第78話 竜の宝物にご用心

 ベリーチェとシュガーに案内されてたどり着いた竜舎。


 ここに来る前に、アンドレお兄様も誘ってみたが、今日のお茶会で話題になった私の婚約の話に関する作戦会議をすると言ってリシャール邸に帰ってしまった。

 作戦会議とはなんぞや?

 変な方向で話がこじれないことを願うばかりだ。


 竜舎番のおじさんにベリーチェとシュガーは顔パスのようで必然的に私も特に呼び止められことなく通過。

 この時間は竜達の飛行訓練も終わって夕食前のくつろぎタイムのようだ。

 厩の十倍はあるかと思われる広々した竜舎には大きな翼竜がそれぞれの部屋で寛いでいた。


 ベリーチェの説明によるとこの竜舎にいるのは若い竜で10頭ほど。

 まだバディと言われる決まった竜騎士がいない竜達だという。

 バディとなった竜騎士が名前を付けるしきたりなので今は部屋の番号で呼ばれているらしい。


 そしてバディが決まっている竜はこの隣の竜舎に竜騎士と共に生活しているという。


 子供の竜もまた別な竜舎にいるということだ。


 こわごわ竜が寝そべっている部屋の格子越しに見学をしていると、竜達がこちらの様子をじっと見ているではないか。


 新参者の私がいても特に騒ぐことはないことから良く訓練されているのがわかる。


 ベリーチェとシュガーはどんどんと奥に進んで行くが私は腰が引けてなかなか前に進めない。


 そう言えば図書室の本でも読んだっけ、竜は好奇心の強い生き物だって。


 しばらく入り口に一番近い竜とにらめっこしているとその竜がのっそりと立ち上がった。


 うおっ、なに?


 そして格子に顔を近づけると「きゅー」と音を出した。


 え? 「きゅー」って?

 もしかして鳴き声?

 やだ、可愛い!

 しかも首を傾げながらまた「きゅー」と鳴いた。


 いったん可愛いと思うと怖がっていたのが嘘のように近付けるようになった。


 格子の間から鼻先を突き出してきた竜に手を伸ばし撫でてみた。

 ひんやりとしたその感触になんだか感動。

 竜は体温が低いって言うのは本当なんだ。

 思えば本では竜の体の構造ばかり調べていたので鳴き声や感触までは範疇になかった。

 良く見ると竜の個体によって色も違うし表情も違う。

 大きな瞳はキラキラとして可愛いではないか。

 それぞれ瞳の色も違う。

 本の情報では竜は魔力を持っていてその属性により瞳の色が違い複数の属性持ちは瞳の色もそれに併せて複雑になるようだ。


 今鼻筋を撫でている子は瞳が赤色だから火属性の魔力持ちだね。


 少しずつ奥に進んでいく。


 あ、こっちの子は瞳が青だから水属性ね。

 あれ? 黒い瞳の子がいる。

 黒の属性は何だろう? 闇属性?


「そのこはぜんぶのぞくせいもちなんでしゅよ」


 いつの間にかベリーチェが横に来て説明してくれた。

 へぇ、全属性持ちか。


「マリア、あっちのおへやのりゅう、げんきがないでしゅ。つかれてるみたいでしゅ」


 そう言いながらトテトテと歩き出すベリーチェに着いていくと、シュガーがお座りをして待っていた。

 どうやらシュガーが見守っている部屋の竜の元気がないようだ。


 格子越しにのぞき込むとグッタリとした様子でふせっていた。


「どうしたの? 病気なの? 竜舎番のおじさんを呼んできましょうか?」


 私の問いかけにふせっていた竜が顔をあげて私を見た。

 ピンク色の大きな瞳が心なしか潤んでいるように見える。


「マリア、このりゅうは、たいりょくつかってつかれているでしゅ。マリアのまほうでかいふくしてあげるでしゅ」


「ただの疲れなの? じゃあ、回復魔法をかけるわね」


 私よりも長い時間竜達と交流してきたベリーチェが言うのなら間違いないでしょう。

 私は両手を竜にかざして元気になるように回復魔法をかけた。


 回復魔法が効いたようでふせっていた竜がのっそりと起き上がり格子に近づいてきた。


 まるでお礼を言っているように頭を上下に揺らしながら「きゅーきゅーきゅ」と鳴いた。

 か、可愛い。

 ああ、こんなに可愛いならもっと早く竜舎見学すれば良かった。

 私は格子の間から手を差し入れて竜の頭を撫でた。


 すると竜が両前足に野球ボールほどの玉を抱えてそれを私の方に差し出した。


「ん? なに? それ、私にくれるの?」


「わーきれいでしゅ。りゅうのたからものでしゅね」


 竜の宝物か。

 確かにうっすらと七色に光っていて綺麗だ。

 自分の宝物をお礼にくれるのかな?

