第67話 デビュタントで話題の令嬢

 リシャール邸のサロンでシュガーと一緒にくつろいでいるとナタリーがベリーチェと共に入ってきた。


「マリアお嬢様、バルトロメーウス殿下からお手紙が届きました」


 そう言って、ナタリーが上品なラベンダー色の封筒をそっと私に差し出した。


 それを受け取りながら今日までのことを回想する。


 ベリーチェはヨチヨチした足取りでシュガーの元まで来ると寝そべっているシュガーの隣にちょこんと座り頭を撫で始めた。

 ちょうど私の足元に仲良く寄り添う二人を見ているとなんとも和んだ気持ちになる。


 今日のベリーチェは淡い水色のエプロンドレスに紺色の編み上げブーツ姿。

 昨年の王城生活で女官さんや侍女さん達から沢山のドレスをプレゼントされたベリーチェは毎日自分で選んで着替えている女子力高めのクマさんなのだ。



 あの大運動会から年が明けて私は12歳になった。

 来月はいよいよデビュタントを迎える。

 デビュタントとは、社交界で貴族の一員として認めてもらう御披露目会だ。

 あとは学園入学前の貴族の子供達の顔合わせもかねているようだ。


 そして、前世と併せて人生初の求婚をしてくれたバルト様とは今は文通と言うこの世界では常識、前世では死語?となったお付き合いを進行中。


 まあ、おつきあいと言っても姉と弟、下手すると母と息子の関係だ。


 結婚願望が強すぎたとしてもさすがに5歳児との結婚を考えるほどせっぱ詰まっているわけではないからね。



 私は早生まれなのでデビュタントを終えて4月になったらいよいよ学園入学だ。


 その学園入学をめぐっては揉めに揉めた。

 お父様とアンドレお兄様は二人の母校であるイントラス学園に行くものだと決めつけていたが、私は魔術師の育成に力を入れているメアリーちゃんも通っているライナンス学園に行くつもりだった。

 その事を言ったことから大変な騒ぎとなった。

 しかも寮生活をすると言ったところサイラス伯父様も加わり大反対にあう始末。


 まったく、お父様とサイラス伯父様は仲が良いのか悪いのか。


 とにかく、私は魔術の勉強がしたいのでライナンス学園に行きたい事を力説、最終的にお父様が折れた形となった。


「そうか、そんなに魔術の勉強がしたいのか。マリアの気持ちは分かった。だが、一応、我が母校のイントラス学園の入試も受けてくれると父としては嬉しく思う。行く行かないは関係なく、マリアに我が母校の地を踏んで貰いたいと思う父親の気持ちを汲んでほしい」


 そう言うお父様の横でアンドレお兄様まで懇願するように私を見る。


 そうまで言われては受けるしかないではないか。

 しかもお父様とお兄様が卒業した学園とあっては入学の意志はなくても手は抜けない。


 ユニークスキルの『必要なことは覚えよう、いやなことは忘れよう』を駆使し、入試の過去問から山を張りこの勉強は必要な事、覚えなくてはいけないと自分に言い聞かせながら勉強をしたのだった。

 その結果、入試はオール満点の成績で合格、なんと本命のライナンス学園の入試結果までトップ合格だった。


 これにお父様とお兄様も大変満足したようでこの後の学園の入学までの準備は任せて欲しいと言われたのでお言葉に甘え私は特に何もせずに過ごした。


 学園の制服もデビュタントのドレスと一緒にランが発注しておいでくれると言うので助かった。


 私のボディサイズを熟知しているランなら安心だ。

 デビュタントのドレスは年明け早々に出来上がったが制服の方は少しお直しが入るらしく未だに出来上がりの連絡が来ないのが心配なところだが、それは焦っても仕方のないことだものね。





 ***************



「マリア、とっても綺麗だよ。デビュタント、おめでとう。こんな綺麗なマリアのエスコートが出来て僕も鼻が高いよ」


 アンドレお兄様のこの言葉に先ほどまでの着替えのドタバタの疲れも吹き飛んだ。


 そう、今日は私のデビュタントの日。


 いつもよりもドレスアップし、淡い水色のシフォン生地のAラインドレスを着用。

 デビュタントでは規定があり、白い薔薇を身に付ける事になっている。

 これは造花でも生花でも良いのだが、だいたい男の子は生花の白い薔薇を胸ポケットに刺すのが一般的。

 女の子は造花でコサージュを作り胸元に付けたり、髪飾りにしたりと様々のようだ。

 私は、アップに纏めた髪に生花の白薔薇をちりばめた。


 お父様は朝からこのデビュタントのために王城の警備体制強化の指揮を取るため出勤、会場で落ち合うことなっているのでアンドレお兄様のエスコートで王城へ向かう。

 今日はルー先生、ジーク様、アスさんは一足先に王城の会場に待機しているようだ。


 王城についてアンドレお兄様に手を取られ会場に足を踏み入れると、先程までのザワザワした喧騒が嘘のように静まり返った。


 な、なに?

