第84話 モヤモヤの翻訳作業とラウルの翼

 ここは王城の図書室。

 図書室というよりも図書館といった方が正解な気がするくらい広々している。

 本棚が設置されているエリアは本の保護のためかうす暗いが、読書エリアはテーブル自体が淡く発光していて本が読みやすくなっている。

 初めて見たときは驚いたが、このテーブル自体が魔道具らしい。


 六人掛けのテーブルが六台に四人掛けのテーブルが六台、壁際には三人掛けのソファーが間隔を開けて三脚設置されている。

 そのソファー席の壁の向こうにSエリアがあるのではないかと私はにらんでる。

 何故かというと、以前べリーチェとシュガーと一緒にこの図書室に来た時にシュガーが壁を見ながら毛を逆立てたからだ。

 そしてそんなシュガーを見ながらべリーチェが一言。


「あそこに何かがあるでしゅ」


 その言葉で私も壁を凝視した。

 その時に気が付いたのだ天井と壁の間にあるごくわずかな隙間に。


 とりあえず、Sエリア捜索は時期を見て決行ということで、私はいつものようにリュウちゃんを入れていたリュック型の巾着を受付のカウンターに置いた。

 そして、リュウちゃんを両手で抱えると席に着いた。

 淡く発光しているテーブルの上に置いているリュウちゃんがとっても神秘的に見える。

 この王城の図書室はバックや袋の類は盗難防止のために持ち込めないシステムなのだ。


 そして私はゴットさんの監視のもと、カナコさんの日記を翻訳している最中なのだ。

 あの完徹したことがばれた日から学園から帰ってくると図書室で決められた時間こうして翻訳のために図書室にこもるようになった。

 まるで学校の宿題を母親の監視のもとやっている気分だ。


 私は目の前に座って青の騎士団関係の書類を読んでいるゴットさんを盗み見た。

 よく考えたらゴットさんって団長さんなんだよね。

 私にかまっている暇なんてあるのだろうか?


「ん? なんだ? マリア、腹でも減ったか? 肉食べるか?」


「食べません!」


 私はいつも腹ペコではありません。

 まったく、ゴットさんの心配なんてするんじゃなかった。

 さあ、私は自分の仕事しましょうかね。


 カナコさんの日記をまた改めて読み返しながらノートに翻訳していく。

 カナコさんの病気はどうやら乳がんのようだ。

 胸のしこりに早々と気が付いていたようだけど、この世界の医療水準じゃどうにもできなったみたいだ。

 

