第二章 学園編

第69話 話が違う!

「お父様、これはどういうことでしょうか?」


「ま、マリア、落ち着け。そんなに怒ると可愛い顔が台無しだぞ?」


「そうだよ、マリア。それにしても我が母校のイントラス学園の制服がとても似合っているね」


 そう、只今私はライナンス学園の制服ではなく、なぜかイントラス学園の制服に身を包み入学式へ向かっているのだ。


 アンドレお兄様は私の入学式に参列するために自分のファティア高校をお休みしたようだ。


 私は馬車の向かいの席に座っているお父様とお兄様を睨みながら頬を膨らませる。

 それにしても馬車は樹脂車輪とサスペンションのおかげで各段に乗り心地が良くなった。

 売り上げも順調、評判も上々、今や貴族間でリシャドール社製の馬車を保有することはステータスとなった。


 いや、今はそんな事は関係ない。

 今重要なのは、何故私はイントラス学園の制服を着てイントラス学園の入学式に向かっているのかだ。


 今更だが、屋敷の皆は全員知っていたのでは?

 だって制服を発注したのはランだし、文具を揃えてくれたのはナタリーだ。


 そうだ、だいたい寮生活をするのに荷造りしないこと自体がおかしかったんだよ。

 どうしてそれに気がつかなかったんだ自分!


「マリア、マリアは学園で魔術の勉強がしたかったんだよね?」


 自分の迂闊さに悶絶していると、アンドレお兄様がそう問いかけてきた。

 そう、そうなんだよ。

 私は魔術の勉強がしたくてライナンス学園を選んだんだよ。

 でもこれじゃあ、台無しじゃないか。

 イントラス学園には魔術科はないんだから。

 ガックリとうなだれながら呟く。


「そうです…」


「じゃあ、良かった。今年度からイントラス学園に選択科目として魔術科が出来たんだよ。とっても優秀な魔導師の講師が着任したらしいよ」


 なんですと?


「そうだぞ、マリア。今回ばかりは宰相であるサイラス殿に感謝だな。魔術科設立提案書を決議書に紛れ込ませて国王陛下の署名を貰うなんてサイラス殿しか思いつかないだろう」


 お父様の話によると、イントラス学園の学園長宛てに魔術科設立提案書を送付したという。

 しかもその提案書は国王陛下の署名入り。

 それって、国王陛下の署名が入っている時点で提案書ではなく命令書だよね?

 どうりでイントラス学園の入試がオール満点合格して喜んだ訳だ。

 私の入試結果を確認後、学園長宛てに提案書を送付し、魔術科設立を急がせたってこと?

 お父様といい、サイラス伯父様といい、権力の使い方間違ってるって。


 そうまでして魔術科を設立したイントラス学園への入学を拒否出来るほど私の心臓は強くないのだ。

 それにしても、お父様とサイラス伯父様はやっぱり仲良しだ。

 もうこれは親友と言っても過言ではないのではないか?




 **************




 イントラス学園に到着後お父様達と別れて入学式会場へ向かう。

 お父様達は入学式が終了次第、そのまま帰るらしいのでここでお別れだ。


 私の周りには真新しいイントラス学園の制服を着た新入生達が同じ方向へと歩いている。


 なんだか皆可愛いな。

 前世だと中学生だものね。


 女子の制服は深緑色の襟付きプリーツワンピースに臙脂のショート丈のブレザー。

 襟もとのリボンの色は学年別に分かれている。

 今年の新入生は紺色だ。


 男子は深緑色のスラックスに臙脂のブレザー、紺と緑のななめストライプのネクタイだ。


「マリア!」


 名前を呼ばれて振り返るとそこにはサムが立っているではないか。

 知り合いに会えたことで私も自然と笑顔になった。


「サム! おはよう!」


「おはようじゃないぞ。おい、やっぱりイントラス学園に入学するんじゃないか。なんで、ライナンス学園だなんて嘘言ったんだよ?」


「だってあの時は、ライナンス学園に入学するものと思ってたんだもの。イントラス学園に入学することは今日知ったんだから」


「え?!」


 驚くサムに歩きながら先ほどのお父様達との会話を話して聞かせた。


「そ、そうか…我が父親ながらやることが大人気なくてすまない。マリアにとっては災難だったな」


「もうこうなったらこのイントラス学園で楽しい学園ライフを満喫するしかないわね。それにしてもサムと一緒にいると周りの視線がすごいわね」


 背が高くキリッとしたイケメンのサムは注目の的だ。

 先程から女の子の視線が突き刺さる。


「それはこっちのセリフだっての」


 サムがため息混じりに呟いたところで会場に着いた。


 前世とあまり変わらない入学式が終了し、廊下に張り出されたクラス分け表を確認する。


 そうそう、入学式で驚いたのはなんと、リリアーヌ様のお兄様のジョエル様が生徒会長だったことだ。

 ジョエル様はこのイントラス学園の3年生と言うことだった。


 残念な事にサムとはクラスが分かれてしまった。

 クラスは5クラスあり、そのうちの3クラスは通常クラス、あとの2クラスは淑女科と文官科の特殊クラスだ。

 私とサムは通常クラス。

 私はA組、サムはB組だった。


「マリア、今日は各クラスの懇談会が終わったら自由行動だ。学園の探索に行こう。後でクラスまで迎えに行くよ」


 サムはそう言うと隣のクラスに入って行った。


 さて、私も自分のクラスに行きますか。

 大半の生徒がもう教室に入っているようだ。

 クラスの男女比はだいたい同じくらいかな?


