第79話 竜の里親と編入生

「それで、8番からその竜玉を貰ったと言うわけだな」


 ここは青の騎士団の団長室。

 食堂で私に竜玉の事を問い詰めたのは青の騎士団の団長だった。

 名前をゴットハルト・アンブルス。

 赤い短髪に、つり上がったブルーの瞳。

 目の威圧感が凄い青年だ。

 事情を聞きたいと言うことで皆でここまで移動して来たのだ。


「あい! そうでしゅ。マリアがつかれたりゅうにかいふくまほうをかけてあげたおれいでしゅ。りゅうのたからものでしゅ」


「そうか、シュガーもベリーチェの言うことに相違はないか?」


「ワン!」


 そしてなぜか、アンブルス団長の問いかけに答えているのはベリーチェとシュガーだ。

 竜玉をもらった時に一緒にいたのがベリーチェとシュガーだと言ったところ、呼んで来るように言われランとナタリーが連れて来てくれたのだ。

 どうやらベリーチェとシュガーはアンブルス団長と面識があるようだ。


「そうか。ベリーチェ、シュガー、わざわざ来てもらって悪かったな」


 アンブルス団長はそう言って軽く微笑んだ。

 なんだか、私との扱いにずいぶんと差があるわね。


「あの、先ほどから私も同じこと言ってますよね?」


 思わずそう口に出してしまった私は悪くないと思う。


「ああ、だが人間は嘘をつく生き物だからな。基本、俺は人間を信じない」


 え? 

 あまりの言葉に唖然としているとジーク先生が小声でささやいた。


「アンブルス団長は人間嫌いで有名なんだ」


 人間嫌い? なんでそんな人が団長なの?

 私の疑問に今度はルー先生が答えてくれた。


「アンブルス団長は『竜の司令塔』の称号を持っているのよ。だから28歳という若さで青の騎士団の団長なのよ」


『竜の司令塔』ね。

 すべての竜がアンブルス団長の命令を聞くってことか。

 それはすごいかも。


「なんだか、面倒な事になりそうだね」


 エリアス先生の言葉に私はため息をつきながら頷いた。

 そんな私を置き去りにアンブルス団長がなにやらことの次第を説明し始めた。


「ベリーチェとシュガーの話を総合的に見ると8番はどうやら青い卵を産み落とした後、時間差で2個目の卵を産んだようだな。そしてお嬢さんを里親に任命したと言うことだ」


 へ? 里親?


 アンブルス団長の話によると、竜は一つの卵を産み落としその卵を大切に育てるのが通常だが、まれに卵を二つ産み落とすことがあるという。

 だが、竜が育てるのはそのうちの一つだけ。

 もう一つは巣から追い出し放置して死なせてしまうらしい。

 ただ例外として近くに自分の魔力と同調する者がいた場合、その者に二つ目の卵を差し出すという。

 それが『竜の里親』だ。


「卵が孵化するまで肌身離さず持ち歩き、一日三回は卵に自分の魔力を流さなければならない。君は責任重大だぞ。言っておくが、君が卵を粗末に扱いもし孵化する前に死なせでもしたら俺は君を許さないだろう。ちゃんと孵化させると誓ってくれるだろうか?」


 そう言いながら私を見るアンブルス団長は微笑んでいるが目が全然笑ってない。

 怖いってば。


「ち、誓います! ちゃんと孵化するまで育てます!」


 だってそれ以外の答えが思いつかない。


「そうか、それは良かった。では、明日から俺も君と行動を共にしよう。竜玉が不当な扱いを受けないように見張らせてもらう」


 何ですと?


 ああ、人間を信じないんでしたっけ?

 つまり私を監視するということですね?

 ではこちらもそれなりの条件を出させてもらいましょう。





 ***************




「えっと、マリア、その胸元の袋はなにかしら?」


 教室に入って来た私を見るなりそう言ったのはシャノンだった。


 私が竜からもらった竜玉はリュック型の巾着袋に入れて胸元に抱えているのだ。


「後で説明するわね」


 私がそう応えたタイミングで担任のクンラート先生が入ってきた。


「おー、皆いるか? 編入生を紹介する。今日からクラスメイトになるゴットハルト・アンブルスだ。ゴットハルト、自己紹介してくれ」


 同じ制服を着ているがどうみても明らかに自分達より年上に見える編入生に皆ドン引きだ。


「お、俺は訳あってこの学園に編入した。ゴットと呼んでくれ。同級生としてよろしく頼む」

 同級生という言葉に皆、ザワザワとしだす。

 そう、訳あっての『訳』と言うのが私の出した条件だ。

 つまり私を見張るなら編入生として学園に入学する事。

 あくまでも、として教室にいること。

 よって、青の騎士団団長だということをクラスメイトには秘密にすること。


 ふふふ…

 私のささやかな反抗だ。

 眼光鋭い強面の団長に四六時中、監視される精神的苦痛を考えればこれくらいの意地悪は可愛いもんでしょ?

