第95話 闘志を燃やせ!
赤の賢者の真実が国民へと浸透する中、女性達の間では、マウリッツ王子派とブラッドフォード派にわかれる不思議な現象が起こっていた。
いつの世も女性は自分だけを盲目的に愛してくれる男性を求めるようだ。
まあ、私的にはマウリッツ王子のヤンデレ具合にドン引きなんだけど、カタリナ先輩の小説ではそこらへんをやんわりとオブラートに包んでいるのでひたすら一途な王子様として人気があるらしい。
学園祭で売り出した赤の賢者の『絵小説』も好評だったと言うことで、書店でも発売が決定。
そんな中、私は13歳となりイントラス学園の二年生へと進級した。
クラス替えなどはなく、そのままのメンバーが持ち上がりで私がようやく13歳になったというのに、クラスメイトの大半はすでに13歳というのがなんとも悲しい。
なかでも4月生まれのダニエルはもうすぐ14歳となる。
そして、ダニエルは昨年の学園祭から一躍、学園の有名人として君臨している。
「ダニエル、またお前のファンの一年生達が来てるぞ。なぜか男の人数も増えてるな」
朝の授業前の教室。
その入り口を見ながらティーノがかけた言葉に、ダニエルが机の上で脱力した。
「はあ~マリア、お前のせいだぞ。どうしてくれるんだ」
「な、なんで私のせいなのよ?」
「お前が学園祭で俺に女装させたせいだろが」
「いやいや、それとこれとは全然関係無いでしょうが。今現在女装しているわけじゃないし。ねぇ、シャノン?」
「マリア、そこで私にふらないで。でもきっかけはあの劇だと誰に聞いてもそう答えが返ってくるはずよ」
むむむ……。
そう、何を隠そう昨年の秋に初開催された学園祭のクラスの催し物で我がA組は、劇をやったのだ。
実は、前にレオンさんの学園見学で私が何気なく漏らした女性だけで構成された舞台劇『淑女歌劇団』が巷で大流行。
それを逆手にとって我がクラスは男子だけで構成された舞台劇を披露したのだ。
私たちA組が披露した劇は、『シンデレラ』
『赤の賢者の真実』の執筆の傍らにカタリナ先輩に台本作成を依頼、主人公のシンデレラにはダニエルを抜擢。
なんと、これがバカ受け。
おかけで一年生の三クラス中で人気投票一位獲得だ。
あの学園祭は生徒の家族たちを招待しての開催だっため、まだ学園に通っていない弟や妹も来ていた。
その関係上、今年のイントラス学園の入学志願者は例年を上回る数だったらしい。
ちなみに、意地悪な継母役はティーノ、二人の姉役はイデオンと委員長のクレト。
この三人の女装もなかなかだったけど、ダニエルの女装は抜きんでていた。
もともと端正な顔立ちでどちらかというと凛々しいイメージだが、そこは私の前世のメイク術を駆使しましたよ。
儚げな絶世の美少女にクラス中が悲鳴を上げたくらいだ。
そして、劇を鑑賞した男子達はあの絶世の美少女は誰だと騒ぎ始めた。
そこで最後にネタ晴らし、『出演者は全員が男子です』のアナウンスに今度は女子達が絶叫した。
絶世の美少女ぶりと凛々しいイケメンのギャップに乙女心が刺激されたのかもしれない。
そんなこんなで、ダニエルは一躍時の人となったのだ。
あの時のダニエルの女装姿を思い出してニヤニヤしていると、また教室の入り口がざわつき始めた。
「お、今度はチェスター目当ての子達が来たみたいだよ。おーい! チェスター! 今度はお前のファンの子たちが来たぞ」
イデオンのその言葉に呼ばれた本人が困ったように眉毛を下げた。
その様子に廊下の方から黄色い声が上がる。
我がクラスのもう一人の有名人。
チェスター・アシュトン。
平民の特待生だ。
このクラスで一番背が高いという一点で選ばれた王子様役の男の子。
男子の女装というのが売りのこの劇において、正直王子様役は誰でも良かったのだが、これがなかなかどうして……。
今まで目立たなかったのが不思議なくらいのイケメンだったのだ。
本人いわく、特待生という立場上、選民意識の強いお貴族様に下手に目を付けられないためになるべく目立たないようにしていたらしい。
長めの紺色の前髪を後ろになでつけることであらわになった容貌は、本当にどこかの国の王子様ではないかと思うくらい美しかった。
金色の神秘的な瞳に綺麗なラインを描く鼻筋、品良く口角が上がったやや薄い唇。
クラス中の女子が太鼓判を押す美貌の持ち主だった。
学園祭ではぬかりなく、ダニエルとチェスターさんの写真を売りさばいたのは言うまでもない。
あれ? もしや、そのせいでダニエルとチェスターさんのファンが増えたのかしら?
い、いや、彼らの顔面偏差値の高さは私のせいではないわよね?
「あ、ほら、ダニエル。チェスターさんは女装してないのにこの騒ぎよ。やっぱり、私のせいじゃないわね。早くあの子たちのところに行ってとりあえず、この騒ぎを収めてきた方が良いかも。もうすぐ授業が始まるわよ」
さあさあ、ちゃっちゃと行ってあの人だかりを散らして来なさい。
「マリア、責任転嫁するなよ。ああ、確かにあれじゃ通行の邪魔になるな。もう来るなって言ってくるか。チェスター、行くぞ」
「ううっ、俺も?」
「当たり前だろ。俺じゃあ泣かせちゃうかもしれないだろ。チェスターの王子様スマイルでここはやんわりとお願いするとしよう。それでも聞き入れてくれない場合は……一発バンとな」
えっ? ちょっ、ちょっと、何するつもり?