 そう言えば、昔はどこかの国で翼竜は神様の使いとして崇められていたって本に書いてあったっけ。

 竜の宝物なんて何だが縁起が良さそうだ。

 あらゆる厄災から守ってくれそう。

 もらっておこう。

 ディアーヌ様からの人災に巻き込まれないように肌身離さず持ち歩こう。


「ありがとう。大切にするね」


 さぁ、夕飯を食べに行きますか。




 ***************



「マリア、第一側妃様のお茶会はどうだったの? いつものようにがっついて食べたりしなかったでしょうね?」


 騎士団の食堂で皆でテーブルを囲んだ途端、私にそう言ったのはルー先生。

 もうルー先生を『お母さん』と呼んで良いだろうか?


「失礼な。私はいつだって雛鳥のように食べてます」


「雛鳥…ああ、そう言えば隣国の国境沿いにある幻想の森で子豚を丸呑みする怪鳥の雛を見たことがある」


 ジーク先生、それはどういう意味でしょうか?


「ぶぶっつ、ジークさん、いくら何でもマリアは子豚は丸呑みしないと思うよ。せいぜい、ゲンコツステーキを5人前ぐらいでしょう」


「ちょっ! エリアス先生! 私はステーキを5人前も食べません! 2人前が限界です」


「いや、マリアなら頑張れば3人前はいくんじゃないだろうか?」


「んー? そうかな頑張ったらいけるかな? って、違うってジーク先生、そう言うことじゃなくてね」


「あはは、マリアの頑張りポイントはそこじゃないからな。ほら、ルーベルトの眉間の皺が深くなってきた。そう言えば、どうだった? 竜舎の見学」


 ガイモンさんのこの問いかけに、竜達がいかに可愛かったかを力説。


「もっと、早く行けば良かったです」


「そうか。じゃあ、明日から時間のある時に一緒に竜舎に顔を出そうな。そう言えば今日は竜舎で出産の現場に立ち会ったんだ。あんな大きな竜だが卵は小さくて驚いたな」


 へぇー


「それは貴重な場面に立ち会いましたね。良いな。私も立ち会いたかったな」


 もしかして先ほどから青の騎士団の方々のテーブルで『乾杯』コールがすごいのは竜の出産を祝っているのかしら?


 私の視線の先を見ながらジーク先生が口を開いた。


「竜の出産が無事に済んで新しい仲間が増えると青の騎士団はああやって祝い酒を飲むのが習わしなんだ」


 なるほど。

 竜騎士にとって竜は家族と同じなんだね。


「さあ、マリアお嬢様、お茶をどうぞ」


 私がよそ見をしている間にランがお茶を入れてくれた。

 ありがとうの気持ちを込めてにっこりと笑いかけると、ランは私の腰あたりを指差しながら言った。


「あの、先ほどから気になってたんですけどマリアお嬢様、ワンピースのポケットに何が入っているんですか?」


「あ、私も気になってました。ここにいらした時は目立たなかったポケットが今は何だか膨らんでいるように見えます」と、ナタリー。


 え? ポケット?

 ああ! 竜の宝物だ。


「ふふふ…これは竜の宝物です。竜舎に行った時にピンクの瞳の竜から貰ったんです」


 そう言いながらポケットから七色の玉を取り出して見せた。

 あれ?

 何だか、もらった時より大きくなってない?

 野球ボールの大きさが、ソフトボールの大きさになってる?


「な! それは竜玉じゃないか! マリア、それどうしたんだ?!」


 ジーク先生が椅子を後ろにひっくり返しながら立ち上がった。


 竜玉?

 あっ、竜がくれた玉だからね。

 なるほど竜玉って言うんだ。

 のほほんとそんなことを考えていると、ジーク先生の言葉に反応した青の騎士団のメンバーがドヤドヤとこちらに走ってきた。


 な、なに?

 すっかり周りを青の騎士団に包囲された。


「お嬢さん、その竜玉をなぜ持っている?!」


 右眉毛に斜めに切り傷が走る強面の男性にそう凄まれて私は悲鳴を上げた。

 瞬時にルー先生、ジーク先生、エリアス先生が立ち上がり私の周りに集まった。


「なぜ持っているのかと聞いているんだ! 答えろ!!」


「もう、怒鳴らないで下さい! 貰ったんです! ピンクの瞳の竜から!」


「なに?! おい、リーマス、この竜玉は8番のか?」


「いえ、違います。8番が産んだ卵は青でした」


 卵? たまご? タマゴ?

 えー!! 卵?!


「こ、これ、竜の卵?!」


 なぜくれた?!

 育児放棄か?!

 そして今、私は卵泥棒の汚名を着せられているのか?

 あらゆる厄災から守ってくれるお守りはどこ行った?

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