からずっと考えていたんですけど、あれはまるで、悪霊の憑依術だと思ったんです。ほら、前にエリアス先生が教えてくれたじゃないですか、死者蘇生の術は死者の魂を呼び寄せる術。でも本人の魂が宿るとは限らない。そして術をかけたものに下界の悪霊が魅せられて寄ってくる。それに負ければ体を乗っ取られるって」


 でもあの映像で見る限り、術師であるマウリッツ王子に下界の悪霊達は纏わりついていない。

 体を悪霊に支配されたのはカナコさんだ。

 そう考えると、最初から呼び寄せたのは死者の魂ではなく『悪霊』だったのではないだろうか?


 そこで、マウリッツ王子に『死者蘇生の術』を教えたのは王弟派の魔導師団の団員と考えると納得がいく。

 その者の思惑は、悪霊に体を支配されるのはカナコさんでもマウリッツ王子でも良かったに違いない。

 なんにしても王家の失態を追求するための道具として、マウリッツ王子は利用されたのでは? と、思ったわけだ。


「まあ、今となっては全部私の妄想ですが……。エリアス先生は今まで赤の賢者の研究に熱心に取り組んできたから、少し心配です。暇になっちゃって、ボケないでくださいね」


「ぼ、ボケる? ちょっと、ひどいな。僕はまだ18歳だよ。それに、今は赤の賢者よりも気になる人物がいるからね。その人物のことを毎日考えてるから暇なんて言ってられないよ」


「えっ? 赤の賢者よりも気になる人物ですか? 誰ですかそれ? 今度は誰の研究をするんですか?」


「今はまだ秘密。大人のような子供のような不思議な人だよ。いつも食欲旺盛で優しくて、やることが僕の想像を軽く超える大物さ」


 へぇー。

 大人のような子供ような人で食欲旺盛な大物ね。

 それはとんだ珍獣ですね。


「じゃあ、研究の成果が出たら教えてくださいね」


「うん。そうだね。いつか教える日が来ると思うよ」


 エリアス先生はそう言うと、私の頭にポンポンと手を置いて微笑んだ。





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