 教室に足を踏み入れた途端、クラス中の視線が突き刺さった。


 な、なに?

 なんだかめちゃくちゃ見られている。


 特に席は決まって無いようなので空いていた窓際の一番後ろの席を目掛けて歩いて行くと、席に着く一歩手前で男の子に進路を邪魔された。

 なんだこいつ?


 金の短髪に薄紫の瞳、意志の強そうな眉毛が凛々しいイケメンだ。

 今はその綺麗な眉を寄せて私の事を睨みつけている。

 誰?

 睨まれている理由がわからない。

 必然的に私も睨み返す。


「お前がマリアーナ・リシャールか?」


「人に名前を聞く前に自分から名乗るのが礼儀ですよ」


 そう言い返すと男の子は少し眉毛を上げて言った。


「俺はダニエル・ブレッサンだ。この学園の学園長の息子だ」


 へぇ~

 学園長の息子ね。

 なんで睨むのかな?


「そうですか。私はマリアーナ・リシャールです。よろしく」


「は? お前なんかとよろしくするわけ無いだろ! 家の権力を使って父に無理難題押し付けやがって。どうせ入試も汚い手を使って無理やりこの学園に入学したんだろ? おい、みんな! こいつと仲良くなんかするなよ! これは俺の命令だ!」


 なに?!

 周りを見ると皆私から目をそらすように顔を背けた。

 ああ、もう、入学早々変な奴に絡まれるなんて最悪だ。


「言っときますけど、私はこの学園の入試は全科目オール満点の合格です。疑うならあなたのお父様にお聞きください。あなたは家の権力を笠に着る輩を嫌悪しているようですが、ご自分は学園長の息子という権力を使ってクラスメイトに命令をするのは厭わないんですね。私は私という人間を見てくれる友人を自分で選びますから」


 そう言ったは良いが私としては若干後ろめたさがあるのは否めない。

 だって、お父様とサイラス伯父様が手を回して魔術科設立をこの子の父親に迫ったのは事実だものね。

 入試後からこの入学式前のたった四ヶ月で準備をするのは大変だったろう。


 なので、私達の言い合いで微妙な空気が漂う教室に足を踏み入れた担任教師の問いかけにも、後から一緒に学園内を探索したサムにもダニエルのことは言わなかった。





 サムと学園内を探索中に『魔術科』と書かれた紙が貼ってるドアを発見。


 ソッとドアを開けて中を覗くと、どこかで見たような後ろ姿が…


「アス…さん?…」


 私の小さな呟きにその人が振り返った。


「あー! やっぱりアスさんだ。今日は朝から姿が見えないと思ったら、なんでこんなところにいるんですか?」


「えっ、なに? マリアの知り合いなのか?」


 サムのこの質問に答えたのはアスさんだった。


「あ、俺はマリアちゃんの護衛なんだ。そんで、今日からはマリアちゃんの魔術の先生なんだよ」


 はい?

 ま、まさか、アンドレお兄様が言っていた優秀な魔導師と言うのはアスさんのことか?


「まだ学園探索をするんだよね? じゃあ、剣術の練習場も行ってきなよ」


 そうアスさんに言われたのでサムと一緒に行ってみた。


 教室のある校舎から渡り廊下を通って練習場へと向かうと、授業は無いはずなのに誰かが剣の素振りをしていた。

 あれは…


「ジーク様?」


 練習場のドアの隙間からこっそりと覗き込んでいた私達。

 思わず呟いた私にジーク様は笑顔を向けた。


「マリア様! 入学おめでとうございます。俺は今日からこの学園で剣術の講師になったので、よろしく!」


 な、ジーク様まで?


「えっと、この人もマリアの知り合いなのか?」


 サムが驚くのも無理無い。


「うん。国王陛下から付けられた私の護衛の騎士様なの」


「学園にいるとどうしても護衛の目が行き届かなくなるからいっそのこと学園に潜り込めば良いとアンドレ様の提案でこうして潜入したんだ。その方が安心だろう?」


 そ、そうなんだ。

 これは安心なのか?

 いや、ここはきっと深く考えてはいけないに違いない。

 

 学園の探索を終えて一旦自分のクラスに戻り、明日からの時間割を貰って解散となった。


 クラスメイト達は皆、私とダニエルを遠巻きにしている状態だ。

 学園長の息子を敵には回したくない、かといってこの国の騎士団総団長の父を持つ私のことも敵に回せないといったところだろう。


 さて、帰りますか。


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