 まあここまで条件を出せばさすがに部下にその役目を押し付けるかと思いきや竜玉に関しては誰にも譲らないと自分で乗り込んで来たと言うわけ。


「皆、仲良くしてやってくれ。ゴットハルトの席はそうだな委員長の隣の方が何かと良いだろう」


「いや、俺の席はマリアの隣だ。君、悪いが替わってくれ。俺は期せずして未婚の母になったマリアを見守るためにこの学園に編入したんだ。言わば、子供の父親代わりだな」


 アンブルス団長のその言葉に教室中、悲鳴と怒号が飛び交った。


「「マリア! どういうことだ?!」」


 ダニエルとティーノが私に詰め寄り、シャノンは悲鳴をあげ、イデオンは「父親代わりは俺がなる!」とピントのずれた発言をしてシャノンに頭を叩かれていた。


 やられた!

 絶対、わざとだ。

 アンブルス団長を睨むとニヤリと不適な笑顔が返ってきた。

 私は未婚の母疑惑を否定すべく叫んだ。


「私は竜の里親になっただけです!」


 紛らわしい発言をして教室中を騒然とさせた張本人は涼しい顔をして私の隣の席に着いて一言。


「俺は間違ったことは言ってないぞ」


 ううっ、返す言葉が見つからないじゃないか。


 そして私はいつものメンバー5人プラス、『ゴット』ことアンブルス団長と行動を共にする事になったのだった。






「マリア、ここに座ってろ。今栄養たっぷりのエ、いや食事を持ってきてやる」


 今、絶対に『エサ』って言おうとしたよね?

 午前の授業が終わって私達は食堂の6人掛けのテーブルに陣取った。


「そう言えば、B組にも編入生が来たみたいだよ。すっごい美少女だって誰かが騒いでた」


 ティーノのその言葉にダニエルとイデオンが口を開いた。


「ああ、編入生が来るならそっちの美少女のほうが良かった」


「そうだな。強面の同級生と美少女の同級生なら絶対に美少女だよな」


「悪かったな美少女じゃなくて。マリア、ほら肉をもう一切れ食べろ。栄養を取らないと良質な魔力を竜玉に流せないぞ」


 む、無理。

 どんだけ肉を食べさせるつもりだ。

 私は口を押さえて首を横に振った。


「ゴットさん、マリアは食べ過ぎると吐いちゃうからもうその辺で止めた方が良いと思うわ。すでに二人前はお腹に入ってるはずよ」


 シャノンのその言葉に顎に手をあてて考え込むゴットさん。

 何だか嫌な予感がする。


「そうか、吐くのは良くないな。やっぱり生の肉を細かくして飲ませるのが良いか」


 絶対に無理だから!

 それ普通に竜の餌だから!

 私は人間、人間だから!


 思わず涙目になってシャノンにすがりついた。

 その時、後方から大きな声が上がった。


「マリアーナ様! ようやくお会いできましたわ。まあ、泣いていますの? じゃあ、あなたがダニエル・ブレッサンね! やはり噂は本当だったのね。マリアーナ様を泣かせた罪は重くてよ」


 だ、誰?

 突然、自分の名前を叫ばれて驚く。

 あれ? リリアーヌ様?

 なんでこの学園にいるんだろう?

 しかもゴットさんを指差しながらなんか怒ってる?


「マリアーナ様、私がこの学園に来たからにはご安心を。ダニエル・ブレッサン、性格の悪さが顔に出ているわ。それに同い年とは思えないほど老けているのね」


 もしかして、リリアーヌ様がB組の編入生?

 そして、ダニエルとゴットさんを間違えていらっしゃる?


 指をさされて人違いで罵倒されているゴットさんが口を開いた。


「マリア、今の俺の立ち位置を教えてくれ」


「えっと、人違いで謂われのない悪口を言われている被害者?」


「この場合、本物のダニエルが名乗った方が話が早いんじゃないか? 今、ゴットさんがなにを言っても聞いてくれなそうだ」


 ティーノのその言葉に皆が一斉にダニエルに視線を向けた。

 その視線を受けてダニエルはゆっくりと手を上げながらリリアーヌ様に声をかけた。


「あ、あの、ダニエル・ブレッサンは俺なんだけど」


「…え?」

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