第77話 波乱のお茶会

 ガイモンさんとの竜舎見学の予定を変更して第一側妃様のお茶会に出席することになった私。


 前に国王陛下主催の晩餐会でお見かけしたことはあってもそれだけで言葉を交わした事もない。


 なので、お茶会前に基本的な情報を整理してみよう。


 まず、第一側妃様の名前はディアーヌ・リーヤ・シャーナス。

 ランの情報によると第一側妃様はわがままな少女がそのまま大きくなったような女性だという。


 第二側妃様の名前はアシュリー・ミーヤ・シャーナス。

 大人しく控え目な女性という噂。

 王族はミドルネームがつき、『リーヤ』と『ミーヤ』はそれぞれ一番目、二番目という意味のようだ。

 ちなみに、王妃様の名前は、エリアナ・レイヤ・シャーナス。

 このミドルネームの『レイヤ』は正妃という意味だ。


 第二側妃様には娘が1人。現在9歳になるフェリシー・ライヤ・シャーナス様だ。

 ただこのフェリシー王女は体が弱くお部屋に引きこもりがちのようだ。

 そして娘を溺愛している第二側妃様もそばに付きっきりであまり外に出ることはないらしい。

 きっと今回のお茶会も第一側妃様に強引に出席を迫られたってところかな。


 とっても気乗りしなけど、アンドレお兄様がいるのが心強いってところね。




 ****************




「ディアーヌ・リーヤ殿下、本日はお招きいただきありがとうございます。リシャール伯爵家が長女、マリアーナ・リシャールと申します」


「まあ、ようこそいらっしゃいましたわ。わたくしのことはディアーヌと呼んでちょうだいな。リーヤはつけなくてよろしくてよ。その呼び方は嫌いなの」

 見事な金髪を緩く結い上げ、ややつり上がった淡い水色の瞳で私を見つめるディアーヌ様。

 華やかな赤いオフショルダーのドレスが気の強そうな美貌に良く似合っている。


 ここは王城の庭園。


 ディアーヌ様主催のお茶会はお天気も良いと言うことでガーデンパーティー用に作られた広々した庭園で行われた。

 ちょうど昼食時ということで簡単な軽食も用意されているようだ。


 本日のお茶会は飛び入り参加でベリーチェとシュガーも一緒だ。

 なぜなら、病弱でめったに部屋を出ないと言われているフェリシー王女がベリーチェとシュガーに会いたいと言う申し出があったのだ。


 先に来ていたラインハルト殿下、第二側妃のアシュリー様とフェリシー王女にもご挨拶をした後、アンドレお兄様のエスコートで円卓の席に着いた。


 今日のアンドレお兄様は光沢のあるグレーのスーツ姿でカッターシャツのボタンを2つ開けたところに緩く結んだ鮮やかなグリーンのアスコットタイがとても品のある仕上がりだ。