不穏なダニエルの発言に思わず、シャノンと顔を見合わせた。
「やばい……あいつ怒ると周りが見えなくなるから、一段と大騒ぎになるかも。俺たちも行こう」
ティーノのその言葉にギョッとして慌ててダニエルとチェスターさんの後を追った。
廊下に群がっている女の子たちにダニエルが声をかけた。
「あーあのさ、こう毎日来られるとちょっと困るんだよね。ほら、廊下通れないし」
ダニエルのその言葉に女の子たちの黄色い声があがる。
「ごめんね。みんなの気持ちは嬉しいけど、他のクラスの迷惑になるからさ」
チェスターさんのその言葉にさらに歓声が上がる。
ありゃりゃ、ぜんぜん聞いてないよこの子達。
止まるどころかますます騒がしくなる廊下に、ひと際大きな声が響いた。
「おい!! 何してるんだよ! 邪魔だどけ! ダニエル・ブレッサンと、チェスター・アシュトンか。女の恰好が似合うだけの男と、たかだか勉強ができるだけの平民が大きな顔すんなよ。言っとくけどな、学園祭のクラス対抗人気投票でお前たちのクラスが一位だったのは、出し物が物珍しかっただけだ」
「なんだと?! っていうか、お前誰だよ?」
「な! 僕を知らないのか? C組のシリウス・ニューマンだ」
シリウス・ニューマン?
知らないとまずいくらいの有名人でしょうか?
オレンジ色の短髪に淡い水色のつり上がった目。
いかにも自己顕示欲が強そうな面構えだけど誰やねん?
首を傾げる私とダニエルにシャノンがそっと耳打ちする。
「わが国の六公爵家のうちの一つよ。マリアの従兄殿のライバル家ね」
なるほど。
「ニューマン公爵家の子息か。なるほど、君がね。まあ、なんにしても最下位のC組の負け惜しみってとこかな」
「は? 負けてなんかない。今年の魔物討伐で僕たちC組の方が優秀だと証明してやる」
「あいにくだな、その魔物討伐も我がA組がダントツの予定なんだよな」
ダニエルのその言葉になぜかシリウスの後ろから声が上がった。
「悪いが、それはないな。なぜなら、一位は我がB組だからだ」
あ、サムだ!
久しぶりに見たサムの顔に思わず笑顔になる。
「マリア、その緩んだ顔を引き締めろ」
「ちょっと、ダニエル、緩んだ顔ってなによ?」
「そうだぞ、ダニエル。マリアはいつもこんな顔だ」
「サム! しれっと悪口言うのはやめてちょうだい」
「ち、違う! 悪口じゃない。誉め言葉だ。そ、その、いつも通り、か、かわい……」
サムが言い訳をしどろもどろになりながら呟いているさなか、シリウスが声をあげた。
「おい! 僕を無視するな!」
あ、まだいたんですね、シリウスさん。
しかし、あれが誉め言葉だとしたら、サムの恋愛偏差値はかなりやばいぞ。
気づくとあんなにいた下級生達はいなくなり、廊下にいるのは私たち二年生だけだった。
「わかりました。話をまとめましょう。私の顔は緩んでいなくていつもと同じ。そして、今年の魔物討伐の成績は我がA組がダントツということで良いですね?」
「いいわけないだろう! なんなんだ、その無理やりなまとめ方は!」
ちっ、なかなかうるさい奴だ。
「そこまで言うなら、シリウスさんが話をまとめてください」
「へ? だ、だから、魔物討伐は我がC組が一位で決まりだってことだ」
「違うな。一位はC組じゃなくてB組だ」
「いや違う。俺達A組が一位だ」
「はい、はい。 要するに、一位が取れるようにお互い頑張りましょうって事ですよね? もう、まとめ役をシリウスさんにお任せしたんですからちゃんとやってくれなきゃ困ります」
「す、すまない……。って、僕が悪いのか?」
「おーい! お前らなにやってるんだ? 揉め事か?」
あ、まずい、クンラート先生のお出ましだ。
せっかく学園祭で稼いだクラスポイントが減点されたら大変だ。
「クンラート先生、おはようございます。今、C組のシリウスさん、B組のサムエールさんと魔物討伐の際はお互い頑張ろうと話していたところです」
「おおそうか! お互いを切磋琢磨する。なんて心意気の良い生徒たちだ。うん、これこそが学生の本来の姿だな。先生はちょっと感動したぞ。今年の魔物討伐試験は盛り上がりそうだな。」
「はい! B組にもC組にも反論の余地がないくらい圧倒的な差をつけて一位を獲得しますよ。そうだ、ダニエルとチェスターさんのファンの子をA組応援団として任命しましょう。これでA組の士気はダダ上がりです。ついでにB組とC組のやる気低迷も狙えますね」
「ん……。マリアーナ、俺の熱い教師魂の行き場を塞ぐのはやめてくれ。お前の発言は公平な教師の立場上、聞かなかったことにする。さあ! 授業が始まるぞ。みんな自分の教室に入れ」
こうして、二年生恒例の魔物討伐試験に向けて各クラスが闘志を燃やすことになった。
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