第68話 禁忌の呪詛
「マリア! 久しぶりだな。ずっと会いたかったよ」
そう言いながら私の前に立ちはだかる少年。
誰やねん?
綺麗な二重の目にスッと通った鼻筋、少し日に焼けた肌が男らしい印象の美少年だ。
そして、ピンクゴールドの短髪に深い緑の瞳。
あれ? 私と同じ?
アンドレお兄様よりもこの少年の方が兄のようだ。
もしかして、ずっと会えずにいた従兄君か?
「お久しぶりです。お元気でしたか?」
と、笑顔を向けたは良いが名前がわからん。
ええと、名前なんだったけ?
まずい、このデビュタントのために貴族名鑑を全部暗記したのに身内だけぽっかりとぬけていたぞ。
「マリア、一曲踊ろう」
そう言いながらダンスフロアにエスコートされた。
ダンスをしながら従兄君が話しかける。
「こうしてマリアの手を取るのは5歳の時以来だな。あの時はマリアの方が大きかったけど、今は僕の方がだいぶ大きいな」
確かに、従兄君は私の頭二つ分ほど大きい。
これでも私も身長が伸びて153センチまで大きくなったんだけどね。
さすがにこの時期の男子の成長はすごい。
「そうですね。もう追いつけませんね。えっと、デビュタントを迎えて大人の仲間入りをしたわけですがこれからは何とお呼びしたら良いでしょうか?」
「え? そんなの子供の頃と同じで良いよ。僕もマリアって呼ぶし」
それがわからないから聞いてるんだよ。
「では子供の頃と同じ様にぽんぽこタヌキとお呼びしますね?」
「なにそれ? あ、もしかしてまた一緒に遊ぼうと約束しながら何年も会いに行かなかったことを拗ねてるのか?」
「ええ、何年もお会いしてないのですっかりお名前を忘れてしまいました。ぽんぽこタヌキで良いですよね?」
「嫌だよ。ぽんぽこタヌキなんて呼ばれたい奴いないだろ? サムだよ、サム。マリアは小さい頃サムエーベルが言えなくて僕の事をサムって呼んでただろう? それになんで僕に敬語なんて使ってるんだよ。僕達は従兄弟であり友達だろ?」
サムエーベルね。
よし、覚えたぞ。
それに友達か。
それでは、お友達仕様で行きましょう。
「ごめんなさい、サム、冗談よ。ねえ、踊ったらお腹が空いちゃった。何か食べない?」
「おお、そうだな。行くか。ようやくマリアの態度が普通になって安心した。あの他人行儀な態度はかなり堪えたぞ」
ダンスフロアから食事エリアに移動した私達。
立食だが、ちょっとしたテーブルのある場所に陣取り会えなかった分お互いの近況を報告しながら食事を堪能した。
「それにしてもマリアは忙しかったみたいだね。本当は昨年、会いに行こうと思ってたんだけど、マリアが王城生活になったから断念したんだ。でもこれからは同じ学園に通うから毎日会えるな」
「わあ、それは嬉しい。サムもライナンス学園に入学するのね」
「え? ライナンス学園? いや僕が入学するのはイントラス学園だ。マリアもだろ?」
「いえ、私が入学するのライナンス学園よ? なんだじゃあ、お互い違う学園なのね。残念…」
「あれ? そうなのか? 僕はてっきりマリアもイントラス学園に入学するものだと思ってたよ」
そうなんだ。
まあ、お父様とお兄様の様子を見たらそう思うのも仕方ないか。
そう思いながらフォークに刺した肉団子を口に運ぼうとしたとたん、背中にドンという衝撃が走り、フォークごと肉団子を床に落としてしまった。
ああ、肉団子が!
「マリア、大丈夫か?」
大丈夫じゃないよ。
この肉団子、最後の一個だったんだよ。
楽しみにとっておいたのに。
どうしてくれるんだ。
ちょっと涙目になりながら衝撃の原因に目を向けると、顔面蒼白なご令嬢がいた。
紺色の髪に濃い青色の瞳のかなりの美少女だ。
こちらも誰かに突き飛ばされたようだ。
元凶は誰だ?
そう思ってご令嬢の向こうを見ると三人のご令嬢達がいた。
私はその三人娘に向き直り口を開いた。
「酷いじゃないですか!」
自分達が突き飛ばした子の先に私がいたのが見えなかった三人娘は慌てたように声をあげた。
「あ、あの違うんです! 私達は何もしてません。この子が勝手によろけたんです。私達はこれで失礼します」
そう言ったかと思ったら三人して走って逃げていってしまった。
白薔薇をつけていなかったから私よりも年上の子達だ。
そして突き飛ばされて私の背中にぶつかって来た子は白薔薇のコサージを付けていることから同い年の子だ。
「す、すみません。あなたにぶつからないように足を踏ん張ったんですけど、今日は朝から足が痛くて力が入らなかったんです。本当にごめんなさい。背中痛かったですよね?」
あら、良い子だわ。
え? 背中?
