第92話 マリア、策に溺れる? 

 この回は視点が変わります。

 エリアス→マリアとなります。




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 国王陛下からの呼び出しに、マリアとそろって登城すると、赤の記憶鏡と青の記憶鏡を見せられた。


 そこには、僕の想像をはるかに超える真実が記憶されていた。


 僕が研究を進めるうちに知り得た曾祖父の人柄はとても俗話のような残忍な部分はなかった。

 もしかしたら、王家の陰謀により大量殺戮事件の犯人という汚名を着せられたのではないだろうか? 

 それとも本当に、気が狂ってしまったのだろうか?


 いつもこの二つの思いが行ったり来たりの日々だった。


 父や叔父は、優秀な魔導師であったのにもかかわらず王家と距離を置くように片田舎で魔道具屋を細々と営んでいた。


 そんな父達をしり目に、僕は魔導師団へと入団を果たした。

 姉や従兄弟達からは反対されたが、僕はとにかく真実が知りたかった。

 もし、曾祖父の名誉を貶めたのが王家だとしたら証拠をつかみ、国民が向ける王家への信頼を地に落としてやるつもりだった。


 だが、真実は違った。曾祖父は自らの意志で罪を背負ったのだ。

 最愛の妻の亡骸を抱きしめて涙する曾祖父の若かりし姿に胸が締め付けられる。


 ふと、隣を見るとマリアの頬が涙で濡れていた。

 ああ、この子はどうしてこんなにも優しいのだろう。

 思えば、マリアがいなかったら『赤の賢者』の真実にはたどり着かなっただろう。

 深夜の図書室に忍び込む令嬢なんて後にも先にもマリアしかいないだろうな。


 マリアの頬にそっと触れると、ギュッと唇をかんだ。


「マリア、そんなに唇をかんではだめだよ。ほら、力を抜いて」


 そう言う僕にマリアはふんわりと微笑んだ。


「エリアス先生……赤の賢者は…ブラッドフォードさんは心優しい素敵な紳士でしたね」


 マリア……。

 君が僕にくれる言葉はいつも心の深いところに暖かく染み込んでいくよ。


「うん。今まで大嫌いだった自分の容姿を今は誇りに思うよ。僕は曾祖父と同じ髪と瞳を受け継いだんだ。こんなふうに思えるのもマリアのおかけだよ。心からの感謝を君に捧げる」


 跪いてマリアの手に唇を落とした。

 大人びた事を言ったかと思えば、予想外の行動をするこのお嬢様が僕にはどうしようもなく愛おしい……。




 ***************




 赤と青の記憶鏡を見た後、謁見の間に通された私達。


 国王陛下は、あの記憶鏡の第9代国王の統治していた当時の話をしてくれた。

 あの当時は、王弟が玉座を狙って暗躍していたという。

 しかも王弟は過去に侵略戦争を仕掛けてきたナンカーナ皇国と通じているという噂があった。

 その為、彼に政権を握らせるわけにはいかない。

 ここでマウリッツ王子が引き起こした事件が露見すれば、それを理由に王の統治手腕を糾弾するに違いない。

 そのような政治的背景があったためブラッドフォードさんの申し出を苦渋の決断で受け入れたようだ。

 そして『ブラッドフォード・ジャクソン』と『赤の賢者』をまるで別人のように仕立て上げた。

 だが意図せず、『赤の賢者の俗話』が根付いてしまったことに当時の国王陛下は困惑していた。

 だからといって今更訂正はできずに、時代が移り変わり今に至ったというのが経緯のようだ。


「王家に対し忠義を尽くしてくれたそなたの曾祖父に、深く感謝の意を表する。そんな一族に対し、国民の偏見の目を向けさせたこと、大変申し訳なく思う。この場を借りて先々代の分まで謝罪いたす」


 そう言って頭を下げる国王陛下にエリアス先生は声を掛ける。


「頭をお上げください陛下。発言をお許しいただけますでしょうか。私が『赤の賢者』の研究を始めた当初、実は曾祖父は王家の陰謀にはまり大量殺戮の犯人として仕立て上げられたのではないかと疑っておりました。ですが、曾祖父は自分から汚名を着ることを決断したことがわかり、私の波立つ心もようやく凪いでいる状態です。改めて曾祖父が守り抜いたこの国の平和を王家に忠誠を誓うことで担っていきたいと思います」


「うむ。エリアス、そなたの真摯な心意気、ありがたく受け取ろう。赤の記憶鏡と青の記憶鏡はそなたの一族へ返還とする。先々代国王の意をくみ、改めて王家から記憶鏡の発見とともに、120年前の真相が解明されたこと、『赤の賢者』の真実の姿を発表しよう」


「はい。ご配慮ありがとうございます」


「さて、つぎはマリアだ。深夜の図書室に忍び込むなど言語道断、淑女にあるまじき行為だ」


 うっ……。き、きた。

 今日のメインイベントだ。

 謝罪の言葉を口にしようと息を吸い込んだと同時に再度、国王陛下から声がかけられた。


「だが、そなたの行為があってこその発見でもある。これで王妃と王子が安らかに眠りにつけることも事実だ。そこでマリアに課題を出そう。その課題を見事達成したのであれば、この度の図書室侵入騒動は不問にいたす」


 課題?

 なんぞや?


「赤の賢者の名誉を回復すると共に王家への世評の失墜を防ぐ方法を考えよ」


 なる程、赤の賢者に対する誤解も解きたいけど、それに伴う王家の評判も落としたくはないと言うわけですね。

 その方法を私に考えろと? 

 さすが国王陛下。なかなかの腹黒狸だ。


「ん? なんだ? 何か不満でもあるのか?」


「い、いえ、国王陛下の慈悲のはからいをありがたく思っているところです」


「うむ。では、そなたの考えを聞こう。なにか策はあるか?」


 国王陛下のその問いかけに私は少し考えて口を開いた。


「そうですね。情報操作と印象操作が必要となります。それが一度にできるとしたら……小説なんてどうでしょう?」


 私のこの言葉に国王陛下をはじめエリアス先生、側近のマッチョさんまでポカンと口を開けた。

 あれ? ダメだった?

 ほら、芸能人とかが良くやってるじゃない?

 暴露本や自叙伝的なやつ。

 訴えたい情報だけを浮き彫りにして、なおかつ自分は善良な印象を人々に与える手法ね。


 そこで私は力説した。

 内容はマウリッツ王子、カナコさん、そしてブラッドフォードさんの人間模様を恋愛小説風に仕立て上げること。

 そうすれば、マウリッツ王子がやらかした禁術やら大量殺戮やらから目を逸らせることになると。


「ぶっ、わははは! 面白い! 『赤の賢者の真実』を小説にするとは。しかも恋愛小説とは、さすがの私も思いつかんわ。よし、それはマリアに任せよう。そうだな、まずはその小説を完成させよ。期限は二か月だ。その出来が満足いくものであれば、『赤の賢者の真実』の発表は三か月後の王家主催の舞踏会とする」


 えっ?

 小説を私に任せる?

 策を考えただけですよ?


「では、これにて散会といたす。マリア、どんな小説が出来上がるか、楽しみにしているぞ」


 頭の中が『?』で埋め尽くされる中、国王陛下が謁見の間を出て行った。


 ……ええ!!

 もしかして私が小説を書くと思っていらっしゃる?!

 無理だってば!

 戻ってきて~陛下!

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