 やけに視線を感じるんだけど。


「マリア、毅然とした態度で、そして微笑むんだ。少しでも弱みを見せると侮られるぞ。社交界は皆、腹のさぐり合いだ。嫌みだろうが媚びだろうが笑顔を崩さずやり過ごすんだ。君は今日のデビュタントで一番の話題の子だからね」


 話題の子?

 アンドレお兄様が言うには異世界から来た犬の飼い主で、三カ国大運動会を成功に導き、王妃様から目をかけられている存在として、皆さん私に興味津々なんだそうだ。

 いったいどんな令嬢なのかと。


 なるほど、確かに皆さんギラギラした目つきでこちらを見てるわね。

 こりゃあ、少しでも落ち度があったらやり玉に上げられる感じ?


 私はアンドレお兄様にニッコリと笑いかけながら言った。


「わかりました。皆さんのご期待に添えるよう完璧なご令嬢を演じてみせますね」


 私のその言葉にアンドレお兄様も微笑みながら頷いた。

 そのとたん周りから『ほお~』とため息が漏れた。

 相変わらず、アンドレお兄様の微笑みは凄い破壊力だ。



 国王陛下がデビュタントのお祝いの言葉を述べた後、第一王子と婚約者のダンスが始まった。


 ヒューベルト殿下の婚約者のご令嬢は驚くほど平凡な感じの女の子だった。

 茶色の髪をアップにし、瞳は黄色みがかった薄茶色。

 光が当たると金色に見えるその瞳は珍しくもあるが、もの凄い美少女でもなくどちらかというと可愛い感じの女の子だ。

 落ち着いた露出の少ない紫のドレスは上品だが若さに欠けるような気がする。


 周りのご令嬢とその親達は声をひそめながら『なんであんなパッとしない娘を』『相変わらず地味だ』等とヒソヒソと言う声が聞こえてきた。

 でも私は反対にあのご令嬢を見初めたヒューベルト殿下の人を見る目に感心だ。

 あの子、とっても綺麗な澄んだ目をしている。

 それにヒューベルト殿下を見つめる瞳には優しい愛情が込められているではないか。


 そんなことを考えているとアンドレお兄様が私の手を取りダンスフロアへと歩き出した。


「さあ、マリア、行こう。デビュタントの子達の番だよ」


 アンドレお兄様の巧みなリードで始まったダンス。

 私達以外にもデビュタントの子達がそれぞれのパートナー達と踊っている。


 色とりどりのドレスがヒラヒラと舞う様は映画のワンシーンのようだ。


 そんな中、周りの噂話が耳に届く。


「まあ、ご覧になって!アンドレ様と妹君のダンス、素敵だわ」


「本当ですわね。噂で花の妖精とお聞きしたのでどのようなご令嬢かと思いましたがこれは想像以上でしたわ」


「やはり、ヒューベルト殿下にはマリアーナ様がよしいのではないかしら? 王妃様も今のご婚約者様は気に入られていないようですし」


「そうですわね。王妃様はマリアーナ様を気に入っていてご自分のプライベートなお茶会に頻繁にご招待しているそうよ。ヒューベルト殿下とも仲がよろしいとお聞きしているわ」


 おいおい、お茶会なんて一回しか呼ばれてないぞ。

 それにヒューベルト殿下とは仲が良いと言うよりも上司と部下の関係なのだ。

 私の立場は不甲斐ない上司を支える出来た部下というものだ。


「あら、わたくしはマリアーナ様は第二王子のラインハルト様のご婚約者候補とお聞きしましたわ」


 何という噂が蔓延しているのだ。

 これは早々に対処しなければ。

 それにしてもヒューベルト殿下ったら、自分の母親にちゃんと婚約者のことを認めさせなきゃダメじゃない。

 まったく、世話の焼ける上司だ。


 アンドレお兄様の上手なリードで一曲踊り終えたところにお父様が登場。


「マリア! なんて可愛いんだ。さあ、次は父様と踊ろう」


 騎士団の夜会用の制服を身にまとったお父様は一段と凛々しく、周りのご婦人方の視線を独り占めいていた。

 とろけるような笑顔に『鋼鉄の貴公子が笑っている』という声が耳に届く。


 へぇ~鋼鉄の貴公子ね。

 お父様はそんな二つ名があるんだ。

 普段のお父様からは想像がつかない。


 やがてお父様とのダンスも終わり、お父様はまた慌ただしく仕事に戻って行った。


 さて、お兄様はどこかな?

 キョロキョロと見渡して発見したのはルー先生とアスさんだった。

 なんと、黒服を着て給仕のボーイさんに紛れているではないか。

 アスさんは私と目が合うとにっと笑った。

 この分だとジーク様も警備の騎士様に紛れているだろうな。


 ようやく見つけたアンドレお兄様は第二王子のラインハルト様と一緒にご令嬢達に囲まれていた。


 うーん、さすがにあの中に突撃はしたくない。

 かと言ってこのまま独りでいると誰かにダンスに誘われかねない。

 さてどうしようかな?


 そう思っていると目の前に男の子が立ちはだかった。


「マリア! 久しぶりだな。ずっと会いたかったよ」


 誰やねん?

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