 私のグリーンのシフォンドレスともお揃い感を演出している。


 アシュリー・ミーヤ様とフェリシー王女は二人ともふわふわの水色の髪に淡紫の瞳でとても良く似た母子だ。

 ドレスもデザイン違いのパープルのアフタヌーンドレスで仲良し感全開。


 ただ、フェリシー王女は9歳と聞いていたけどもっと小さく見える。

 体も痩せぎすで目だけがぎょろりとしている印象だ。

 今のままでもとっても可愛いがもっとふっくらしたしたらきっと天使のような美少女になるに違いない。

 私の隣にちんまりと座っているベリーチェを興味しんしんの眼差しで見ているのが何とも言えず愛らしい。

 ベリーチェも視線を感じてフェリシー王女をじっと見つめている。


「可愛いわ。本当にぬいぐるみなのね。それにシュガーもふわふわの白い毛が綺麗ね」


 フェリシー王女の一言にベリーチェとシュガーが反応する。


「フェリシーしゃまのほうがきれいでしゅ」


「ワン!」


 その様子にディアーヌ様とアシュリー様が驚きの声をあげた。


「まあ、ベリーチェはともかくシュガーが言葉がわかると言うのは本当なのね」


「さすが、界渡りのお犬様ですわ」


 お犬様か…

 確かにシュガーは言葉がわかるようだ。

 そのうちしゃべり出しても誰も驚かないかも。


 そしてつつがなくお茶会が進む中、軽食を食べ終えたフェリシー王女がベリーチェとシュガーと遊びたいと言い出した。


「お母様、良いでしょ? 今日はとっても体調が良いの」


「わかったわ。でも無理してはダメよ? 具合が悪くなったらすぐに言うのよ? マリアさん、ベリーチェとシュガーをお借りしても良いかしら?」


「あ、はい。ベリーチェ、シュガー、フェリシー様のお体を気遣ってあげてね」


「あい! ベリーチェ、フェリシー王女しゃまをおまもりしましゅ」


「ワン、ワン!」


 フェリシー王女がベリーチェとシュガーと一緒に少し離れた花壇の方へ歩いて行く後ろ姿を見送っていると対面に座っているディアーヌ様が私に向かって声をかけた。


「マリアさんはご婚約はまだよね? うちのラインハルトなんてどうかしら?」

 

 ディアーヌ様の爆弾発言にいち早く反応したのはアンドレお兄様だった。


「マリアには、まだ早いのでそのような話は今のところ全部お断りしております」


「あら、特別早い訳ではないですわよ。もうデビュタントも済んでますでしょう?」


「母上、マリアが困っていますよ」


「どうして困ることがあるのかしら? マリアさん、ラインハルトとの婚約の話、考えくださらないかしら? リシャール伯爵にお会いしたときにお話ししたら『娘の意向に添う』とおっしゃっていたわ。だから今こうしてマリアさんの意向をお聞きしているのよ」


 なるほど、今日のお茶会の目的はこれか。

 イヤだよ、王子様と結婚なんて。

 ラインハルト殿下がどうこうということじゃなくてね。

 どうしよう?

 あれ? でも聖巫女様がいるから私は婚約者候補から離脱したんじゃないの?


「あの、私の学園に聖巫女様がいらっしゃますがその方がラインハルト殿下の婚約者となるのでは?」


「ああ、そんな報告が届いていたわね。でもわたくしは魔術の才能、美貌、家柄、どれをとってもマリアさんの方がラインハルトの婚約者としては適任だと思いますの。聖巫女のお嬢さんは側室で良いのではないかしら?」


 え? 側室?

 側室を持てるのはこの国では国王陛下だけでしょ?

 つまりは、王太子と成られる第一王子のヒューベルト殿下だけだよね?

 今のディアーヌ様の発言って第一王子に対する反逆罪とみなされるんじゃ…

 ちょっと、この人、自分の発言の重要さに全然気づいてないの?

 この場にいる私達まで謀反を考えてると思われたらどうするのよ?


 そっとディアーヌ様の隣に座っているラインハルト殿下の表情を窺うと何ともいえない渋い顔をしていた。


 その場にいた皆がディアーヌ様の発言に戸惑っていると、突然ベリーチェとシュガーの慌てたような声が響いた。


「マリア!!! すぐにきてくだしゃい!!!」


「ワオーン!!!」


 な、なに?!


 すぐにベリーチェ達のもとに駆けつけると、フェリシー王女が苦しそうに胸を押さえてしゃがみこんでいた。


「フェリシー様! 大丈夫ですか?!」


 真っ青な顔で咳き込み苦しそうなフェリシー様の背中をさする。


「フェリシー! また発作が出たのね! 医師を呼んでちょうだい!」


 アシュリー様が近くにいた護衛と侍女にそう指示を出しながらこちらに走ってきた。

 その後ろからラインハルト殿下とアンドレお兄様も慌てて走り寄る。


 発作?

 背中をさすりながらフェリシー様の様子をみると『ゼーゼー、ヒューヒュー』と呼吸のたびに聞こえてくる。


 これって喘息?