背中は痛くないんです。
どちらかというと胃袋の方が悲鳴をあげてます。
肉団子をよこせと。
「マリア、泣くほど痛かったのか? 王城の医務室に行くか?」
サムまで心配そうに声をかけてきた。
そこへ騒ぎを聞きつけたルー先生とアスさんが駆け寄ってきた。
「マリアちゃん、大丈夫? 背中痛いの?」
「アス、マリアの背中は大丈夫よ。涙目なのは肉団子のせいよ。後で、厨房からまた貰ってきてあげるから泣かないのよ」
「「肉団子?…」」
アスさんとサムの声が重なった。
それと同時に私達の前に少年が現れた。
「リリアーヌ! 大丈夫か?!」
白薔薇を付けていないし髪と瞳の色から推測するにもしかしてこの子のお兄さんかな?
「お兄様! 私、この方にぶつかってしまって…」
女の子はそう言ったかと思うとその場に崩れ落ちた。
「リリアーヌ!」
その場に崩れ落ちて気を失ったリリアーヌちゃんをお兄さんが抱き上げて皆で王城の医務室へと付き添った。
あいにく医師は休憩中のようでいなかった。
ルー先生が医師を呼びに行っている間に私がリリアーヌちゃんの容態を診ようと思い声をかけた。
「そう言えばこの子、足が痛いとか言っていたような? リリアーヌ様のお兄様は何か心当たりがありますか? あ、私はマリアーナ・リシャールです。マリアとお呼び下さい」
「すまない。妹が迷惑をかけて。僕はジョエル・バイアールだ。ジョエルと呼んでくれ。足は二日前に侍女がお茶をこぼしてしまい危うく火傷になるところだったが温度も高くなく赤くもなってなかった。確か右足の踝の上あたりだ。それでも心配した侍女が治癒士を呼んで治癒してもらったはずだ」
バイアール家というと、うちと同じ伯爵家だ。
それにしても二日前に火傷?
「ジョエル様、ちょっとリリアーヌ様の足を見せてもらいます」
そう言ってドレスの裾をソッと捲り白い靴下を下ろす。
こ、これは?
「な、なんだこれは?!」
ジョエル様が大声をあげる。
それもそのはず、リリアーヌ様の火傷をしたという箇所は火傷ではなく黒いミミズ腫れがまるで生きているかのようにウネウネと動いていた。
呪詛だ!
「アスさん! すぐに魔導師団の呪詛に詳しい人を連れてきて下さい!」
「わかった!」
リリアーヌ様に呪詛をかけたのはたぶん火傷の治癒のために呼んだ偽治癒士だろう。
呪詛は禁忌の術だ。
依頼人の呪いの言葉で術師が呪詛の卵を作りそれを対象の体に埋め込む。
術師に依頼するにはその呪詛と同等の対価が必要だという。
いったい誰がこんな事を…
きっとお茶をかけた侍女も共犯だろう。
案の定、その侍女はお茶をこぼした事を気に病んですぐにバイアール家を辞めているという。
少ししてアスさんが魔導師団から連れてきてくれたのは古代術の研究をしているデボラさんというふっくらした二十代の女性だった。
リリアーヌ様の呪詛は足から少しずつ広がりやがて全身に醜い黒いミミズ腫れが出来るようにかけられていた。
デボラさんの見解によると、この呪詛は通常は痛みを感じないため気づいたときには醜い黒いミミズ腫れが体中に広がっていることが多いという。
しかしリリアーヌ様のは足の表面ではなく奥に呪詛の卵を植え付けられていたため痛みを感じたらしい。
痛みを感じたから発見が早かったとも言えるが…
デボラさんにより呪詛返しの術を発動中だが完全に呪詛が相手に返るまでリリアーヌ様の足の呪詛は少しずつ進むという。
すでに足の奥の組織は呪詛に喰われているのでたとえ呪詛返しが完全に終了しても足を引きずることになる。
そしてこの醜い黒いミミズ腫れも残ると言うことだ。
時間がかかればそれだけ歩くことが困難な状態になる。
このまま相手に呪詛が返るまで待つか、これ以上呪詛が進むのを防ぐために足を切断するか。
リリアーヌ様のお兄様は父親と相談をして早急に答えを出すと言っていた。
このまま私達がこの場にいても出来ることが無いので帰ることになった。
帰り際に、もし足を切断した場合は一度ギルドマスターを訪ねてくれと言っておいた。
その時は私のマリアーナ・リシャールの紹介だと言って欲しいと。
**************
「リリアーヌ様、どうですか? 義足の具合は?」
私は出来上がったばかりの義足を装着したリリアーヌ様にそう問いかけた。
「すごいです! 使用感は自分の足となんらかわりありません。マリアーナ様、ありがとうございます。ガイモン様、ありがとうございます。このご恩は一生忘れません」
結局、リリアーヌ様のお父様とお兄様は足の切断に踏み切った。
呪詛返しで発覚した犯人は父親が再婚した相手の連れ子だった。
自分より綺麗な義妹を妬んでの犯行だ。
あのリリアーヌ様を突き飛ばした三人娘は義姉の取り巻きだったようだ。
デビュタントが済んだ義妹が自分と同じライナンス学園に入学してくるのが我慢ならなかったと。
リリアーヌ様の義姉は呪詛の対価に自分の若さを3歳分差し出したという。
でも実際に奪い取られたのは30歳分だった。
部屋で発見されたとき、全身を黒いミミズ腫れに覆われた中年の女性の姿だったらしい。
こうして波乱のデビュタントは幕を閉じた。
さぁ、あとは入学が待っている。
ライナンス学園にはメアリーちゃんもいるし、リリアーヌ様も入学するし、楽しみだ。
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