第91話 記憶の受取人
今日は国王陛下からの呼び出しで、エリアス先生と共に登城。
着いたとたんに謁見の間に隣接の小部屋に案内され、近衛騎士様に勧められるままエリアス先生と席に着く。
「では、今から記憶鏡をご覧いただきます」
いつも国王陛下に付き従っているマッチョな青年のその言葉に私とエリアス先生は顔を見合わせた。
えっと、今日は『深夜の図書室侵入事件』の叱責のために呼び出されたんじゃないの?
いや、ここは余計なことは言わないでおこう。いよいよ、赤の賢者の真実にたどり着くんだ。
対になる鏡を一メートルの間隔を開け、合わせ鏡のように配置すると部屋全体が記憶の海に飲み込まれた。
まるでその場に私とエリアス先生がトリップした感覚だ。
当時の王妃様の視点で保存された記憶だが、合わせ鏡の特性なのか映像の視点はところどころ第三者的な視点となっていた。
記憶の始まりはマウリッツ王子が死者蘇生術を施したカナコさんを抱きかかえるようにして王妃様の部屋に現れたところからだ。
驚く王妃様に満面の笑みで応えるマウリッツ王子。
だが、腕に抱いているのは明らかにカナコさんの皮を被った邪悪な何かだった。
目は吊り上がり、残忍そうに口元をゆがめた笑みはどう見ても普通の人間ではない。
王妃様は驚愕しながらもすぐに人払いをし、マウリッツ王子に事の次第を詰問する。
それに対してマウリッツ王子は死体を墓から掘り起こし死者蘇生術で蘇らせたことを自慢げに説明をした。
『あなたは、自分が何をしたかわかっているのですか?! これはカナコさんではありません! 良くご覧なさい、この者は邪悪な悪霊を体に宿した化け物です!』
『母上! わたしのカナコを侮辱するのはおやめください。カナコの命の灯が消えるのを黙認したブラッドフォードには、もう渡さない。この者はわたしの、わたしだけのカナコなんです!」
そう主張するマウリッツ王子に王妃様は深いため息をつきながら、ブラッドフォードさんに伝達蝶を飛ばした。
その間にカナコさんはマウリッツ王子の腕からすり抜けて奇声を発しながら部屋を出る。
追いかけるマウリッツ王子と王妃様。
カナコさんは部屋の外に待機していた王妃様の護衛から剣を奪い取り、振り回しながら王城の廊下を進んでいく。
奇声を発しながら通りかかる人々を剣で切りつけるカナコさん。
いち早くカナコさんに追いついたマウリッツ王子は周りの騎士たちに『お前たちは手を出すな!』と声を上げた。
そんな混乱のさなか、恐怖で廊下に座り込んだ女官にカナコさんは笑いながら剣を振り下ろした。
王城中に響き渡る悲鳴と怒号。
切り落とした女官の首を嬉しそうに片腕に抱きながら手に着いた返り血を舐めるカナコさん。
その様子はまさしくホラー映画のようだ。
思わず、隣に座っているエリアス先生の腕にしがみついてしまった。
ほどなくすると連絡を受け取ったブラッドフォードさんが突然現れた。
おそらく転移魔法を使ったのだろう。
ブラッドフォードさんはカナコさんの皮を被った化け物を見て悲しそうに顔を歪めた。
そして近くにいた騎士の剣を抜き取ると、呪文を唱えながら血まみれのカナコさんの胸に深々と突き立てた。
『やめろ! ブラッドフォード! カナコになにをする!』
『マウリッツ殿下、これは私の愛するカナコではありません。ただの化け物です』
そう言った後、力なく横たわったカナコさんの亡骸を抱きしめるブラッドフォードさん。
綺麗なルビー色の瞳からあふれた涙はカナコさんの額に頬に唇に落ちていく。
ああ、ブラッドフォードさんは愛する妻を二度も看取ったんだ……しかも二度目は自分で愛する人の胸に剣を突き刺すなんて……。
ブラッドフォードさんはどんな気持ちでそれを成し遂げたんだろう?