 すぐにフェリシー様を呼吸しやすいように背中を支え気管支のあたりに手をかざし治癒魔法を発動する。

 気管支を拡張し炎症を抑える。


「フェリシー様、ゆっくりと息を吸って吐いて下さい。どうです? もう苦しくないでしょう?」


「あ、本当だわ。さっきの苦しさが嘘のようだわ。発作が起きると医師が治癒魔法で咳き込みを止めてくれるんだけどしばらく息苦しさは消えないの。でも、もう苦しくないわ」


 そうね。咳だけ止めてもだめよね。

 気管支を拡張して炎症も抑えないと苦しさは消えないわね。

 フェリシー様の病弱の原因は小児喘息か。

 異常に痩せているのは発作のため食欲不振が続いているせいね。

 適切な治療をすれば一か月ぐらいで状態は改善されるはず。

 そして成長と共に完治するはずだ。


「フェリシー、大丈夫なの?」


 アシュリー様が王女の手を握りながら顔を覗き込む。

 目を潤ませて問いかける姿によほど心配したんだろうことが窺える。


「お母様、もう大丈夫よ。心配かけてごめんなさい」


 そう答える我が子にソッと息をついて優しく微笑むアシュリー様。


 そこへゆったりとした足取りでこの場にたどり着いたディアーヌ様が一言。


「まったく、フェリシー王女は仕方ない子ね。こんなことじゃどこにもお嫁に出せないわね。王女の役割と言えば他国との友好関係を結ぶ存在だというのに役立たずだこと」


「母上! なんて事をおっしゃるんですか! フェリシーは僕の可愛い妹です。役立たずなんてことない!」

 

 ラインハルト殿下の剣幕にさすがのディアーヌ様も分が悪いと感じたようで押し黙った後、お茶会はお開きにすると言い捨て立ち去ってしまった。

 

 ラインハルト殿下のことを少し見直した一幕だ。


 「ラインハルト殿下、我が娘のためにありがとうございます」

 そうアシュリー様が頭を下げると今度はフェリシー様が涙目で見上げながら言った。


「私が悪いの…こんな体だから…ディアーヌ様のいうように役立たずなの」


 フェリシー様の一言にその場の空気が重くなった。

 それを振り払うように私は明るい声をあげた。


「大丈夫ですよ、フェリシー様。病気は治りますよ。私が医師に治療法を伝授します。一か月もすれば発作もでにくくなるはずです。そうしたら少しずつ運動をしましょう。体がしっかりしてくれば完治しますよ。私も時間のある時にフェリシー様の様子を見に行きますから」


「本当に?! 私、健康な体になれるの?」


「はい。なれますよ。きっと、来年の今頃はこの庭園を走り回っていますよ」


 皆が驚いたように見つめる中、私は安心させるようにフェリシー様に笑顔をむけた。


 その後、王城の医師が到着してフェリシー様の自室に私も一緒に付き添い医師にフェリシー様の治療法を伝授した。


 一週間に一度、気管支拡張と消炎の治癒魔法をかけること。

 発作を起こしたときにもその方法が有効であること。


 あとは、フェリシー様付きの侍女さん達に毎日寝具にクリーン魔法をかけて清潔にする事、動物はなるべく近づけないこと、乾布摩擦をして皮膚を鍛えることを勧めておいた。


 フェリシー様の発作を一瞬で治癒させた私にアシュリー様は何度もお礼を言ってくれた。


 思いがけず早めにお開きになったお茶会。

 アンドレお兄様には疲れたからと言って部屋に戻って来たがディアーヌ様の爆弾発言が気になって落ち着かない。


 「夕飯まで時間があるから竜舎にでも行ってみようかな? でも今からガイモンさんに案内を頼むのも気が引けるな」


「ベリーチェとシュガーがあんないしましゅ」


 それはありがたい。

 では、竜舎に行きますか。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る