 ここで一つ疑問に思ったことが……。


 カナコさんがこの世界に生きていた120年前と言ったら日本は明治時代だ。

 でも日記には『OL』や『アラサー』、『スマホ』という言葉がつづられている。

 私がいた前世となんら変わらない。

 どうやらこの世界と日本は時間軸にずれがあるようだ。

 中途半端に文明が発達している理由がわかったような気がする。

 カナコさんは家電メーカーの営業事務をやっていたようだ。


 カナコさんが病に倒れて寝込むことが多くなった時期に第三王子のマウリッツ殿下が訪ねてくる。

 23歳になったマウリッツ殿下だが、5年の歳月を経てもカナコさんのことを思っていたようだ。

 カナコさんの手を取って「君のことを死なせはしない。そのために僕は闇の下界王に魂を売るよ」と、言ったそうだ。

 それに対してカナコさんは笑って「早くマウリッツ殿下も良い女性ひとを見つけてください」と返答したと書かれているが……


 なんだか、マウリッツ王子のカナコさんに対する執着を再度認識する一コマだ。

 ノートに書きながら何かが引っかかってモヤモヤする。

 なんだろう? なんか靄がかかってハッキリと向こう側が見えないような……


 そんなことを考えているといきなりガイモンさんの声が図書室に響いた。


「お、いたいた。マリア、義翼の素材が手には入ったぞ!」


 受付の司書官に「お静かに!」と注意されたガイモンさんは「すみません」とぺこりと頭を下げた。




 ***************




 今日は雲一つない快晴、学園もお休みだ。

 待ちに待った竜のラウルの義翼作成をする日なのだ。

 青の騎士団の訓練場である小高い丘の広い草原に来ている。


 体長8メートルを超える竜の翼は4メートル四方。

 体の大きさの割にそんなに大きくはない。

 それは翼を羽ばたかせて飛行しているわけではないからだ。

 竜の飛ぶ力は魔力だ。

 翼の中を通る骨のように見える扇状に広がった5本の魔力管に自分の魔力を張り巡らせて飛行し、方向変換を行うときに翼を動かす。


 つまり柔軟に動かすことができなければ自由に思った方向に飛べないと言うことだ。

 これに関してはガイモンさんと模型を作り、ラウルのバディであるドミニクさんも交えてシュミレーション済み。

 それをもとに魔法陣を構築した。


 義翼に使用する素材は土竜の皮だ。

 土竜とは翼のない竜に顔が似ている魔物。

 似ているのは顔だけで知能は翼竜に劣るうえ性格も狂暴な魔物だという。

 ギルドマスターのルキーノさんにガイモンさんが相談をしていたところ、デリックさんが土竜の皮が良いのではと提案してくれたらしい。

 そして冒険者ギルドに討伐依頼していたところ、これまたデリックさんがその依頼を達成してくれた。

 そのデリックさんだが、もうすぐS級にランクアップできるらしい。

 S級にランクアップしたら盛大にお祝いをしてあげよう。

 ランの手料理で。


「マリア、準備は良いか? 俺はラウルの翼を複製するからその間に核魔石の作成を頼む。白の騎士団から魔力回復のポーションが届いているから魔力が欠乏する前に飲むんだぞ。魔因子を駆使する魔術といえどさすがに今回は魔力を持って行かれるぞ」


「わかりました」


 今回の義翼作成は時間がかかることが想定される。

 さすがにガイモンさんもこれほど大きなものを複製するのは初めてだしね。

 義翼の魔力管に埋め込む大きな核魔石は付け根に5個、翼の先端に5個の計10個だ。

 さすがにこの量を作るのは初めてだもの。


「マリア、つらくなったら僕に言うんだよ」


「マリア、父様はマリアのそばにずっといるから安心しろ」


 そしてなぜかギャラリーが多い……。


 学園がお休みのアンドレお兄様はわかるけど、お父様は?

 あ、お休みを取ったんですね。


 そして、青の騎士団の皆さんまで。

 訓練はどうした?


 もちろんルー先生、ジーク先生、エリアス先生にゴットさんも。

 ランとナタリーまで青の騎士団に紛れているではないか。


 なんだか皆さん草原にシートなんが敷いちゃって、お父様とお兄様にいたっては椅子まで持参だ。

 花見か!



 ガイモンさんは早速、ラウルの傍らに陣取り、片翼を見ながら草原に広げた土竜の皮で複製を作り始めた。


 では、私もやりますか。

 胸元のリュックを背中がわに背負い直し今にも酒盛りが始まりそうな状況の中、私は核魔石を作るため魔術杖を手に空中にルメーナ文字を綴った。

 青い空が広がる緑の草原で魔術杖が紡ぎ出す魔力を持った文字は自身が発する七色の光で太陽の光を跳ね返し辺りを覆う。

 まるでオーロラのようだ。

 その様子に先ほどまでの喧騒が嘘のように皆息を潜めた。


 途中魔力回復ポーションを飲むこと2回、あとは一心不乱にルメーナ文字の魔法陣を構築する。

 10個目の核魔石を作り終わったときにはすでに日が傾いていた。

 そう言えば、お昼も食べないで夢中になってしまった。

 ガイモンさんを見るとこちらも複製作成が終わったようだ。

 足下には片翼とそっくりな見事な翼が広がっていた。


 ラウルの傍らで肩で息をしているガイモンさん。

 額の大粒の汗が大変さを物語っている。

 でもやり切った感でいっぱいだ。

 私とガイモンさんは視線を合わせるとハイタッチをしてお互いを称え合った。

 途端に周りから歓声が上がった。


「さぁ、これからどうする? マリア?」


 ガイモンさんの問いかけに当然のごとく答える。


「もちろんやりますよ。最後まで!」


「だよな。マリアならそう言うと思った」


 その一言を皮きりに、ガイモンさんと私は複製した翼に核魔石を埋め込んでいく。

 この作業は私も習得したのでお手の物だ。

 集中して作業を進め、ようやくラウルの右翼が出来上がった。

 すでにあたりは暗くなり青の騎士団の皆さんが明かりを用意してくれた。

 さて最後はラウルの右背に義翼を装着だ。

 するとドミニクさんが私達の前に立ち頭を垂れた。


「マリア嬢、ガイモン殿、あなた方には言葉に言い表せられないほどの感謝の気持ちをここに捧げる。この先、あなた方に助けが必要な時は必ず私、ドミニク・アクトンとバディであるラウルが駆けつけると約束しよう」


 ドミニクさんはそう言うと大きな義翼を青の騎士団の皆さんで持ち上げてくれた。

 すると義翼が意志を持ったように自分からラウルの右背にスッと引き寄せられていった。


 ラウルは違和感なく両翼を大きく広げて嬉しそうに「きゅー!きゅー!」と鳴いた。

 その途端、地響きが起こりそうなほどの歓声がそこかしこから上がった。


 成功だ!

 

「終わった……」


「ああ、出来たな。マリア、お疲れ」


「ガイモンさんもお疲れ様です」


 そうガイモンさんに声をかけた後、私はよろけながら倒れ込んだ。


「「「マリア!!!」」」


 あ、あれ? なんだか立っていられないぞ?

 自分の名前を叫ぶ声を遠くに聞きながら私は意識を手放した。




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