目の前でカナコさんを刺されたマウリッツ王子は錯乱状態だった。
ブラッドフォードさんの言葉も耳に入ってこないようだ。
すると、薄く開いていたカナコさんの口から黒い煙のようなものが吐きだされると、その煙はギラギラとした目をブラッドフォードさんに向けていたマウリッツ王子の口へと吸い込まれていった。
そこからは、怒涛の展開だった。
もともと錯乱状態のマウリッツ王子は手当たり次第に攻撃魔法を仕掛け、周辺の人々が次々に倒れていく。
その場にいた騎士達はマウリッツ王子が王族と言うことで手を出すのを躊躇しているようだ。
王妃様とブラッドフォードさんはマウリッツ王子を部屋の前に追い詰めながら激しい戦闘を繰り広げ、その結果ブラッドフォードさんは腹に攻撃を受け倒れこむ。
それを見た王妃様は、いきなりブラッドフォードさんを突き飛ばした。
そして、剣をマウリッツ王子の胸に突き立てながら共に部屋の中へと入りドアを閉めた。
ドア越しにブラッドフォードさんに語りかける王妃様。
『私は我が子が引き起こしたこの大惨事の責任を取ります。ブラッドフォードさん……ごめんなさい。あなたには謝っても謝り切れません』
『王妃殿下! ここをお開けください!』
『この部屋は封印します。王家の醜聞に関わるこのたびの一件、何としても王弟勢力には隠し通さなければなりません。
『いえ、この度の一件は私が罪を背負いましょう。先ほどの場面を見た者は疑うことがないでしょう。もうこの体は力が尽きます。カナコがいない今、私の存在価値もないに等しい……。マウリッツ殿下は、もうひとりの私です。カナコを蘇らせる方法を私が先に知り得たら、同じ事をしたかもしれません。どうぞ、私の申し出を拒まないでいただきたい』
『ブラッドフォードさん……あなたのその申し出に甘えてしまいたいと思う浅ましい自分が嫌になります。それと同時に、この国を守るにはそれしかないとも思ってしまう……では、この一件は記憶鏡に保存のうえ、王家の統治が揺るぎないものとなった暁には、正当な名誉を受け取る者に渡るよう、取り計らいましょう。あなたには謝罪と感謝を捧げます』
その言葉を最後に王妃様の記憶は終わった。
場面が切り替わり、今度はその当時の国王陛下の記憶の映像が流れる。
謁見の間でのひとコマだ。
『ブラッドフォード、報告はわかった。これも禁術に手を染めた報いなのだろう。我が息子の短絡的な行いに憤慨するとともに神をも恐れぬ所業に背筋が凍るようだ。私も王妃と共にこの身を懺悔の女神に捧げよう』
『お待ちください。今、国王陛下が退位されるとこの国は王弟であられるあの方の手中に落ちるでしょう。それでは国民は貧困に苦しむことになります。陛下、私はもうすぐ命が尽きます。この大量殺戮事件の罪は私が背負いましょう。その代わり陛下はこの国を、国民の命を、背負ってください。国民が幸せに暮らせるように尽力していただきたいのです』
そこまで一息に言葉を吐き出したブラッドフォードさんはいきなり吐血し、前のめりに倒れ込んだ。
『ブラッドフォード! しっかりしろ! 死ぬな! お前が死んだら娘たちはどうなる!』
そう言いながら、ブラッドフォードさんに駆け寄り抱き留めたのは陛下の側近と思われる男性だった。
『エックハルト……悪い、俺はもうだめだ。我が娘と…弟子の…いや息子の幸せを……願って…いる。さいご…に一目会いたい……そして…カナコの隣で…眠りた…い』
……そうか、ブラットフォードさんは自分の名誉と引き換えにこの国の未来を陛下に託したんだ。この国で成長するであろう娘と弟子いや、息子のために。
その後はブラッドフォードさんは転移魔法で自宅に送られ、息を引き取る寸前に娘と息子に会えたようだ。
そして、最期の望み通り、カナコさんの亡骸と共に王家の墓地に埋葬され、秘密裏に聖人の称号が授与された。
その後は国王陛下の厳命により、ブラッドフォード・ジャクソンの名は隠された。
ブラッドフォードさんの身内は噂の届かない田舎に保護され、生活に困らないよう取り計らったようだ。
そして、私達の良く知る『赤の賢者』の俗話が出来上がった。
二つの記憶鏡の映像が終わるとエリアス先生が心配そうに私に声を掛けた。
「マリア、大丈夫かい?」
そう言いながら私の頬にそっと触れる。
そのしぐさで自分が涙を流していたことに気が付いた。
悲しい……どうしてこんなことに……。
マウリッツ王子はカナコさんを愛しすぎたんだ。狂気とも言える激情。
その激しい感情は間違った方向へ暴走してしまった。
それ故に、ブラッドフォードさんは愛する妻を二回も見送らなければいけなかった。
カナコさんの亡骸を抱きしめて涙するブラッドフォードさんの姿が目に焼き付いて離れない。
唇をぐっとかみしめて涙があふれてくるのをこらえる。
「マリア、そんなに唇をかんではだめだよ。ほら、力を抜いて」
ああ、そうだよね。
つらいのは身内のエリアス先生の方だ。
「エリアス先生……赤の賢者は…ブラッドフォードさんは心優しい素敵な紳士でしたね」
「うん。今まで大嫌いだった自分の容姿を今は誇りに思うよ。僕は曾祖父と同じ髪と瞳を受け継いだ。こんなふうに思えるのもマリアのおかけだよ。心からの感謝を君に捧げる」
跪いて私の手にそっと唇を寄せるエリアス先生。
その俯いた顔が先ほど見たブラッドフォードさんの端正な容姿と重なり私の胸がトクンと音を立てた。
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